第2話

「あっ、あおっ…い…。くすぐったい…よ」

「菜音、大丈夫だから…」


 蒼は私の目をみつめ、首筋にキスを落とした…。んっ…。私はまた、声をあげてしまう。


―――利害が一致したってだけで結婚したふたりがこんな風に愛し合うようになるまではまだまだ時間がかかるのだ。


         *


「お帰り、菜音」


 家に帰ると美味しそうな匂いと共に先に帰ってた蒼がエプロン姿で出迎えてくれた。

「ただいま、蒼。なに?このいい匂い」

「ああ、ルーが残ってたからカレーを作ったんだ。風呂入る前に食べるだろ?」

「食べる食べる。ちょっとまってて手を洗ってくるから」


 結婚届を出してから二週間。私達は2LDKのマンションに一緒に住んでいる。別居婚もよかったけど、一緒に住めば家賃も光熱費も半額になることを考え、同棲することにしたのだ。


 リビングに戻ると、カレーが出来上がり、テーブルに並んでいた。

「冷めないうちに食べようか」

「あ、うん。ビール飲んでもいい?」

「かまわない。冷蔵庫から出してね」

 蒼も飲まない?私は誘おうとしたが、言葉を飲み込んだ。疲れているなかで、わざわざご飯を作ってくれたのだ。その上、お酒の相手をしてもらおうなんて図々しい話だ。


「いただきます」

 私は蒼が作ってくれたカレーをすくい、一口食べた。

 これは、中辛の辛さだけど、どこか、こくがあって、甘く食べやすい。

「美味しいでしょ?」

「まあまあね、」

 なんだか、御主人様からエサをもらって尻尾ふってる犬みたいに扱われたようで、少し苛立ったが、美味しいのは事実だった。

「菜音、辛いの苦手じゃん?だから、甘めにしたんだよね、どうどう?」 

「辛いの苦手っていつの話よ」

 私は笑いながら、ビールを飲んだ。口の中で絡まる、苦味が今日は妙にまろやかだ。

「えっと…小学生くらい?」

 蒼は苦笑いした。

「それから、何年たってる?だいたい…」

「6年生と考えたとしても、15年以上前」

「計算はやっ。てか、めっちゃ年取った」

 もうそんなにたったのか。私はびっくりした。迫ってくる30代。残された20代をどう過ごすか、私はいつも考えていた気がする。

「ねえ、菜音」

 蒼は水を飲みつつ、私に話しかけた。

「なに?」

「ユビワ、買わない?」

 ユビワ…ああ、指輪か。私はややあって理解した。頭の中で上手く変換できなかったからである。

「なんで指輪?」

「なんでって…結婚指輪だよ。欲しくない?ここにさ」

 蒼は、私の薬指をさわった。あっ!っと声が出てしまったが、蒼は全然気にしていないようだ。

「い……いらないよ。高いし」

「そういって結婚式も挙げなかったじゃん?指輪、買うから一緒に出掛けようよ、明日」

「いや、いいよ。私、いらない」

 私は買う気満々で話す蒼に苛立ちを覚えながら手を振り払った。

 だいたい、なんなのよ。これはただの利害が一致しただけの結婚。結婚した、っていう事実が私は欲しかっただけなのに。そう、それだけなのに、蒼の手をすぐに振り払うことができなかった。人の体温に甘えてしまうなんて、未熟者だ。

 それに―――。

 いつか、夢にみたきらめく指輪に興味をそそられてしまっている私が、どことなく存在している。

「菜音、欲しいでしょ?いや、俺が欲しいから買いにいく。それでどう?」

「蒼がそんなに欲しいと思っているなら一緒に行ってあげてもいいよ」

「おーけー、約束!」

 こちらの皮肉に気がついていないのか、蒼は上機嫌で言った。

 

 


 

 




 

 

 

 

 

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