熱烈歓迎──2




城の奥の部屋で一人の老婆、ザラド帝国の皇帝エリーヌはホムラが来るのを待っていた。




(ねぇガリア、あの子少し遅くないかしら? もうすぐ日が明けるわよ……立派に成長したしやんちゃな貴女に似た子だから大丈夫だと思うけど)




反乱の時に行方をくらませた愛しい教え子の顔を思い出しながら、すっかり白くなった髪に触れ自分の老いを感じる。



(もしあと十年、ううん、二十年若ければガリアは反乱などせず別の道を……八歳の子供の元から母親を奪う事にはならなかったのかしらね)




愛国者だったガリアを帝国への反乱させてしまった自分の皇帝としての無力さに天を仰ぐ





『お久しぶりですね皇帝陛下! 』




激しい爆発音と共に皇帝の広間の扉が吹っ飛び、慌てて立ち上がると顔には傷とキスマークだらけ、着ていた服はボロボロになったホムラが広間にずんずんと力強く入ってきた。




「あ、貴方……何をしたらそうなるのよ……」


「懐かしい面々と剣を交えていました」


(剣を交えていたら顔中にキスマークだらけにならないわよ、まったくあの娘達は……)




衛兵の数を減らして、久しぶりにホムラに合わせてもそこまで粗相はしないだろうと選んだ三人でこれなら、他の面々ならもっと酷い事になっていたであろうとエリーヌは苦笑いを浮かべた。



「……おいでホムラ、よくその顔を見せてちょうだい」


「──────はい、お婆さま」




ホムラは奪った剣を捨てエリーヌの元まで近づくと膝をついて顔を上げる。




「あぁ────本当に大きくなったわね」




最後に見た時は帝都から逃げる馬車の窓越しに見た幼い姿、それが五年経ち少し大人びた顔つきになり母親の面影を感じてエリーヌの目には涙が浮かんだ。




「貴方の手を握らせて」


「どうぞ」


「────まぁ、私の兵達より逞しいわね」


「ボリロス島に逃げてから今もずっと鍛えていました。ある意味ここより大変でしたよ、最初は馬鹿にされ何度か夜這いもされましたけど全て返り討ちにして今は島の一人として受け入れられるようになりました」


「どこへ行っても変わらないわね」


「退屈はしません、それに求められるのも嬉しいですから」


「そう? 貴方もガリアもお見合いとかは拒否してたじゃない、貴方の元に毎日百通ぐらい届いたって聞いた事もあるわ」


「……一人でも身体を許すと、他の者もその勢いに任せて来そうだなと母が」


「否定できないわね」




他愛の無い会話、エリーヌもホムラも楽しそうに笑いながら五年間の溝を埋めるかのように話をしていた。


僅かな時間であったがエリーヌは皇帝でホムラは帝国の外の人間である事を忘れて過ごせた時間は朝を迎えると同時に終わりを迎えた。







朝、数日前にエリーヌによって召集を受けていた帝国中の貴族達は謁見の間に集まり、エリーヌの前に跪くホムラの姿に驚愕していた。




「────────ホムラ・アーガネットよ」


「はっ」


「其方に特例の爵位男爵と帝国がかつてオリオディアと交易をしていた時に友好の印として貰った剣を与え、今回の事件の調査を命じる────まずはスワロテリ連合国の首都アリアナを目指し、クロノール王と会うのだ」


「──────────Yes, Your majesty」





「其方に託した黒薔薇の指輪に相応しい仕事を期待する」




クリムゾンレッドのコートを見に纏い黒の長ズボン、使用人から受け取った剣を腰に差してホムラは謁見の間を出て行くとしばらくしてエリーヌも退出し、謁見の間に残された貴族達は皇帝の覇気から解放されると騒ぎ始めた。




