第18話 チューチューアイス(後編)
「──んぉ? 初春?」
「よ」
「どしたよ。教室違くね?」
「んー……」
女子が待つ教室から出てきたのは俺の中学からの友達で隣のクラスの奴。
どうしてか顔を背けて指で頬を掻いている。
「って、そういうお前は?」
「アイス買いに外行ってた」
学校の裏門の近くに駄菓子屋がある。
古臭い──ちょっとレトロなその店は昔っからあるらしくて、俺や運動部の奴らが買い食いしていく店だったりする。
「……クラキさんと?」
「ん? ああ、そそ。つーか、じゃんけん負けてさー」
ビニール袋の中にはチューチューアイスが二本、入っている。
リンゴ味とブドウ味だ。
がさがさ、とリンゴ味の方を取り出して頬に当てる。
ひんやり冷たくて気持ちが良い。
「──俺さ、言ったよ」
唐突に初春は言った。
廊下の真ん中で、もう見えない女子がいる教室を見ながら。
俺は、察した。
「うん、フラれた」
そう言いながら俺の肩を小突く。
「なーんでお前がそんな顔してんだよっ」
そんな顔の俺は、どんな顔になってたんだろうか。
「……ごめん」
俺がそう言うと一瞬止まって、また肩をとんっ、と小突いてきた。
「いーや、それは俺の方。羨ましくてさ……だからちょーっと意地悪った」
「何が?」
初春の眉間に皺が寄る。
「──マジか、マジか。あーっそう! 何だよもー……いや、うん。忘れろ」
はぁ?
「あーあ。でもなんか、すっきりしたわー」
背伸びする初春は本当にすっきりとしたいつもの顔で笑った。
それに釣られてすっきりしない俺もちょっと笑う。
「──お前、勇者だな」
「……同じ事言いやがって」
「ん?」
「何でもないっ。これ貰ってくわ」
「あっ、おい──」
──じゃあな、と初春はチューチューアイスを俺の手から奪い取って、その場を後にしたのだった。
※
教室の扉を開けると、女子はこっちを向いていなかった。
いつもは横向きなのに前を向いている。
そして、机に突っ伏していた。
「……たーだいま」
くぐもった女子の、おかえり、が聞こえた。
「どしたよ」
「……ちょっと、さっき──」
「──初春から聞いた」
ゆっくりと女子が机から起き上がった。
少し髪の毛が乱れている。
「……そう。アイスは?」
「あー、一本しかない」
あいつに持ってかれた、と言うと、女子は小さく舌打ちをした。
「まぁまあ、半分にすれば──よっ、と」
ぽきっ、とチューチューアイスを膝蹴りの要領で半分に折って、女子に差し出す。
しかし女子は俺に振り向こうともしないで、ずっと前を向いたままでいた。
「何だよ、不満ってか?」
「そうじゃないわ……」
……ああ。
俺は、ふぅ、と息をついて自分の机に腰掛けた。
ぶらん、と片脚を揺らしながら女子の黒い髪の毛を見下ろす。
「膝折り、したかった?」
「……うん」
「ははっ、早いもん勝ち。はい、半分。溶けるぞ」
「何味?」
女子は一度も俺を見ず、振り返らない。
チューチューアイスも見ていないだろう。
「ブドウ味」
すると女子は頭の横に手を出した。
変なバトンリレーのようで、その時、すん、と鼻をすする音が聞こえた。
……泣くなよ。
「……お前も勇者」
女子は背筋を真っ直ぐ伸ばして、泣いている。
前を向いて、俺に見られないように。
「……ふふっ」
笑った。
「いただきます」
いつものやつ、そして俺も、いただきます。
それから俺の手は、勝手に動いた。
「……なーに?」
俺はいつの間にか女子の頭を撫でていて、気づいた今もまだ手は離れない。
「──ありがとう。美味し」
女子はまだ前を向いていた。
俺はもう少しだけ、と女子に触れていた。
女子の我慢と、俺の何かの我慢が、少し近づいた気がした。
いつもの、半分の距離分。
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