オオカミ 少年

 オオカミは考えた。このあたりの羊はもう、食べてしまった。その噂も広がったらしく人間の警戒心も強まっている。ただでさえ、この町の人々は結束力が強いというのに。羊飼いの少年は少しやんちゃだが、その活発さが羊たちまとめるのに一役買っているみたいだ。一人なのによくやっている。それでも、あの羊たちを食べるしかない。正攻法で行ってもうまくいかないことは目に見えている。オオカミは考えた。


 ひとまず、敵を知ろうと、牧場の様子を見に行くことにした。思ったより広い。柵の高さや硬さを見ていたら少年にばれた。オオカミはすかさず逃げた。少年もすかさず叫んだ。オオカミだ、オオカミが出たぞ。この声を聞くや否や、昼ご飯を食べていた町の男どもがのこぎりや農具などを手に出てきた。少年は安心したが、そこにオオカミはいなかった。男たちにオオカミはさっきまではいたのだが、みなさんに驚いて逃げた、と言う。男たちは被害が出なくて何よりだと言いながら帰っていた。オオカミは聞いていた通りの団結力だとおののいた。危ないところだった。山奥で息を整えながら考える。しばらく考えていると、邪魔なのはあの町の男たちだけであって、あいつらがいなければ事は簡単に運ぶと気づいた。そこで、夕暮れにもう一度冷やかしに行くことにした。


 あたりが赤く染まった頃、オオカミは腰を上げた。敢えて、男どもの家や店のある道からは離れていて、少年からはパッと目につく位置に下りていった。案の定、少年は叫ぶ。町の男たちも遅れて、今度こそはなんて意気込みながら走ってくる。ご苦労なことだ。オオカミは頃合いを見て山の中に戻っていった。下の方では本日二度目のやり取りが行われていた。


 オオカミは山で捕ったウサギを食べながらあと数日の辛抱だと言い聞かせていた。早まってはならない。翌日、オオカミは町が活動を始めるころに牧場まで出向いた。おやつのときにも姿を見せにいった。男たちは頻繁に現れるオオカミを不思議がっていた。中には少年を怪しむ人も出始めた。その次の日もオオカミは牧場にこっそりと訪れた。少年が自分を察知したらすぐに戻るというのも上達していた。オオカミは男たちの観察も欠かさなかった。町の家々では少年のことが話題に上っていた。好意的でない向きも少なくなかった。オオカミは捕まえておいた小動物も底を尽きたし、明日あたりだな、と心に決めた。


 朝と昼のちょうど間くらいのときにオオカミは山を下りた。今日は本気だ。意識を羊たちに向けながら息を整える。町の人々に聞こえないように声を上げることなく、柵に近づく。ここから、スパートをかける。少年はオオカミを見つけた瞬間、昨日までと同じようにオオカミだ!と叫んだ。町の男たちは重い腰を上げなかった。今までに何度、無駄足を踏んだと思ってるんだ、という声さえ聞こえてきた。少年は唖然としながらオオカミに立ち向かおうとするが、ギラついたオオカミに敵うはずもなかった。オオカミは満足気に山に戻り、広い牧場には少年だけになった。

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