第四話 因縁
「――やっぱり納得が行かない」
何で僕はここにいるんだ。
そんな不満を隠すことなく口にしてみれば、
「しょうがないでしょ、先輩がそうしろって言うんだから。私だってあんたと一緒にこんなとこ居たくないわよ」
と隣からなかなか当たりの強い返しが来る。
ちらりと隣を見るとそこには仏頂面の少女、レイシアが一つ席を空けて座っている。
ここは学園に用意された一室、来客用で本来であれば生徒が使うような所ではないのが設備の良さで理解出来る。だってこの椅子とか机とかすごい作りが豪華なんだもの、逆に全く安らげないんだけど不安なんだけど。
「まあまあ二人とも、お茶でも飲んで落ち着こうぜ」
そういってポットから湯気の立つ紅茶をカップに注いでいるのは顔見知りの男。
「いや何当たり前みたいにここにいんだよユーリ」
「ふふふ、それはまた後のお楽しみってやつだ」
そいつはここに入学してからの友人ユーリ。
さっきまで影も形も見えなかったこいつがどうしてここにいるのか、そんな僕の疑問に奴は含み笑いで全く答える様子がない。意外にも慣れた手つきで給士役をこなすこいつに勧められるまま出された紅茶に目を向ける。
「へぇ、なかなかいけるわね」
「だろう? いいとこの茶葉を使ってるから口当たりがよく香りもいい。茶菓子がないのが残念だな、これに合うのが馴染みの店に売ってるんだが」
流石にこの状況が買いに行けねぇからな、そう朗らかに話すユーリに彼女も機嫌よく応じている。ユーリから彼女の話を聞いたことが無いから二人は初対面のはずなんだが……なんだろうこの疎外感、いや別にそこに加えてほしいってわけではないんだけど。
紅茶談義に花を咲かせる二人を横に見ながらカップに口を着ける。
(……うん、流石に言うだけあって旨い)
舌を滑り喉の奥に心地よく落ちていき、鼻へと抜けていく香り。特に紅茶党というわけではない僕でも思わず唸りたくなるほどだ、ムカつく友人だが実にいい仕事をしている。心が落ち着く感じがするな。
そのお陰か僕の中で先伸ばしになっていた疑問をするりと問いかけることができた。
「というかレイシアさん、色々説明してほしいんですけど」
「ん? 何を?」
「あのガルドロフ君との関係ですよ、それに巻き込まれてここにいるんですから。今の内に事情ぐらいは知っておきたいのですが」
先程の騒動を治めたジェイド先輩はガルドロフをどこかへ連れていってしまい、代わりに僕へ彼女と共に待っているようにと指示が書かれた紙を渡され、その通りにした結果こうして待機をさせられているのだから。
「そうね、まあ今のとこ暇だしたいしたことでもないから言っちゃうけど。あんたたちもここに来た初日に教師から今の力量を見たいってことで生徒同士で腕試しみたいなことしたの覚えてるわよね」
「まあ……はい」
「あったなそんなん」
嫌な思い出だ。
正直初対面の相手から全力で攻撃されるのは恐怖でしかなかった。いくら師匠との鍛練で魔法をぶつけ合っていたとしても感情丸出しで襲いかかって来られるのは怖いし、教師も他の生徒も煽るもんだから味方とかいなかったし。無事で済んだのが奇跡みたいなものだった。
「まあ想像できてるかもしれないけど、そこで私はあいつと戦うことになったってわけ」
「それで勝ってしまったと」
「そうよ。別に手加減とかしたわけじゃないし、正々堂々あいつと戦った結果勝ったんだから、それをあいつ後からぐちゃぐちゃと……まあそれ以来何度も手合わせして勝ったり負けたりするようになったってわけ」
未だに粘着されちゃっていい迷惑だわ――顔を歪めてそういう彼女とは逆に僕は内心で納得していた。
「ということは昨日のあれも?」
「そうよ、あれはあいつの攻撃を防ぎ損なって吹っ飛ばされたからなの。だから事故、謝るけどそれ以上は何もできないわ」
「……まあこっちも体の痛み以外に何かあったわけじゃありませんし、そう開き直られたら何も言えないんですけど」
「ごめんなさい」
ほんとに謝罪だけはしてくるんだなこの娘。
というかあの時の『私だけが悪いんじゃない』ってのはそういう意味だったのか……まあそう言いたくなる気持ちは分かるけどだからってこうも開けっ広げだとつっこむ気力も湧いてこないわ。
「……元々あの場で謝ってもらっていましたからね。寧ろわざわざ問題を掘り返してしまい申し訳ありませんでした」
「構わないわ」
いや態度、別に全面的に許したわけじゃないから、痛いのは痛かったんだからなぁあ!!
