第十四話 怪我と光明

「……それはまた、穏やかじゃないですね」

 

 彼女の口から告げられたその内容はこの学園の性質から考えてみればあり得ないような出来事だった。

 そのことをユーリやエイミーも分かっているからか、表情は厳しめだ。

 

「エイミーは私の寮部屋の同居人なの。私が用があるって言ってたのはこの子のチームにちょっと問題があってそれの解決に動いていたからなの」

 

 そういう雰囲気の中で話を続けるレイシア。それを聞く限りでは彼女は前々からエイミーの手助けをしていたらしい。

 性格的な面で問題を起こしやすいエイミーはそれで他の生徒との衝突をよく起こしていたので同室のレイシアがその監視役としてこれまで動いていたらしい。

 今回もその繋がりで顔を出していたとのこと。僕らとの午前の訓練の後、レイシアはエイミーのチームでの監督もしていたらしい。

 何というか彼女の行動力というかタフさに聞いて驚かされるばかりというか、面倒見のよさもここまでくると呆れるというか……。

 ただいつもは午後に活動しているというエイミーチームだったが、今日に限っては状況が今までと違っていたらしい。

 

「私その、そそっかしいというか突然のことに慌てちゃうというか、そういうのがあって……私が襲われそうになったのもそのせいなんじゃないかなって」

「というのは?」

「その、実は……」

 

 レイシアから代わる形で話を始めたエイミー。既に保険医の人が面会謝絶の看板をして扉を施錠してくれているため声が漏れる心配はないが、それでも言うのが憚られるのか僕たちしかいないにも関わらず声を潜めて喋り出す。

 

「――実は私、昨日呼び出されていたの」

「呼び出された? 誰にです?」

「チームの子。その子と私あんまし仲よくないんだけど、私が悪いから仕方ないって思ってた一度きちんと時に話がしたいってくれて。それで私言われてたところに今朝行ってみたの。そしたら……」

 

 そこは誰もおらず、困惑して待っていると現れたのは黒いフードを被った知らない人物。

 あの子はどうしたのかといった疑問に黙ったままの相手に恐怖を感じた彼女は堪らず叫び声を挙げた。それが気に入らなかったのかそいつはいきなり魔法を放ちエイミーを攻撃してきた。

 

「で、私は昨日からその話を聞いて心配だったから見えないところで控えてて、そのお陰で何とか間に合ったわけ。ただ勢いよく吹き飛ばされちゃって、飛ばされた先が階段だったって訳」

「吹き飛ばされた……それはつまり風の魔法ですか?」

「そうよ。でもおかしいのよね?」

「おかしい?」

 

 そう疑念を口にする彼女は僕の方を向いて腕を広げる。体を見ろとのことらしいのでマジマジと見てみるが正直何を示したいのか分からない。

 

「いやだから、傷がないでしょうが傷が!」

「ええ、そうですけど」

「それがおかしいって言ってるのよ!」


 そう叫ぶレイシアだったが僕たちは頭を傾げるばかりで。

 それに業を煮やした彼女は立ち上がって声を張り上げる。

 

「だってそうじゃない。私がここに運び込まれたのはあくまで相手の予想してない所から私が出てきたから、それがなければ壁に激突する程度のものだったはずよ」

 

 そう言われてようやく彼女の言いたいことに勘づいた。つまり彼女はこう言いたいのだ。

 

「犯人には何か別の目的があった?」

「――そういうことよ」

 

 なるほど、と納得する自分がいる。それはユーリも同じなようでしたり顔で頷いている。

 

「そっか、攻撃されたのもエイミーちゃんが叫んだからだっていってたしな。だとすっと最初はあんまし大事にするつもりはなかったってことか?」

「ありえますね。だとすると狙いはなんでしょう?」

 

 犯人は脅しとして魔法を使ったのだ。だとすればその後に何か要求を言おうとした可能性が高い。だがそれをレイシアが出てきたことによって阻まれてしまった。ここで既に計画は崩れてしまったはずだ。

 

「その前に呼び出した子について何か分かっていることはありませんか? 絶対に何か知ってるはずですし」

「ど、どうでしょう? そこらへんは何とも……ああ! 私先生たちにちゃんと説明できてないかも!!」


 ああ、そこでそうなるのか。

 流石は自分で言うだけのことはある、とはいえ目の前で仲のいい人が倒れたのだ。慌てるのも無理のないことだろう。

 

「どうしましょう? これからその人の所にちょっと行ってきましょうか? 話を聞くだけなら」

「待って」

 

 学園内に現れた不審者、それに繋がる情報源で一番疑わしいと思われる人物に聞き込みを行おうと動こうとした僕にレイシアは冷静な態度で押し止めた。

 

「今、この状況を下手に動かすのはまずい気がするの」

「ですが」

「いいから聞いて」

 

 彼女が真剣な目でそういうものだから僕も聞き入れないわけにもいかず、浮かした尻をベッドに戻す。

 それから彼女は集まった僕たちを見て言い放った。

 

「皆、よく聞きなさい。

 私たちはこの状況を使って――

 

 

 

 ――犯人を誘き出すわよ」

 

 その大胆な宣言と共に語られた作戦は古典的ながらも確かに効果がありそうなものだと唸らせるものだった。

 内容を聞かされた僕らは与えられた役割を果たすためにそれぞれ行動を開始することにした。

 そんな僕らの姿を、保険医の人が微笑ましげに見てるのだった。

 

 

「ちょっと……やめてよっ……!!」

「黙れ! 誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ!!」

 

 学園の建物の影で、二人の人物が言い争っている声がしていた。一方は相手から詰め寄られ何かの責任を問われているように見える。

 

「こんな大事になるなんて思わなかったのよ! あの子がまさか他人を連れてくるなんて!」

「言っておいただろうが同室のやつがいると! どうして一人で来るように言わなかった!!」

「言ったに決まってるでしょ! 勝手についてきたのを私のせいにしないでよ!!」

 

 責任の擦り付け合い……そうとしかいいようがないこの醜態も詰め寄っていた側が埒があかないと離れることによって会話が一旦途切れる。

 フードの上から頭をかきむしる人物に向かって詰め寄られていた方は懇願するように言う。

 

「ねぇいいでしょ? 私あなたの言うことに従ったじゃない。だから」

「黙れ! この役立たずが! 目的も果たしてないのにいいもないだろうが!!」

「そんな!?」

 

 しかしその懇願もフードの人物が激すると共にあしらわれる。

 

「いいか? 協力した時点でお前も共犯者だ。俺が捕まればお前も道連れにしてやる」

「でも……」

「うるせぇ! 何だったらお前もあいつみたいにしてくれようか!!」

「ひぃ……ッ!!」

 

 もうこれ以上手を貸したくないという思いとは別に、ここで断れば冗談でもなく本当に奴は自分をそうするだろう。

 そう思わせるほどの狂気がフードの人物からは滲む。

 闇の中から睨みつけるような眼光に心を縛られた共犯者は更なる犯罪へと手を染めることになる。

 後悔などまるで意味のない。

 ただ落ちていくだけの道へ足を踏み入れてしまった。

 二人はそうしてまた、人知れず動き出す。

 その結果がどうなるかも知れずに。

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