サイクロプスの拘束具

 登場したのは、ゴーレム使いの少年だ。全身ヨロイに仮初めの命を吹き込んだゴーレムを引き連れている。


『おっとぉ。挑戦者は、アイアンゴーレムです!』


 ゴーレムの飼い主も、煽りVTRを作ってきた。


 召喚士はこの日のために、セコセコとゴーレムを開発したと説明している。ゴーレムはヘラクレスという名前らしい。何万冊の魔術書を圧縮して宝石に詰め込んだ、人工知能が自慢だとか。「間違いなく指示を聞く」と、VTRの中で豪語した。


 その自信が、どこで崩壊するか見物である。


『こちらも先日のユニコーン同様、肉食ではない! どう対処するのか?』


 煽りアナウンスの直後、試合が始まった。


「ボクはヘラクレスに、口を作っていない! 口のないゴーレムが、エサなんて食べるわけないだろ?」


 明らかに勝った気でいる発言である。魔力は、手から供給しているという。


 しかし、異変は唐突に始まった。ヨロイのアゴ部分が、突然開く。開いた部分には、歯が突き出ていた。


『あーっとぉ! 口です! 口腔を持たないゴーレムに口が現れましたっ!』


 声帯までできあがったのか、ゴーレムが雄叫びを上げる。ガマンできないとばかりに、肉に食らいつく。


「待て! ちょっとヘラクレス待てったら!」

『おっとぉ、食事を必要としないゴーレムが、食事を始めた。摂食によるエネルギー補給が可能なタイプへと、勝手に変貌を遂げましたぁ!』


 ドラゴン肉を味わいたいばかりに、ゴーレムは進化したのだ。


「なぜだ!? ゴーレムがいうことを聞かないなんて!」

「言うことを聞かせようとしている段階で負けだって、なんで学習できねえのかなぁ?」


 次の試合で出す肉を焼きながら、シチサブローは鼻で笑う。


「なんだってんだ!? ボクのヘラクレスは優秀だ! なぜ言うことを聞かない!?」

「シンギュラリティだよ」


 人口物が創造主である人間より高い知識を持つ現象を、シンギュラリティという。


「このゴーレムがオレたちの焼く肉に飛びついたのは、お前さんが優秀すぎるからだ。お前さんは、たしかに頭がいい。しかし、頭がよすぎたために、このゴーレムに感情まで埋め込んじまったのさ」

「技術的特異点を、ボクが生み出してしまったのか……」


 少年は悔しがってはいるが、もう他のことを考えているらしい。


「そういうこった。勝負には負けたが、違った可能性が生まれたんじゃねえのか? 別の分野でがんばりな」

「わかった。そうするよ」


 彼は頭がいい。切り替えが早いとも言える。


 ゴーレムと手を繋ぎ、天才少年は去って行く。


『脱落したとはいえ、清々しい笑顔で立ち去ります。次なる相手はどうか?』




 棍棒を持った巨人が、入場口から入ってきた。ノッシノッシと、巨体を揺らしながら会場入りする。


『さて、次の挑戦者はサイクロプスだ! 知性は低いですが、制御装置でコントロールされています!』


 頭部に、ヘッドセットを装着させられている。


「目を塞がれているぞ」「あんなのアリかよ?」「運営は何を考えているのかしら?」

 

 冒涜的な状況に、会場がザワつく。


 倫理観に乏しいのか、召喚士の少年は自分がどうして責められているのか理解していない。効率しか考えていないのだろう。


『放送席、放送席』


 リポーターの女性がモニターに映し出された。


『あ、今中継が繋がっております。召喚士協会本部ですね? 中継を続けください』

『はい。大会運営委員会に、今からですね、聞き込みを致します。えー、特殊な装備を用いてルール上は問題ないのでしょうか?』


 協議が終わって、結論が出たらしい。


『たった今ルールを確認したところ、特に強い制御が掛かっていないため、許可してもいいのでは、と結論づけましたね』

『なるほど。問題はないと。ではシチサブロー審査員の決断を待つばかりです』


 アナウンサーがシチサブローに意見を求めた。


「どうだっていいだろ。なにをやっても同じこった。やりたきゃやりゃいいだろ」


 シチサブローは、許可する。


『えー、協議の結果、シチサブロー審査員がサイクロプスの拘束を……認めたため! 試合を続行いたします!』


 協議結果を聞き、会場がヒートアップした。


『さて、サイクロプス選手、おとなしく指示に従っているように見えますが……あっと!』


 サイクロプスの目を塞いでいる拘束具が、赤く点滅を始める。召喚士に向かって、サイクロプスは棍棒を振り下ろそうとした。


『怒っています! サイクロプス選手、召喚士に向けて明らかに敵意を向けている!』


 無情にも、棍棒が召喚士に向けて叩き込まれる。


『あーっと! 無事です! テルル審査員が棍棒をシッポで受け止めている。そのスキにシチサブロー審査員が拘束具を斬り捨てる!』


 シチサブローは包丁で切りつけ、サイクロプスの拘束具を解き放った。


 解放されたサイクロプスが、入場門の壁を壊しながら走って逃げ出す。


『中断! 試合が中断されました! 制御できなかった挑戦者はもちろん失格! 修繕を行うので、しばらくお待ちください!』


 前の選手は、いうことを聞かなかったマシーンに別の可能性を見いだし、許した。


 それにひきかえ、この少年はなんだ?

 こんな状況に陥っても、召喚士はなぜ拘束具が効果を発揮しないのかを気にしているように見える。死に怯えるよりも、考えるのはそこなのだ。

 飼い犬が逃げるのも頷ける。よほど非倫理的な扱いを受けていたのだろう。


 走り去ったサイクロプスを見送った後、シチサブローが召喚士たちに警告した。


「お前ら、壁代弁償な」


 本当に直すべきは、サイクロプスとの壁を取り払うことである。

 しかし、こんな根っからのクズにそれは望めそうにない。

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