第32話 ダークチョコレートカップケーキ(後編)

 ──かっちーん。


「ほーんと、マジで久しぶりじゃん。ってかクサカ全然変わってないねー」


「うっせ。変わったっつーの」


「髪とか?」


「それはオメーだろ。だらだら伸ばしやがって、最初わかんなかったぞ」


 ……和気藹々ね。

久しぶりだから仕方がないのだけれど。


「──あ、ごめん。こいつ


 ミッコ──あだ名。


「どうもー。中学ん時同じクラスだったのー。ミッコって呼んでねー」


 はなぶさみつ子さん。

男子と同級生馴染みらしく、随分と明るい性格の女の子で私は少し気圧けおされている。


「……ミッコ、ちゃん?」


 ちゃん付けで呼んでみると、なーにー? と溌剌はつらつとした笑顔で返ってきた。

眩しい。

ふわふわの背中の真ん中くらい長い髪を片側にルーズに結んでいて、カジュアルな服も彼女に似合っている。

私とは違うタイプなのは違いない。


 私の隣ではなく、男子の隣に座っていて、終始笑いながら男子を見ている。

もちろん私にもその笑顔は向けられているのだけれど──空気が変わった、と思った。


「──ああ、この映画知ってる。どうだったのー?」


 ミッコちゃんがパンフレットを見つけてそう言った。

男子が感想を言おうとしたのだけれど──。


「──あたしさー、漫画の実写って観ないんだー。なんかヤじゃない?」


 一瞬の

それから男子は少し肩を竦めた。


 今のはちょっと、また別の空気。


「……良い映画だったわ。泣いたもの」


「うっそ!?」


「私じゃなくて」


 と、男子を指して意地悪気味に言うと、言うなよっ、とつっこんでくれた。

場は元通りの空気に、なったはず。


「ふーん……ねね、もしかして二人、付き合ってたりする?」


 これはまたが出来る質問が飛んできた。

けれど私は難なく答えてみせる。


「いいえ。高校で同じクラス、友達よ」


「そ、そうそう」


 何故クサカ君はどもったのかしら。


「……俺、トイレ」


 はいはい、とミッコちゃんは一度席を空けて男子を通らせる。

そしてまた座って頬杖を付きながら琥珀色のアイスティーを飲んで、ふぅ、と息をついた。


「クサカ変わってないねー」


「そうなの?」


 ふいに言ってきたけれど私は知らない。

私は違う中学だったし、高校に入ってからも一年では違うクラスだったし、今も──まだ三ヶ月も話していない。


 まだ少ししか、知らない。


「うん、変わってなーい。ノリとか? あと泣き虫なとこ」


 聞くと、中学の時もとある授業でそういう、感動する話を聞いた時に一人、涙ぐんでいたらしい。


「そんで──あたしも、変わってないっぽい」


 ミッコちゃんはストローで、からら、とグラスの中の氷を回した。

私も少しガムシロップを足そう、と蓋を開けた時、聞こえた。


「友達って、ほんと?」


 二度目の質問。


「どうして?」


「えーと、ごめん。これはあたしのだから……でもー……どーかな?」


 ガムシロップを半分だけ入れてストローで静かに混ぜる。

彼女は私に、協力をお願い──いいえ、試している。

歯切れの悪い言い回しは、牽制。

けれどそんな事は関係ない。


「……私は応援出来ないわ」


「えー、なんでー?」


「私はあなたほど彼を知らないし、その気持ちもどれほどか知らないから」


 ああ、甘くて、冷たい。


「……なーんか冷たいのー」


 そうかも、と軽く肩を上げてみせる。


「ま、邪魔だけはしないでよね──」


「──ただいま。何? 何の話?」


 イイトコロで男子が戻ってきた。


「おかえりなさい。別に? ねぇ、ミッコちゃん」


 私は男子に、にっこり、と眩しいくらいに笑ってみせた。

男子は訝し気な顔をしたけれど見なかった事にする。

するとミッコちゃんは唐突に、帰る、と言い出した。

飲み物もなくなったし、いいタイミングね、と私は残っているカップケーキを手に取ると、男子が、食ってけばいいのに、と誘った。

追加で、私のオススメ、と付け加えると、こう返してきたのはすぐだった。


「……いーらないっ。太るし」


 私だけを見ながら、言った。


 かっちーーーーん。

クサカ君も食べているのに何故私だけを見たのかしらーーーー。


「じゃあ、またねー」


 舌打ちを耐えて、店を後にするミッコちゃんの背中を見送った。


「何だよミッコの奴。甘いの好きじゃなかったっけかぁ?」


 男子も残りのカップケーキを食べながら言う。

この鈍感。


「……あなたこそ良かったの? 久しぶりに会ったのに」


 これは本音。

左耳に髪を掛ける。


「ん? いーよ。別に」


 ……ふぅん?


 すると男子が座っているソファーから何か取った。

それは携帯電話で、男子のではない。


「うーわ、ミッコの奴忘れてったんじゃね!?」


 ……うーわ、計算して忘れてったのね、ミッコちゃん。


 しょうがねぇな、と男子はアイスカフェオレを勢いよく飲んで立ち上がった。


「クラキはゆっくりしてけな。俺の奢り」


 え、あ──と言おうとする間に男子はもう店の外に出てしまった。


 何よ……何も、言わせてもくれないなんて。


 私は残りのダークチョコレートのカップケーキを食べて、呟いた。


「……なんだか、苦い……」


 その時、左側にあるガラス窓が、こんこん、と鳴った。

振り向くとそこには見知った人が立っていたのだった。


「──カジさん?」

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