第26話 タルト(後編)
二枚のカードを目の前に掲げる女子が言った。
「そうね──私が勝ったら隣の隣の隣街にある日曜日の午後三時からしか開かないお店の限定シフォンケーキをご馳走してくれるかしら?」
ついでに専用生クリームとキャラメルソースもと追加で言われた。
それはとても面倒臭そうだな、と眉を寄せる。
女子は勝つ気満々なのか、掲げたカードの上から、じっ、と俺を見ていた。
うっ……ただ見てるだけなのになーんかオーラみたいなの感じる……っ。
俺は右、左と手を動かす。
けれど女子の目は全く動かず、俺をじぃぃっ、と見ていた。
なんかもう怖い。
負けてたまるかぁ。
「──ちょっとたんま」
俺は残り三分の一になってしまった桃のタルトを突き刺して齧る。
けれど上手く齧れなかったか、上の桃の部分だけ、ずるり、と捲れてしまった。
「あ、その食べ方いいわね。私も真似よ」
女子もカードを机に伏せる。
そして器用にフォークで取って、食べた。
まるで花びらを食べているみたいで、なんて言うか──。
「──うーん。やっぱりタルトは上から下まで全部一緒に食べてこそ美味しいわね」
女子は少しがっかりしたように言った。
確かにちょっと酸っぱい、というか。
バランスよね、という女子に、それ、と同意した。
やらかい桃にさらにやらかいカスタード、ざっくざくのタルトが全部口に入ってこそ、だと思う。
どれか一つ欠けても足りないって感じ。
「ほい、続けっぞー」
「はいはい」
女子は、ちゅるるる、と牛乳を飲みつつ余裕そう。
二枚のカード、右、左とどっちを選ぼうかとまた手を移動させる。
少しは目ぇ動かしてほしいなー。
のまれそうになりながらも何とか耐える。
どっちか。
11のカード、ジャックはどっちか──。
「──あなたは?」
「え?」
「億が一──失礼、万が一、私に勝てたら何して欲しいか決めてる?」
ああ、と手に持ったクラブのジャックのカードを軽くうちわのようにして仰いだ俺は、ストローを噛みつつこう言った。
「……勝ったら言う」
「何それずるい」
「ずくるねーだろ」
「私は言ったのに」
「勝手に言ったんだろー」
そうでした、と不満そうな軽い舌打ちが聞こえた。
早く知りたいって事だろうか。
ぶっちゃけ女子も勝ってから言うと思っていた。
確実にお菓子関係だろうな、とは思っていたけれど、まさにそれだったので、あーはいはい感。
あと、なんかちょっと、がっかり感。
「──俺はお菓子じゃねーぞ」
「え? ──あ」
すっ、と俺はカードを抜いた。
女子が自分の残ったカードを見て、俺が抜いたカードを見て、俺の目を見た。
俺はまだ抜いたカードを裏返さずに女子のカードの上で手を止めたままでいる。
「──ジャックか、クイーンか」
女子がにやけながら言った。
そう、残ったのは11のカード、ジャックか──12のカード、クイーンか。
ジャックなら俺の勝ちだ。
なのに女子は余裕の笑み。
けれど俺は気づいた。
女子が左耳に髪を掻き上げている。
「……俺が勝った場合はな──」
「──あら、まだ見てないのに」
いーや、と俺は笑った。
「──映画行こ」
夏休み、空いてる日でいいから、と誘う。
ついでに言うと、妹が読んでる少女漫画の実写映画化なんだけれど、友達の野郎共は興味なさそうだし、一人で行くのもなんだし、って感じで……っていうかクラキも興味あるかわかんないんだけど、そのー……うん。
言ってしまった後で何だか恥ずかしくなった俺は頬杖をついていた腕に隠れるように、ずるっ、と顔を落として、カードを裏返した。
スペードの、ジャック。
勝ち、と呟くと、負けたわ、と女子が呟いた。
そして──。
「──あーあ、シフォンケーキはおあずけね」
そう言った女子は桃のタルトを一口食べて、いつ? と微笑みながら聞いてきたのだった。
どうしよう、嬉しいとか……どうしよう?
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