第92話 同級生


「あれ、モチヅキくん!?」


「「!?」」


 不意に呼びかけられ、レオと美結は同時にそちらに目を向けた。


 見ればそこには、若い女性が一人立っていて、その女性は、レオと目が合うなり、明るい声を発しながら近寄ってきた。


「やっぱり、望月君だ! 久しぶり~、私のこと覚えてる? 小学校の時一緒のクラスだった桂木かつらぎ! びっくりしちゃった~、望月君、中学上がってすぐに外国行っちゃったから、もう会えないと思ってたのに、まさかこんな所で会えるなんて……!」


「…………」


 桂木の甲高い声が、脳内を支配する。


 まるで、懐かしい級友に会えたかの如く『望月もちづき』と言いながら、表情を輝かせる桂木を見て、レオは思わず息を詰めた。


「いつ、日本に戻ってきたの!? そうそう、あの時、望月君からもらった──」


「五十嵐、その方は?」


「え? 五十嵐?」


 瞬間、美結が口を挟み、桂木が目をぱちくりさせながら、レオを見つめる。するとレオは


「申し訳ありませんが、どなたかと人違いをなさっているのでは? 私の名前は、"望月"ではなく、"五十嵐"です」


「え!? ウソ!?」


 瞬間、桂木は顔を真っ赤にしたあと青ざめた。無理もない。別人相手に話しかけていたのだから。


「あ、あの、失礼しました!!」


 すると桂木は、深く深く頭を下げると、逃げるように立ち去っていった。


 そして、レオはそれを見送り、改めて美結に語りかける。


「では、奥様。別邸の方へ」


 だが、そう言ったレオに美結は


「いいわ」


「え?」


「やっぱりいいわ。車は、黒沢に出してもらうから。あなたはここにいなさい」


「……!?」


 あんなにも「車を出せ」と豪語していたにもかかわらず、いきなり掌を返され、レオは一驚する。


 ──どうして、いきなり?


 だが、それはレオにとって、好都合でもあった。


「それと、結月は、明日学校があるのよね?」


 だが、続けざまに意味のわからないことを質問され、レオは困惑する。


 学校があるからなんだと言うのか。おかしな言動を繰り返す美結に、レオは不信感を抱きつつも、会話を続ける。


「はい。明日は月曜日なので、早朝授業もございます」


「そぅ……じゃぁ、明日は休ませてあげて」


「休ませる?」


「えぇ、きっと疲れているでしょうから」


「…………」


 なんだろう。

 先程から、何かが腑に落ちない。


 疲れるとは、どういうことだろう?

 それも、わざわざ学校を休ませるほど?


「それじゃ、結月は21階のスイートルームにいるはずだから、あとのことは頼んだわよ」


「……はい、畏まりました」


 モスグリーンのドレスがひらりと揺れて、美結はレオの元から立ち去ると、黒沢を呼び出し、会場を後にした。


(21階……か)


 だが、結月の行先が分かり安堵するも、漠然とした不安がよぎる。


 レオは、その後、急ぎ足でその場をあとにすると、21階に向かうべく、エレベーターを探した。




 ✣


 ✣


 ✣




 その後、黒沢の車で別邸へと帰る美結は、後部座席に一人座り、先程のことを思い出していた。


 五十嵐と同じ年くらいの女性が「望月」と言って、五十嵐に語りかけていた。


 それを、五十嵐自身は、人違いだと否定していたが……


「──ねぇ、黒沢」

「はい、奥様」


 後部座席から、美結が運転席の黒沢に声をかける。


「昔、うちのホテルに、事故死した従業員がいたでしょ。名前は──望月もちづき 玲二れいじ


 美結がそう言えば、黒沢は古い記憶を思い起こす。


「はい、確かそんな名前の従業員だったかと……ですが、それが如何いたしました?」


「その男の親類縁者、洗いざらい調べてくれる。ちょっと気になることがあるの」


「気になることですか?」


「えぇ……」


 闇の中を走行する車の中、美結は外を見つめながら、ふと数年前のこと思い出した。


『お前達のこと、絶対に許さないからな!』


 そう言って、美結の前に立ちはだかった、小学生くらいの男の子のことを


(まさか、あの子……)


 五十嵐の顔は、あの時のあの少年に、とてもよく似ている気がした。


 あの日、自分たちを『人殺し』扱いした



 望月 玲二のに──


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