第2話 鉄鋼街のコロッケパン 19
しかしそんな自信無さげなスジカイを見て、レンタロウはやれやれと首を横に振った。
「お前に自信が無くとも、俺はお前なら出来ると思って金を出そうとしてるんだ。そんな初っ端から弱音を吐かれちゃあ、こっちも出すのを渋るぞ」
「うっ……」
「それに今までは今までじゃねぇか。問題なのはこれからどうするかだ。そのまま過去の失敗に縛られて、宙ぶらりんのままあのきったねぇスラムで一生落ちぶれて生活するか、それか情報屋として、今までの失敗を払拭する程の成功を収めるよう努力するか……あと10秒で答えを出せ」
「じゅ、10秒!?」
「はいいーち、にー、さーん――」
レンタロウは順に数を数え始め、その間スジカイは歯を食いしばって悩みに悩み、気づけばカウントは7秒を超えていた。
「はーち、きゅーう、じゅー……」
「わ、分かりやした! やります! 俺、情報屋をやりますっ!!」
寸前でスジカイは覚悟を決め、飛び込んだ。
「……そうか」
カウントを止めたレンタロウは、僅かに口元に笑みを浮かべてみせた。
「サヤカ、契約書のデータを送ってくれ」
「はい!」
サヤカは二つの契約書データをローカル通信を使ってまずレンタロウに渡し、レンタロウはそのデータに自分の生体データを埋め込む。今やサインや印鑑には何の認証性も無いとされ、その代わりに自分の生体データを書類データに入力する事によって内容を認証したという、以前の認印の役割を生体データが果たしていた。
「よし。じゃあスジカイ、これに生体データを入力してくれ」
「へ、へい」
レンタロウは二つの自らの生体データが埋め込まれた契約書データを、今度はスジカイに渡した。
「最後に一応念押ししておくが、これを認証したらもう元にはほぼ戻れないからな?」
「……心配は要りません。男スジカイ、この先の一生を背負う覚悟はもう出来ておりやす!」
「そうか……ならいい」
そしてスジカイは二つの契約書データに生体データを入力し、一つはレンタロウに戻した。
「それじゃあ早速ほれ、100万リョウだ」
「えっ!? 今から渡すんですかい?」
「いらないのか?」
「いりやすっ!」
「じゃあうだうだ言ってないで、俺の首筋に手を近づけろ」
「へい!」
スジカイは言われるがまま、レンタロウの首元に右手を持って行く。こうする事により、ローカル通信よりも更に範囲を絞る事の出来るダイレクト通信を使う事が可能になる。
このダイレクト通信を使って、レンタロウはスジカイに100万リョウの通貨データを送金した。
「ほ……本当に100万が俺の手元に……生まれて初めてですよこんな大金! これで俺も100万長者ですねいっ!」
「やっすい長者だな。喜ぶのはいいから、さっさと必要な物をその金で買って来い」
「へい! 本当にありがとうございやすフブキの旦那!」
スジカイは腰を九の字に曲げる勢いで頭を下げてから、勢い良く病室を出て行った。
「サヤカ、お前も手伝ってやってくれ。素人なんだから、どうせ何がいるかとか分かっちゃいないだろ」
「分かりました……フフフ」
「何がおかしい?」
「いえ、なんやかんや言ってお金をあげちゃいましたねと思って」
「悪いか?」
「いえいえそんな。むしろフブキさんのそういう所、ワタシは好きですよ?」
サヤカのやんわりとしたその笑顔は、病室の窓から入る光に照らされて神々しく、美しく映り、思わずレンタロウはその姿を見てドキッと胸を弾ませ、刹那視線を反対側の窓の方に移した。
「そういうのはいいから、さっさとスジカイのとこに行ってこい!」
「はいはい、分かりました」
そう言ってサヤカはパイプ椅子から立ち上がり、病室を後にすると、小走りで先に行ってしまったスジカイを追いかけた。
「ったく……俺の周りはホントにどうしようもないバカばっかりだ……」
一人病室に残ったレンタロウは、病室の窓の風景に向かってボソリとそう呟いたのだった。
*
病室で一人になってから間も無く、何もする事が無くなったレンタロウは布団に潜り、眠りについていた。
寝てしばらくは誰も病室を訪れる者はいなかったのだが、丁度一時間経った頃、扉が開いた僅かな音を聞きつけてレンタロウは目を覚ました。
「誰だ?」
起き上がって確認すると、扉の前にいたのは鉄工街の職人で今回の依頼主であるマフだった。
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