まさかの結末

 肉親の出来が悪いなら、協会内政治の信用にも関わるだろう。


 黒魔術界は、最強である姉を攻め落とせない。だから、出来損ないの弟を無様に葬ろうという考えに至ったのだ。


 挑戦者のメスガキは、ただ指示されているだけだろう。


「そういうわけなのぉ。だからぁ、アタイに負けなさぁい」

「へっ、やなこった。お前が負けるのは、お前のせいだ」

「なんてことを言うのぉ? いいオトコが台無しだわぁん」


 芝居がかった口調をやめず、サキュバスはくねくねと踊りながらシチサブローを誘う。


『さて、生徒からの挑戦状! 上下関係無用のガチンコ勝負。サキュバス選手、楽勝モードの言葉を放つ。実際一分を耐えている。あと二分粘れたら勝ちですが、まだまだ油断できません。果たして、栄冠はどちらに輝くのか!?』


 シチサブローは、首を振る。


「いいや。二分ともたんさ。お前は、オレの料理に屈して黒魔術界に顔向けできなくなるのさ」

「せいぜい、ほざいてなさいよぉ。もしアタイが勝ったら、一晩お相手してあげるわぁん」


 サキュバスが、シチサブローの眼前に顔を近づけてきた。


『さあ、残り時間一分を切った。サキュバスの挑発も苛烈になってきたぞ。魔力耐性のない一般観客席では、暴動が起きようとしています。なんとか協会のメンバーが押さえ込んでいますが』


 サキュバスに触れようと、暴れ出す人も現れている。危険な状態だ。


 並の魔術師なら、たちまちトリコにされていただろう。しかし、シチサブローは魔術耐性の高いダークエルフ族だ。それゆえに、誘惑などに負けはしない。


『残り三〇秒。両者まったく動じない!』


 投げキッスやウインクなどで、サキュバスは必死に訴えかける。

 だが、シチサブローは料理に夢中でまったくサキュバスへ関心を向けない。


「なんなのぉあなた? ひょっとして幼女好きなのぉ?」

「そんなんじゃねえよ」

「だってぇ。その子の方がいいんでしょぉ?」


 サキュバスが、テルルに目線を動かす。


「コイツは、恋人なんかじゃねえよ」

「あなたはそう思っているかもしれないけれどぉ、おチビちゃんはどうでしょうねぇ?」


 敵から指摘されても、テルルは首をかしげていた。


 サキュバスは、ため息をつく。


『さてさて残り時間三秒、二秒、一ぃ!』



「つまんない」



 なんと、サキュバスはあと一秒を残し、肉を口に放り込んだ。



『おわーっとぉ! ななななな、なんということでしょう!? サキュバス選手、試合を放棄したっ! 勝てたのに! あと〇.一秒待てば勝てたのに、まさかまさかの試合放棄! とんでもない番狂わせとなりました! まさにカウント〇.一秒の惨劇ぃ! これはいったい何があったぁ!?』


 会場にいた全員が、信じられない出来事に立ち上がった。トラブルか? もしかして、召喚士とモメたのかも。様々な憶測が、会場内に飛び交う。


「あなたどういうつもりよ! あのままいけば、勝てたでしょうに。どうしてわたくしの命令を無視したの!?」


 メスガキは、サキュバスを問い詰めた。負けた責任を、サキュバスに押しつけるかのように。


「あんたは勝てるでしょうねぇ。でもぉ、アタイは『男を誘惑できなかったサキュバス』として、永遠に記録されちゃったのぉ。出来損ないの烙印を押されちゃったわけぇ。田舎に帰ったらぁ、ずーっとバカにされちゃうのよぉ」


 それだけ強力な制約を以て、この試合に挑んでいたのだ。


 しかし、シチサブローはまったくサキュバスを意に介さなかった。


「それに引き換えぇ、アタイはおいしそーなお肉をぶら下げられてぇ、ずーっと見てるだけしかできなくてぇ。疲れちゃったぁ」


 かたや、サキュバスはずっとガマンしていたのである。


 サキュバスからすれば、完全敗北だったらしい。彼女のプライドは、ズタズタになっていたのだろう。


「誘惑できない存在がこの世界にいる以上、こっちにはいられないわぁん。でも、あんたは呼んじゃうでしょぉ。でもぉ、アタイはあんたに呼ばれる度に、あのダークエルフのことを思い出さないと行けないのよぉ。そんなの、耐えられなぁい」


 サキュバスの姿が、ぼやけてくる。


「わたくしは許しますわよ! あんたが負けたって」

「アタイがアタイを許せないのぉ。それが魔族の世界なのぉ。自分の力でオトせない男がいるって段階でぇ、アタイはこの世界に生きている価値がないのぉ」


 メスガキがいくら呼びかけても、サキュバスに残る意志はなかった。それだけ、プライドを傷つけられていたのだ。


「でも、あなたはお肉をガマンしていましたわ!」

「お肉はガマンできるわよぉ。でもでも、アタイはサキュバスよぉ。エサはぁ、お肉だけとは限らないのぉ」


 サキュバスから指摘され、メスガキが「あっ!」と口を手で塞ぐ。ようやく気づいたらしい。


 男たちの精気を、サキュバスは勝手に補給してしまうのだ。こんな体質では、純粋な勝ちとは言えない。


「さよなら。あなたとはよかったわぁん。色男ぉ。その子絶対、ぜーったいに、手放しちゃダメよぉ」



 最後に投げキッスだけ放って、サキュバスは消えていく。


『あっとぉ。まさかまさかの大逆転! シチサブロー審査員との勝負にあっさりと負けを認めたサキュバス選手! 元の世界へ還っていきました!』

 

「オバカですわ、あの娘! 黙っていれば、咎めませんのに!」

「確かに、大馬鹿ヤロウだな」


 花を持たされて、シチサブローも釈然としなかった。


 だが、真相を尋ねたとしても、サキュバスは答えないだろう。

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