魔王討伐!

 ギロ、と、仙狸の両目がケットシーに向けられた。まだ、理性を失っていないようだ。


「目を覚まして! パパ、ママ!」


 仙狸の視線に気づいたケットシーが、両親に駆け寄ろうとする。


「バカヤロウ! 不用意に近づくんじゃねえ!」


 飛び出そうとしたケットシーを、シチサブローは体を張って止めた。


「ぬう!」


 息を吹き返した魔王が、シチサブローたちに黒い火球を放つ。


「シチサブロー!」


 テルルも火球ブレスで応戦した。


 しかし、あろうことか黒炎の塊は軌道を変える。ブレスをかわし、ケットシーに狙いをつけた。


「オレの後ろにいろ、チビネコ!」

 

 包丁をクロスさせて、シチサブローはケットシーをかばうように立つ。


「わあああ!」

「ボクの側にいて!」


 怯えるケットシーを、さらに探偵少年が抱きしめる。



 だが、黒き火炎がシチサブローとケットシーに届くことはなかった。

 

 その場にいた巨体の棍棒によって、打ち返されたから。


「おっ? てめえは……」


 火球を弾き飛ばしたのは、サイクロプスだった。


「うおおおおお!?」


 自らの攻撃を、魔王はまともに浴びた。相手を葬るはずの黒炎で、その身体を焦がす。



「てめえ、逃げたんじゃなかったのか!」


 シチサブローは、サイクロプスを呼び出した少年に呼びかける。


 サイクロプスの召喚主は、勇ましい笑みをシチサブローに向けた。もう、狂人の顔つきではない。


 これまで以上の魔物たちが、テルルのシッポ肉に飛びつく。


「戻れ! 戻れというのに!」


 魔王が一歩先へ進もうとした。


 その足が、大地に沈んだ。スライムが、魔王の足首から先を飲み込んだのである。


 バランスを崩した魔王の足からも、吸収されていた召喚獣が溢れ出した。テルルのドラゴン肉へと集まっていく。


 シチサブローのもとへ集まってきたのは、サイクロプスやスライムだけではない。逃げ出したと思われた少年少女たちは、こちらに戻ってきていた。


「お前ら、どうして?」



「もちろん、世界を守るためですわ!」



 彼らを先導していたのは、ベロニカ王女だった。


 

「あの魔王を構築している召喚獣たちの注意を、あなたの料理へ向けさせればいい。それなら、こちらが魔王の攻撃を妨害しますわ!」

 

 しかし、と王女は続ける。


「真っ先に戻っていったのは、あの少年ですけれど」

 

 外に逃げ遅れた人を助けるため、探偵の少年がケットシーと協力しあっていた。


「あの勇敢さに、教わったのです!」


 


「なにを、なめた口を!」


 憤慨した魔王が、黒い火球を子どもたちへと飛ばす。


 だが、ユニコーンの上で武装した姫騎士が、槍で撃ち落とす。



「わが友を手に掛けようとしたら、承知しないわ!」


 彼らは、シチサブローを守りつつ戦いに身を投じた。


「シチサブローよ、彼らの保護は我に任せればよい。調理に集中せよ」


 協会長の言葉に、甘えさせてもらう。


「スマン。料理に集中する」

「いい。それよりとっておきを用意する」

「ああ。あのネコの親を救い出せば、魔王は瓦解するよな!」


 どうやら、あの化け猫二匹が、魔王を構築する要素の大半らしい。


「ごめんなさい!」


 ケットシーが、シチサブローの方を向く。


「いいっての。それよりお前は、親に呼びかけ続けろ! あいつらは、まだ正気を失っていない。助けられる!」

 

 それが、彼女の役目だ。


「わかった!」

「この上から呼びかける」


 テルルが、ケットシーを手のひらに乗せる。魔王からケットシーをかばうように、優しく覆う。


「パパ、ママ! お願い目を覚まして」


 ケットシーの顔を確認し、仙狸が涙する。

 あと一息だ。


「させるかぁ!」


 魔王も、ケットシーを振り払おうとした。


 しかし、腕にクモの糸が絡まる。


「お静かに願います!」


 王女が、印を結ぶ。

 魔法陣から、天使が賛美歌とともに現れた。


「くそお、こうなったら、やむを得ぬ! ナイトゴーント、この猫どもを殺してしまえ! 養分がなくなるのは仕方ないが、直接取り込んでくれる!」

「承知しました魔王さ……」


 魔王の体内に棲むナイトゴーントが、仙狸たちを爪で貫こうとする。



「エンジェル・スマッシュゥ!」


 だが、吹き飛んだのはナイトゴーントの身体だった。


 死力を尽くし、天使は元の世界へ戻っていく。縮んだナイトゴーントを鷲掴みにして。


 頼みの部下を失った魔王の身体を、仙狸が突き破った。


 その拍子に、魔王の身体も人間大にまで縮む。


「わあああん! パパ、ママァ!」


 人間サイズにまで縮小した仙狸たちを、ケットシーが駆け寄って抱きかかえる。


「さて、とどめだ。テルル!」

「ほい!」

 

 テルルの手が、魔王を放り投げた。


 同時に、シチサブローも跳躍する。

 

「いよぉ魔王サマ。てめえは一体、どんな味がするんだろうな!」


 両手に包丁を構えて、シチサブローは魔王に照準を合わせた。


「やめろ……やめろおおおお!」


 魔王の叫びも聞かず、シチサブローは魔王を切り刻む。


 切断された四肢や頭が、焼けたシールドの上にボトボトと落下する。


「魔王の丸焼きだ。ジャンジャン食ってくれ」


「むおおおお!」


 生首だけになっても、魔王はまだ生きていた。

 自分が召喚獣に食われる様を見て、悲鳴を上げ続ける。

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