デンポウ

 いつの時代も不倫てのはあるもんで、まだ電報を窓口で申し込んでた頃にもあったんだな、これが。30代後半の夫は単身赴任で妻は故郷にいた。でも、電車に乗って数時間といった距離だったから、たまに妻が夫の様子を見に来るっていうことはあった。逆はなかったがな。前、会ったときに夫は妻に最近はどうも出張が多いと言っていた。なんでこっちに出てきたのに、それに加えて出張なんだ、と愚痴をこぼしていた。それに、俺がいないときにお前が来てくれてもなぁ、意味ないもんなぁとも言っていた。妻はそんな夫の話をひとしきり聞いた後、田舎に戻っていく。こういうことが繰り返されていた。それでも、男の性とでも言うのか、いや、おれは違うけどな、まあ、それで夫は妻が家で子ども二人の世話をしながら家計のやりくりをしているころ、女遊びに乗じていた。自分から出向くこともあったが、最近は自分の家に入れることの方が多くなっていた。


 今日は仕事が珍しく早く終わって、それに明日は休みと来た。仕事がうまくいったということもあって、男は上機嫌。それで男は女を連れ込んで飲み明かし、さらに翌日もお楽しみにすることにした。そんなことを考えながら仕事場から帰る道中、ふいに妻の顔が思い浮かんだ。勝手なものだ。明日の晩に会いたい、そう思って周りを見回すが妻はいない。当たり前だ。でもその代わり、ガキがうろついていた。こりゃ丁度いいと思って、小遣いと妻のいる家の住所と「明日留守晩に来い」と書いた紙と銭を渡した。これだけ遣るから電報打ってこい。ちゃんと打ったかどうか分かるからな、いいな。それだけ聞くと子どもは目的の場所へ走っていった。


 男は心置きなく女を家に連れ込んだ。女も中々いける口で楽しく二人で飲んでいた。そのまま夜が訪れた。二人はまどろみながら、その場限りの愛を楽しんでいた。朝になってもどちらもご飯にしようとは言い出さない。ただ、一緒に寝ているだけだった。朝日がまぶしい。女の肌がきれいに映えている。二人は互いを抱きしめながら、再びまどろみ始めた。だいぶ日が上の方に来た時、家の扉が叩かれた。女は男の方を慌てて見るが、妻は今日の夜に来るはずだ、そうやって電報を打っておいたと男は女に耳打ちする。それでも、そこにいたのは男の妻だった。妻は一瞬驚いた顔をしたが、それ以上に夫が狼狽えていた。


 「電報をちゃんと、やっただろう」


 やっとのことで夫が声を出す。


 「ええ、『明日留守番に来い』って書いてありましたわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る