テルルの両親

 本日最後の挑戦者は、召喚士ではない。黒のローブに身を包み、禍々しいデザインの杖を装備していた。


『今回の挑戦者は召喚士協会側の人物ではありません。黒魔術協会からの挑戦ということです。協会長、これも見所ですね?』

「左様」


 毅然とした態度で返答してみたが、協会長は眉間に皺を寄せる。


「部外者に称号を明け渡すとなると、こちらの沽券にも関わるのう。しかし、相手が優秀ならば、間口を広げるのもまんざらでもない」


 とはいえ、相手に権力を少々譲ってしまうことにも繋がる。あまりうれしいことではなかろう。


『では挑戦者、召喚獣を呼び出してください』


 幼い召喚士の少年が、リングインした。手に持っている杖で、魔方陣を描く。杖の形状に似て、文字が禍々しい。


『さあ、どのようなモンスターを呼び出すのでしょう? いよいよ、その形が見えてきたぞ。果たして、いかなる戦いを見せてくれるのでしょう?』


 魔方陣が紫色に輝き、魔物らしき物体が頭を出す。黒いコウモリの翼を携え、頭部には二本の角が主張する。山羊に形が似ていて、顔は小さく愛らしい。が、隠しきれない邪悪さが窺えた。


『おっと、魔族です! ほほう、ナイトゴーントですか』


 魔王の使い魔として有名な、夜を支配する鬼だ。とはいえ、使い魔としてはポピュラーな部類に入る。


『インプ並みに小さい低級とはいえ、悪魔族を手懐けることは至難の業と言えます。これは手強いぞ!』


 たしかに、悪魔族は誘惑に強い。むしろ人間を籠絡させるために生まれたといってよかった。まさに、誘惑の塊だ。相手を魅了することに命をかける。


 それに挑むのだから、シチサブローも緊張が高まってくるというもの。


「シチサブロー」

「任せろ。あんなハリボテなんかにお前の肉は負けん」


 テルルの心配もわかるが、今は集中だ。しかし、どうも嫌な予感が離れない。


『さあ、料理ができあがったところで、スタンバイしてください! では、試合開始です!』


 対決が始まった。

 シチサブローはいつもどおり、料理を皿に盛る。


『さて、ゴングが鳴りました。挑戦者の操るナイトゴーントは、今のところちゃんということを聞いていますね。順調な滑り出し』


 召喚獣に、動く気配はない。


 今のところ、魔族に異常は見られない。おとなしいものだ。


 問題があるとすれば、召喚士の方だろう。


 飼い主の方が、さっきから肉に魅入られていた。焼けた肉の匂いにつられて、ついつい視線を動かしてしまっている。


「なにをチラチラ見ているんだ?」

「別になんでもない!」


 明らかに、召喚士は焦りの色を見せた。


「ん? 召喚士が負けそうかなぁ、ええ?」


 シチサブローが、召喚士を挑発する。


「ふ、ふん! そんな肉なんかに、僕が負けるわけないだろ!」

「ヨダレを垂らしているぜ」

「な……」


 少し揺さぶっただけで、相手は動揺した。召喚獣は優秀な悪魔族らしく、余裕を見せているが、飼い主がコレでは……。


「バカにするな! 僕のナイトゴーントが、お肉なんかに飛びつくわけがない!」


 袖で下品に口を拭きつつ、少年は平静を装う。


『協会長、悪魔族を従えるのは難易度が高いと言われていますが、なぜなんでしょう?』


『ご想像の通りじゃ。召喚士自らが、取り込まれてしまうからじゃ』


 狡猾で優れた悪魔は、喚びだした人間に取り付いてしまう。


 かつて古の偉大な賢者が、研究のために悪魔を召喚した。

 だが、それは地上の支配をもくろむ上位魔族のワナだったらしい。

 あわれ賢者は悪魔に取って代わられ、世界を支配する魔王となった。

 上位魔族の片棒を担いでしまったのである。


『その魔王を討ち滅ぼしたのが、テルルの両親である勇者とドラゴンじゃ。二人は今でも強大な魔物を倒すため、魔界で頑張っておるという』


 人間である勇者は、老いを遅くする魔法を自らに施して、ドラゴンたる妻と共に魔物と戦っているそうな。


 会場から、どよめきの声が上がった。


『テルル審査員のご両親は、スゴイ家系なんですね!』

『故に、生半可な召喚士を許さぬ』


 失敗の先に待っているのは死、だから。


『悪魔を召喚することは、それだけのリスクを伴うのじゃ。本来ならば、S級召喚士でさえも低級悪魔を呼び出すのは躊躇するというのう』


 そう考えると、このガキはまだ見込みがあると言えた。


『二分経過、残り時間一分! このままいけるといいですね!』

『タダで済むはずがなかろう』


 アナウンサーは興奮気味だが、協会長は悪い気配を感じているようだ。


 シチサブローも、感づいている。

 この魔族は、最初から観客及び放送席を侮っていたのだと。

 だが、あの悪魔はまだ気づかれていないと信じて疑わない。


『さあ残り三〇秒! このまま行けるぞ! 悪魔族はやはり強かったか? そして、低級魔族の軍門に、料理人シチサブロー審査員は下ってしまうのか?』


 納得のいかない表情を、ギャラリーは見せている。異変には気づいているが、言葉で表せない様子だ。



 ナイトゴーントを指さし、シチサブローは口元をつり上げた。


「……それで精神攻撃のつもりかよ?」

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