しかしそんな不満をぐっとこらえる、何故なら下手な発言でこの娘の怒りを買おうものなら貴族の息子と互角にやりあう実力者の魔法を身をもって味わうことになる。こんな見え透いた罠にわざわざ嵌まる必要はないのだ。
そうして話が一段落したまさにそのタイミングだった。
「――ごめんなさい、待たせてしまったわね」
扉を開けて入って来たのはガルドロフとの話を終えてきたであろうジェイド先輩だった。
そして彼女の出現に一早く反応した奴がいた。
「お疲れさまですっ!! どうぞこちらにお掛けください!!」
「あら、悪いね」
「恐悦至極」
お前誰だ。
一瞬そんなことを思ってしまうほどの変わり身を披露したのは口数が少なくなっていた友人だった。何て言うか全部気持ち悪い。
どこかの給士でも真似てるんだと思うが全く似合っていない、特に個人的に一番のキメ顔をしているつもりのそれが一番見ていられない。
「粗茶ですが」
「ありがとう」
しかしそれにこれっぽっちも動じない先生がある意味怖い。どんな胆力してるんだこの人、と思ったけど隣のお嬢様も全然気にしてないや。僕がおかしいのかこれ?
そんな自分の常識について考えている間に先生は暫し紅茶嗜んでからようやく口を開いた。
「さて、レイシアさん、ネルス君、ユーリ君。改めて待たせてすみませんでした。思ったよりもガルドロフ君の話を聞き出すのに時間が掛かってしまってね。
まあそれも無事に終わったから今度は君に先程の件を聞きにきたのだけど……どう? 何か心当たりはあるかな?」
優しい眼差しで語り掛けてくる先輩、その視線の先にいるレイシアは毅然とした態度で自分の主張を語り出す。殆どは僕らに話した内容の焼き増しではあったが、先輩が質問を挟めばそれに答えるようにして補足をしていく。
「――ということで、私が認識している範囲では入学時の腕試しのことが原因で喧嘩を売られているというところです。あいつからどこまで聞いたか分かりませんけど、凄く迷惑しています」
時間を掛けながら詳細な内容を語り終え、一息つくレイシア。
先生は沈黙し、深く思考を巡らしているのか眼球だけが細かく動いている。
「ふむ……なるほど、あなたの事情はだいたい把握したわ。あちらから聞いたこととも被る部分もある、疑う余地もないだろうでしょうね。
まああちらは『卑怯者の癖にでしゃばってムカつくから』といった感じでね。説得はしてみただけど引き下がる気が全くてね」
本当に困ったものね――と頬に手を当てて笑う先生だが、それはこっちの台詞だろう。こうまでして解決はしなかったらこの学園の特性上、後はもう拳と拳ならぬ魔法と魔法の真剣勝負にしかならないんだが。そしてこういう時に限って僕は運という奴に恵まれていない。
嫌な予感に促されるまま退室を申し出ようとした僕だったが、しかしその判断は最初の段階からして遅かった。
「あの」
「そこであなたに、いやあなたたちに提案があるのだけど――」
そう、この部屋に入った瞬間から僕に逃げ場などなかったのだ。
席を立ち上がろうとしたところで先手を打たれ、主導権を奪われた僕はこの先の言葉を止めることが出来なかった。
「――ここにいる三人でチームを組んで、今度の試験に出てみない?」
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