第十六話 作戦失敗
友人からの報告を聞き、意気揚々と部屋から出てきたユーリ。彼は保健室から抜け出し元の部屋でもしもに備えていたレイシアの元へと走っていた。
魔法を分けられる数が二つだけだったために捕獲役ではない彼女は持っていなかったからだ。
低い可能性としてもう一度エイミーが狙われることも考え、もしそうなったときには窓を吹っ飛ばして報せるからという、教師が聞いてる時にはあまり提案してほしくなかった方法が今回使われなかったことに少し安堵しながら、犯人を拘束している友人をその役目から早く解放してやろうと廊下をひた走る。
――ドォ……ォオオオン!!!
――しかし作戦の成功に浮わついていた気持ちは、どこかからか聞こえてきた鈍い響きによってかき消された。
堅牢なはずの寮が振動し、パラパラと木屑が床に落ちる音がする。
「ッ!?……なん、だと……?」
思わず足を止めるユーリ。
何故なら彼はその音、振動に覚えがあったからだ。
それは彼が幼い頃、魔法の練習をしていたときに起こった――魔力の暴発によく似ていた。
魔法を発動させるときに魔力の制御を間違えると起こる現象で、その魔法士を中心にして爆発のようなものが起こる現象。
本人どころか周りにいる者をも傷つけるとして初心の魔法士が一番に気をつけなければならないとして厳重に注意をさせられる。
だがここは仮にも魔法学園、その程度の制御を間違えるはずもない。
「てーことはだ……」
ユーリはそこまで考えて方向を反転した。向かうのはネルスのいる部屋。
今この時、何かが起こったなら――そこ以外にない。
「待ってろよネルス、無事でいろー!!」
そうしてユーリは駆ける。
廊下に翻る影が躍り、疾走する体が風を切る。
そうして辿り着いた友人の部屋。
予想通りというべきか、凄惨な様相を呈している。
扉が大きく開き、弾き飛んだように一部の蝶番が壊れて傾いでいた。外には爆風に煽られたのか部屋にあったものが散らばっている。
「ネルス――ッ!?」
焦りのあまり飛び込んだ部屋の中、そこにあったのは信じがたい光景だった。
破れた窓からの明かりに照らされ、爆発によって散乱とした空間
。円状に泥が飛散し部屋を汚しているが、その中央にいるはずの奴がいない。それよりも部屋の端、壊れた棚に埋もれるようにして――
「おい、おい無事かネルス!!」
「……ぁあ、ユー…リ、か……?」
――友人ネルスが、そこに横たわっていた。
服は赤く、口から吐いたと思われる血でべっしゃりと色づいている。ユーリは散らばった残骸を踏みつけながらネルスの側に近づいていく。体を見てみるが一見して外傷はない。
だが意識は若干朦朧としているようで視線は宙をさ迷っている。
「おい、大丈夫か!」
「すまん……逃…した、窓から、」
「今それはいい! ポーションは! 試薬があるっつったろ! どこだ!」
「それは……その、机の……」
作戦の失敗を告げる友人を叱咤し聞く、そんなことは今はどうでもいいのだ。
ネルスは震える腕を持ち上げて机の方を指差す、すぐさま指示されたところを漁ると残骸に隠れるようにして小箱が現れた。
宝箱のような形状。
簡単な施錠を解き蓋を開ける。
「これか……」
中には小さな瓶が四つ。
同じ形だが色は四つ全て違う。
おららく用途別なものを纏めて入れていたのだろう。そんな話を聞かされたことのあるユーリだったがどれがどういう効果があるのかは流石に覚えていなかった。
ユーリは時間が惜しいとばかりに小箱を持ってネルスの前に掲げる。
「ネルス、どれだ? どれ使えばいい!」
「あお……青の…瓶を」
「これか、これだな!」
小箱から取り出した一本、他と比べて青みがかったそれを顔の先に差し出してみるが反応がない。
いよいよ不味いか、そう思ったユーリは一か八かその小瓶を開けネルスの口へと差し込んだ。
