姫騎士の敗因
『あーっと秒殺ーっ! まさかまさか! 大本命と思われた召喚獣ユニコーンが、まさかの秒殺ぅ! 草食であるはずの名馬が、肉をむさぼり喰らっているぞ!』
会場も、信じられないというざわめきに包まれた。
「シルバーお待ちなさい! お待ち!」
手綱を引き、姫はユニコーンの食事を邪魔する。
だが、ユニコーンは食べるのを辞めない止まらない。
「作戦、成功だ!」
「どうして、どうして草食の馬が、肉を口に!?」
「マナだよ」
いつもシチサブローは、「調理済みの肉」を皿に載せている。しかし、ユニコーンを相手にすると聞き、作戦を変えた。
「ドラゴンってのは、幻獣だ」
「しまった。つまりマナの塊!」
「そうだ。幻獣であるドラゴンの肉は、草食も肉食も関係ないんだよ!」
ユニコーンでさえ、耐えられない。
それだけ、ドラゴンの肉はうまいのだ。
草食と言えど、マナは食う。
身体全体がマナであるテルルを食べない道理はない。
「だが、不安もあった。食いつかない可能性もある」
「だから焼いたと? 焼いている状態で出すことで、マナに香り付けをしてを直接シルバーに嗅がせたのね!?」
「その通りだ」
馬の嗅覚は、人間のおよそ一〇〇〇倍の感度を持つとされている。
それだけ敏感な鼻が、もしドラゴン肉のような芳香を嗅げばどうなるか。
「……負けたわ」
姫が敗北を宣言したので、ゴングが鳴る。
『試合終了! まさか、大本命の一角が最終試練で姿を消しました! これで、誰が試験に合格するのか、わからなくなりました!』
しかし、姫から物言いがつく。
「うちの父なら、騎士団長である父なら勝てるかもしれませんわ!」
娘フローレンシアに呼ばれ、父親である騎士団長が姿を現す。
『あーっとここで、エキシビションマッチの申請だ! 我が国のエリート、アンドロメダ騎士団長が登場した! だが、ここで父が負けた場合、娘に顔向けができないぞ!』
アナウンサーがエキシビションを受けるのかどうか、シチサブローに尋ねてきた。
「もちろん、受けて立つぜ!」
相手が勝っても、フローレンシア姫がS級に上がるワケではない。ペナルティといっても、騎士団長のメンツを潰されるだけ。
『あっと、シチサブロー審査員が承諾! これにより、予定外のエキシビションマッチが開幕しました!』
別に相手が誰だろうと構わない。「今は」……。
ここでようやく、ユニコーンが我に返った。
「おお、姫様、申し訳ありません」
詫びてはいるが、肉は飲み込む。
「いいのよ。欲望には勝てないわ。あなたを引き留められなかったわたくしがいけませんのよ。でも、父の言うことは守ってね」
「仰せのままに!」
父に手綱を渡したところで、ゴングが鳴る。
「お父様、がんばって」
「任せておきなさい。シルバー、私の目を見るんだ」
騎士団長の言葉に、ユニコーンは誠実に従う。
『ではエキシビションマッチ開幕です! 試合開始!』
娘と違い、騎士団長は馬に目を離さない。
「ステイ。そうステイだ。いい子だね」
純血の乙女にしか懐かないと言われているユニコーン相手に、ここまで丁寧に応対するとは。
『危なげない。何も危なげがないぞ』
そりゃあそうだ。なんといっても、今のユニコーンは。
ユニコーンをなだめるように、騎士団長は愛馬のたてがみを撫でる。
「よし、そのままステイを続け……!?」
さすがプロだ。ようやく、ユニコーンの状態に気がついたらしい。
「シチサブロー?」
「ククク、勝ちはくれてやろうぜ」
さして気にすることもなく、シチサブローは早くも諦めモードに突入した。
試合終了のブザーと同時に、ファンファーレが鳴り響く。
『あっとここで、三分があっという間に経過ぁ! 試合終了。やはり、現役のS級召喚士は強かったか!』
会場からは、割れんばかりの拍手が。
他の貴族からも、ささやかな拍手が送られる。
『アンドロメダ騎士団長、お見事でした。勝因はなんだと思いますか?』
「……運がよかっただけだ」
言葉少なに、騎士団長は締めくくった。
「だよなあ? 『賢者タイム』のユニコーンをなだめるだけの簡単なお仕事だしよぉ!」
口元をつり上げながら、シチサブローが騎士団長へイヤミを放つ。
「なんだ貴様は! 英雄に向かって無礼であるぞ!」
他の貴族たちが立ち上がり、シチサブローを指さす。
「はーあ? 弱い外野は黙ってろよ。これはオレとこのオッサンとの勝負なんだぜ。ひっこんでな」
またしても貴族が暴れそうなところを、騎士団長が制止した。
「シチサブロー殿、言葉の意味を教えてもらう」
「言ったまんまの意味だぜ。なあ?」
協会長に、シチサブローは同意を求める。
『おっと、外部からの物言いに対し、シチサブロー審査員が意味深な発言! どうやら、協会長なら勝因がわかるとも取れる言葉を漏らした。これはいったいどういうことなのか?』
協会長が、マイクを引き継ぐ。
「そのユニコーンは、満腹状態じゃ。そんな状態で待てを指示しても、従うに決まっておる。手を出さぬのじゃから」
会場が、しんと静まりかえる。
『そうでした。たしかにユニコーン選手は、試合終了後も肉をずっと食べていましたからね。お腹も膨れていたことでしょう』
そんな状態でうまい肉を出されても、ガマンできるに決まっていた。
「騎士団長も、気がついていたんだよな?」
「ああ。だから、これは勝ちとは言えない」
「さてな。オレとしては、満腹でもたらふく食わせてやる自信があったのによぉ」
「すごい執念だな。見事だった。だが、次は私の娘が勝つ。次回の試験でね」
「楽しみにしているぜ!」
清々しい退場に、会場もまた拍手で賑わう。
「シア、どうして自分が負けたのか、原因をよく考えるんだ。シルバーのせいにしてはいけないよ」
「はい。お父様の戦い振りを見て、反省致しました」
会話している二人からは、潔さが感じられた。
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