第114話 執事の夢


『結月ちゃん、レオのことだよね?』

「……え?」


 瞬間、結月は瞠目する。

 目を細め、美しく微笑みながら紡がれた、ルイのその言葉は、まるで確信を持つような声で──


「え!? あ、あの、私……!」


(あはは……顔真っ赤。わかりやすいなー)


 すると、慌てふためく結月を見て、ルイは更に表情をゆるませた。

 耳まで赤くし恥じらう姿は、とても微笑ましかった。なにより、その表情から、ルイは更なる確信を得る。


 やっぱり彼女は、今、レオのことが好きなのだと──


『ずっと、気になってたんだ』


「え?」


『レオから、あまりわがままを言わないお嬢様だって聞いていたから、どうしていきなり、執事の彼女に会いたいだなんて、言い出したのかなって……』


「……っ」


 わがまま──その言葉に、結月は身を縮め萎縮する。きっと、困らせていたのだと思った。自分が突然言い出した、わがままのせいで……


「ッ……ごめんなさい」

『あ……』


 だが、その瞬間、結月が申し訳さそうに、瞳を潤ませたのがわかって、ルイは「しまった」と結月の前に身を乗り出だすと、そのまま言葉を続けた。


『ごめん、ごめん。別に怒ってるとかじゃなくて……ねぇ、レオのどこが好きなの?』


「え?」


『結月ちゃん、レオのことが好きなんでしょ? なら、レオのどこを好きになったの?』


 そう言って、柔らかく微笑むルイは、確かに怒っている風には見えなかった。

 それどころか、不思議と、喜んでるようにすら見えて、結月は、恐る恐る、その問いに答え始める。


「五十嵐は、どんな時も、私の味方でいてくれるんです。お父様やお母様じゃなくて、私のことを一番に考えてくれて……それに、私が悲しんでいたら慰めてくれるし、落ち込んでいたら、笑わせてくれて、五十嵐と話していると、不思議と心が楽になります。ただ傍にいてくれるだけで、私……っ」


『……』


「あ! でも、だからと言って、五十嵐とどうしたいとか、どうなりたいとか、そんなことは全く考えてなくて! あの、本当に──ごめんなさい!!」


 直後、ソファーから立ち上がったかと思えば、結月は、ルイに向け、勢いよく頭を下げた。


 だが、いきなり謝罪しはじめた結月を見て、今度は、ルイは瞠目する。


(あ、そっか……今の僕、レオの彼女なんだっけ?)


 これは、ややこしいことになってきた。


 元々、結月が記憶を取り戻したあと、面倒なことになりそうだとは思っていた。だが、思い出したのなら、事情を話しさえすれば、なんとかなるだろうと思っていた。


 だけど、今の彼女は、まだ記憶を思い出してはいない。そう、今彼女が好きなのは、8年前に将来を誓い合った"望月 レオ"ではなく


 執事の──五十嵐 レオ。


(……参ったな)


 この状況を、どう打開したら二人は結ばれるのか? ルイは眉根を寄せ考える。


 仮にここで、自分がレオの悪口を言って「別れたい」と結月に言ったところで、レオの株下げるだけ。かといって、レオの彼女(偽)である自分が、結月に略奪愛を仕向けるのも、おかしな話だ。


 なにより、そのような不純な恋愛を、彼女は好みはしないだろう。


 むしろ彼女は今、忘れようとしてる。

 レオへの想いを──


「ルイさん、本当に、ごめんなさい……っ」


『……謝らなくていいよ。人を好きになるって、頭じゃなくて"心"でするものだよ。心が、ただ求めただけ。だから、結月ちゃんがレオを好きになったことは、なにも悪いことじゃないよ』


「でも……」


『まぁ、相手に恋人がいるってのは、辛い恋ではあるけれど……でも、結月ちゃんは、私からレオを奪おうとしているわけじゃないよね。むしろ、。レオを、好きになったこと』


「……っ」


 全て見透かすような、その青い瞳に結月は息をのんだ。その通りだ。全てルイさんの言う通り──


「はい……そうです」

『…………』


 素直に返事を返すと、ルイはその結月の返答に複雑な心境を抱く。


『そう……だから、私に会いたいとおもったんだね。私とレオが仲良くしているところを見れば、その気持ちに区切りを付けられるとでも思ったから』


「……はい。ごめんなさい、私のわがままに巻き込んでしまって……ルイさんのおっしゃる通り、私はこの気持ちを、全部なかったことにしたいと思っています」


『出来るの?』


「え?」


『レオを好きだってその気持ち、全てなかったことになんて、本当に出来るの?』


「それは……っ」


 心の中を満たすのは、これまで過ごした、五十嵐との時間。


 それを、全部なかったことになんて、すべて忘れるなんて、本当に出来るかは、結月にも分からなかった。


「……分かりません。でも、なかったことにしなくては、ダメなんです。私は、五十嵐が好きです。でも、この気持ちを持ち続けても、誰も幸せにはなりません。私には婚約者がいて、ゆくゆくは、その方と結婚します。もし、私が五十嵐を……執事のことを、好きだなんて知られてしまったら、きっと、五十嵐は、執事を辞めさせられてしまいます」


『……』


「私は、五十嵐の『夢』を応援したいです。五十嵐は、中学からの夢を叶えて、今やっと執事になれたんです。その夢を、私のせいで……ダメにしたくはないんです……っ」


 切実に訴える結月の声に、ルイは胸を痛めた。


 婚約者がありながら、彼女は執事に恋をした。どうしたって、叶わぬ恋。だからこそ彼女は今、全て忘れようとしてる。


 レオのために──


 そう、レオが、この先もずっと、生きていけるように


『レオの夢は……そんなんじゃないんだけどな』


「え?」


『結月ちゃんは、レオのこと、何もわかってないね』


「……っ」


 だが、その後、放たれた言葉に、結月は打ちのめされる。


 何も分かってない。その事実に、結月は自身の胸元をキツく握りしめた。

 だが、そんな結月をみつめながら、ルイは再度、レオのことを思い浮かべた。


(ごめん、レオ。余計なことは話すなって、口止めされたけど……)


 やっぱりここは『全て』話しておいた方がいいような気がした。


 自分が男で、レオの友人だということも、レオの本当の夢も、そして彼女が、レオの本当のだということも──


『結月ちゃん』


 再度、目を合わせると、ルイは真剣な表情で結月を見つめ返した。


『結月ちゃんの秘密、教えてもらったから、今度は、私の秘密も教えてあげるね』


「え? 秘密?」


 その言葉に、結月はゴクリと息を飲む。


「うん。実は僕──」


 コンコンコン!!


「!?」


 だが、その瞬間、部屋の扉を叩かれた。


 会話が中断し、結月とルイが同時に部屋の入口に目を向ければ、その扉の奥から、申し訳なさそうに、メイドの恵美が顔を出し


「お嬢様、申し訳ありません。実は今、冬弥様から、お電話が入っておりまして、お嬢様に繋いで欲しいと」


「え? 冬弥さんが?」



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