そして中身を注ぎ、彼が喉を動かしているのを確かめるユーリ……緊張の時間が過ぎる。
だが――意外なほどすぐに反応はあった。
「――ォッホ!? ガハッ…う、うぅ……」
「おい! 大丈夫か!」
えずき出したネルスの跳ねる体を押さえるユーリ。そうしてしばらくそれを繰り返していると。
「ふぅ、ふぅ……すまん、助かった」
「もう大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない」
と、意識もはっきりしてきたようでユーリの問いかけにもきちんと反応を返せるくらいにまで回復した。
「立てるか?」
「肩貸してくれるか、ちょっときつめの奴を使ったから若干痛みがある」
「ああいいぜ、ベッドでいいか?」
「頼む……」
そうしてネルスの体に腕をまわし体を抱えるようにして持ち上げるユーリ。
そうして彼をベッドまで運ぶと泥で汚れるのも厭わずにそこに横たえた。
「危なかった……」
「だろうな、なんたってこの惨状だ。話してくれ、何があった?」
「勿論話す、だがそれは皆集まってからだ。それに……騒ぎが大きくなりすぎた。今にも教師たちがやってくるはずだ。集まるのはその後にした方がいい」
「は? 何でだよ。ここまでなっちまってんだ、俺らが知ってること全部話しちまおうぜ」
「それはやめた方がいい」
ネルスがいうことはユーリにとっては理解できないことだった。目的のためにこんなことを仕出かす奴らだ、そんな連中を学園側が放っておくはずもない。
それに犯人だって分かってる。
それを教師たちに伝えて問題を解決してもれえばいいじゃないか。
そう考えたユーリだったが、当の本人たるネルスはそれを拒否する。
「何で! お前死ぬところだったんだぞ!!」
「頼むユーリ、今は黙っててくれ。必ず訳は後で話す、だから今は僕の言うことに従ってくれ」
「ネルス……」
「頼む、ユーリ」
念を押してそう言い渡すネルス。その瞳にはユーリがこれまで見たことのない覚悟があった。
――こいつは俺がどう言おうとも退かない。
「分かった、言う通りにするよ」
「すまない。このことをレイシアにも伝えてきてくれるか」
「ああ、頼まれたぜ」
それを感じ取ったユーリは静かに立ち上がる。反対しようなんてことは考えない。
友人の覚悟に、ただ全力で応えよう。それだけがユーリの中にあった。
「ネルス」
「ん?」
ただ。
「あんまし手打ちとかにすんなよ――この怒りをどこにぶつけていいか分かんなくなるからよ」
――友人を傷つけられた、それに対しての怒りだけは
込み上げてくるその感情に蓋をしてユーリは走っていく。その背中を見送りながらネルスもまた、ポツリと内心を溢した。
「分かってるさ、そのくらい。
それに――怒ってるのはお前だけじゃないんだからな」
手の中にある感触を確かめながらネルスはそれきり口をつぐんだ。まるで内なる感情が飛び出てこないようにするために。
――それからしばらくしてやっていた教師たち。部屋の状況に驚愕する彼らへと何があったのか話すネルスだったが、その内容は彼に知るものに一部脚色をしたものが伝えられるのだった。
詳しいことを聞くために連れていかれた別室で更に詳細を話すネルス。
――犯人の名前はおろか、その目的も分からない。
――自分が狙われたのも何故か分からない。
何を聞かれてもそう答え、そうして教師陣を煙に巻いた彼は取り調べの様相を呈してきたそれを潜り抜け――翌日。
「――すみません、お待たせしました」
保健室へと再び集まった面々。
ユーリ、レイシア、エイミー。
視線を向けるだけでじっと黙る三人を見渡して、ネルスは口を開く。
「――では、お話しましょうか」
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