第147話 プチアップルパイ(前編)
たまには私が飲み物を買いに行きましょう。
だって男子はまだ捻挫が良くならないし──改めて病院に言ったら骨に少しヒビが入ってただなんてどういう事? ほんとに気をつけてほしいし、治りかけらしいけれど私の方が元気だし。
それに──クサカ君の誕生日だし。
「──お待たせ」
やや小走りで階段を上ってきた私は、はぁ、と息をついて教室に戻った。
いつもの放課後の教室の自分の席、クラスメイトは部活動に行ったり家に帰ったりで誰もいない。
「
男子は私の机に頬杖をついて待っていた。
「今は私の方が足、速いかもね」
「おー今だけなー」
「うるさいー。はい、紅茶」
ストレートの紅茶のパックを二つ机に置いて、ふぅ、と自分の席に座る。
さぁ、いつもの事を始めましょう。
お菓子と飲み物を机に置いて、前と後ろの席の放課後を。
もう何回目でしょう。
もう何個目で、何本目でしょう。
もう何度目の──。
「──腹減った」
「……ふふっ、お腹減ったわね」
今日のお菓子をバッグから取り出す。
すると男子がこう言った。
「飲み物代──」
「──今日は私持ち」
「いやいや、いつもお菓子くれんのに──」
「──じゃあ今度、あなたがそうして?」
私の勝ち。
なんて、いつも私が勝っているけれど。
多分。
けれど今日はお菓子の前にもう一つ、と箱を置いた。
「ん?」
「一日早いけれど」
「……あっ! あー嘘、マジ?」
「本当でマジよ」
男子は練習していたゲームを一時中断して、椅子を跨いで座り直した。
私と男子が真正面に向き合っている。
箱は小さな黒色で、リボンは細い紺色。
「うわー……びびった」
「それから?」
私は、にや、ともう口角が上がっている。
だってクサカ君ももう、そんな顔だから。
「嬉しー……早速開けていい?」
どうぞ、と言って、どきどき、した。
しゅるっ、とリボンが解かれて、ぼこっ、と箱が空けられる。
「小さな懐中時計のストラップなの。どう、かしら?」
少しすすけた銀色の小さな懐中時計に、シルバーの星も一緒に揺れるストラップだ。
男子は手の中のそれを見つめている。
「……気に入らない?」
「やっ、まさかっ! その……まだびびった。良い意味だぞ? こういうの貰ったの初めてだし──嬉しすぎてまとまんねーや」
はにかむ男子に私はまた、どきどき、した。
どうしよう、私も嬉しすぎて何て言ったらいいかわからなくなっている。
「ありがとな……めっっっっちゃ大事にする。マジ、ほんと」
「んふっ。めっっっっちゃ大事にしてくれたら私も嬉しいわ」
「って事は、まさか?」
男子は勘づいたようだ。
「うん。今日はアップルパイよ」
「手作り?」
「もちろん。一口……二口かな。プチサイズにしてみたの」
以前、自分の誕生日の時には縦長に切り分けたアップルパイを持ってきていた。
今日はやや真四角の形。
こんがり、とした焼き加減がお腹の虫を騒ぎ立ててくる。
ウェットティッシュも取り出して先に手を拭いていると、まだストラップを見ていた男子が聞いてきた。
「この星の上のとこの黄色い石? って何?」
「シトリン」
「へー……」
「幸運の石なんですって──ね?」
そう言いながら私はアップルパイを一つ手に取った。
そしてそのまま男子の口に、あーん、した。
まだ照れるし、慣れていないし、男子もまだ、照れるみたい。
きっとお互い、同じ顔だと思う。
あ、凄い。
一口で食べちゃった。
さくっ、と、もごっ、と口いっぱいの食べる男子は、うんうん、と頷いてやっぱり笑った。
明日は、十一月一日。
「誕生日おめでとう。やっと私と同じ年になるわね」
高校二年、十七歳。
また来年もこんな風に、この時間にアップルパイを。
そんなプレゼントを男子は嬉しそうにまだ、揺らしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます