第3話 カレーなる爆走のナギサハイウェイ 05
この世界でIDは、様々な場面での証明に使用されている。例えばイチモンジが要求している身分証明の他に、電子キャッシュを使用する際に必要な決済証明や、運転免許証の情報、パスポートなどの情報もIDに格納されている。
しかしこれだけの証明が可能であるという事は、逆を言えばID一つで全ての個人情報が特定されるという事にもなるのだ。
レンタロウ達のような表立ちたくない人間にとってIDは、持っているだけで足が付く厄介者でしかなく、その弱点を払拭するために、二人は通常ルートでは手に入らないIDの入っていないナノデジを所持しており、支払などのIDを使用する場面ではダミーIDを使って逃れていたのだった。
しかしIDチェッカーにはそのダミーIDが一切通用せず、更にエラーコードを吐かれるとID偽装の疑いで現行犯逮捕されてしまうのだ。
イチモンジにその気は全く無いが、実は今この瞬間、イチモンジはレンタロウとサヤカを、未だかつて無い絶体絶命の危機に追い込んでいたのだった。
「フ……フブキさん……」
「…………」
サヤカはレンタロウに目配らせをするが、レンタロウは何も答えず、そして――
「どうしたッスか? 早くIDを――ウッ! ゴホッ!!」
刹那、レンタロウはイチモンジのみぞおちを容赦無く全力で殴りつけた。
「サヤカ」
「えっ?」
「逃げるぞ」
「えええええええっ!」
イチモンジが殴られた瞬間、今目の前で何が起こっているのか一瞬理解出来なくなったサヤカだったが、レンタロウの一言で一瞬で認知に至った。
「早くしないとコイツの仲間が来るぞ!」
「んああああああっ! ツッコミどころだらけですけど、とりあえず分かりました!」
とにかく状況を完全に把握するよりも、まず逃げる事が先決であると確信したサヤカは、レンタロウと走ってバイクに戻ると、ヘルメットを被って、アクセルを吹かせて直ぐに出発した。
「おい! どうしたんだ!」
イチモンジと共に捜査をしていた公安の刑事が、殴られて藻掻いているイチモンジを見つけたのは、もうレンタロウ達がサービスエリアを出た後の事だった。
「ゴホッゴホッ……オキナミさん……不審人物を発見したッス」
「キャプチャは?」
「撮ったッス……現在犯人は……ゴホッ……バイクで逃走してるッス」
「バイクだな! クソッ逃がしてたまるか!」
公安の刑事ことオキナミは、うずくまるイチモンジをそのままにして、すぐさま周囲で捜査をしている他の刑事や本部への応援要請を行った。
その間、イチモンジは呼吸のペースを整えると、フラフラと歩いて、先程レンタロウとサヤカがカレーライスを食べていたベンチに座って、背もたれにのしかかった。
「ゴホッ……へへっ、どうやら雑用係としては、思ったより仕事が出来たみたいッスね。あとは御上に任せ――」
「おいっ! そんな所でゆっくりしてる場合じゃないだろ! 俺達も奴らを追いかけるぞ!」
イチモンジはこれでお役御免かと思い、ベンチでリラックスしていたのだが、そんなイチモンジの姿を見たオキナミは彼女を叱責した。
「なるほど、パトカーの運転係が必要って事ッスか……」
イチモンジは呆れて溜息を吐いた。
近年、自動車のほとんどが完全自動運転化しており、自動車に運転手はほぼ必要無い時代となっていたのだが、しかしパトカーなどの緊急車両に至っては、自動運転では行わないような挙動を取る事が多いため、平常時のパトロールなどでは自動運転を行なっているのだが、緊急時はマニュアルでの運転をしている事が多かった。
そのため、イチモンジにはまだパトカーに乗ってレンタロウ達を追いかける役目が残されていたのだった。
「まあいいッス。あの男には、女子のみぞおちを殴って下乳を触られた恨みが自分にもあるッスから。この恨み、逮捕で晴らさせて貰うッスよ!」
イチモンジは気合いを入れ直してベンチから立ち上がり、パトカーの方へと走って向かった。
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