「アーガネット家の息子は生きていたのか! 」


「なんと美しい、幼い頃の姿は知っていたが、ああも色っぽくなっていたとは」


「欲しいわ、あの少年」




謁見の間にはドス黒く醜い欲望が渦巻き、嫌気がさした何人かは気付かれないようにえっけの間から姿を消した。





「ホムラ様……あぁ、ホムラ様、なんと美しい」


「お嬢重症だな」


「でも、どうせなら私達にも声かけて欲しかったなぁ……」


「アタシらは剣士じゃないし、それに昔ホムラに手を出そうとしていたから向こうが声かけて来るなんて」


「過去の私の馬鹿! 素直になれないからって馬鹿な事ばかりをして!! 」




派手なドレスを着た少女達が謁見の間から離れて庭で集まっていた。前線に立つ貴族剣士では無く、領地主としての跡を継ぐある意味一部のエリートだ。


彼女達はその地位を使ってホムラにあの手この手で嫌がらせをしていたリーダー格の高飛車なキャロ、その手下の野蛮なマリーと大人しいホリィは過去の自分を恨んでいた。




「中々見かけないと思ったらここにいたのか」


「ぴぇっ! 」


「うぇ!? 」


「うそぉ!? 」




三人が振り向いた先にいたのはつい先ほどまで着ていた貴族服では無くラフな格好で悪戯っぽく笑うホムラが立っていた。




「久しぶりだなキャロ、マリー、ホリィ」


「ほ、ほ、ほ、ホムラ様ぁ!? 」


「よせよキャロ、お前の方が爵位が上だろう」


「あ、アタシ達の事、覚えて……!? 」


「そりゃあお前達には散々な事をされたからなぁ」




腕を組みながら目を細めるホムラに三人は怯える。




「いつも乱暴して無理矢理剣士ごっこに巻き込んでくれたよなマリー」


「うっ! 」


「怪我した俺の治療と称していろんな所を触ったりもしたよな、ホリィ」


「ぴっ! 」


「それにキャロは…………お前は多すぎて語れん」


「ひ、ひええええ!! 」




偶々ガリアが大目に見ていた事とキャロ達の家の地位の高さのおかげで今こうしているが下手をすれば投獄、家も爵位を取り上げられて滅亡していたかもしれない、過去の自分のやらかしを後悔している三人を見てホムラは腹を抱えて笑う




「ホムラ様……? 」


「今更どうこうしないよ、昔仕返しもしたんだし今日三人に会いに来たのはここ最近懐かしい連中と会ってお前達にも会いたくなったからな」




要件が済めばさっさと支度してスワロテリに向かう気でいたが、第三航空魔導隊やアリーナ達貴族剣士と会うと貴族としてのホムラよりも帝国に住んでいた頃の一人の少年として知り合いと会いたい気持ちが強くなっていた。




「ほ、ホムラ様ぁ!! 」


「おいおい抱きついて泣くほどか? 」


「びええぇん!! 」


「うぇぇぇん!!」


「まったくお前達は──────伏せろ!! 」




ホムラは三人をしゃがませると赤色の斬撃が通り過ぎて城の壁に直撃して爆発した。




「何ですの!? 」


「身内か他所様か知らないけど襲われたなぁ」


「身内って……帝国の人間が!? 」


「男で貴族だけって気に入らないそうで」




ホムラは立ち上がり剣を抜く、ローブで顔を隠した者が現れて腕に魔力を纏うと剣の形になり一気に距離を詰めてホムラに振り下ろした。



『────チッ』




「────────流石陛下、こうなる事を読んでいましたか」




普通の剣ならば魔力を防ぐ事は出来ない、しかし対魔力が施された魔法剣であれば防ぐ事が出来る。

魔法剣である事は知らなかったが防がねば致命傷となる魔力攻撃、ホムラは迷い無く鞘から抜き放ち刺客の一撃を防いだ。




「我が名はホムラ・アーガネット、顔を見せるなり名を名乗るぐらいしたらどうかな」


『これから死ぬ者に名を名乗るなど無意味』


「礼儀のなっていない奴め、ならば私の剣技をもって貴様を教育しよう……!! 」




ホムラの明確な殺意に刺客は思わず距離を取り、三人を庇うようにホムラは立つ




「逃げれるか? 」


「逃げる必要はありませんわ」


「何? 」




キャロは杖を取り出して地面に叩きつけると地面が激しく揺れる。




「マリーさん! ホリィさん! 」


「紅蓮の鎖! 」


「決して逃しません、黒の猟犬!! 」


『──────うっとおしい!! 』




刺客は鎖を剣で薙ぎ払い、噛みつこうとした黒色の猟犬を蹴り飛ばす。しかし地面から巨大なゴーレムの腕には対応出来ずに刺客を捕まった。




『何!? 』


「ホムラ様!! 」


「その面拝ませてもらう!! 」


ゴーレムに飛び乗り剣を振り下ろそうとした瞬間眩い光りに包まれ、その光りが晴れると刺客の姿は消えていた。




「逃げたのか……」


「構いませんわ、逃がすつもりでしたから」


「何だと?」


「あぁ姫! 説明が足りて無い! 」


「あらやだ! 」




キャロは咳払いするとゴーレムとマリーの鎖、ホリィの猟犬は結界に包まれた。




「陛下からゴーレム襲撃の一報を聞いた時に相手はそれなりの戦力を所持し、入り乱れた勢力だと判断して様々な方法で探る手段を用意いたしました! 」


「避ければいいのに奴は馬鹿正直にアタシの鎖を剣で弾いたからな! 痕跡から剣の特定を進めることができるぜホムラ様! 」


「わたしの猟犬ちゃんは蹴られた時につけた猟犬ちゃんの臭いを元に追跡できます! 」


「そしてわたくしのゴーレムはあの刺客に触れています……本来であれば身柄を拘束するのがベストですが、まぁ欲張らずに一手一手確実に打ちましょう」





ホムラは自慢げに胸を張る三人を見ると安心して肩の力が抜け、笑いながら剣を鞘に収めた。




「ど、どうされましたか? 」


「いや、思ってた以上に三人が凄くてな……一人で殺気だってたのが馬鹿みたいでな」


「だって、なぁ? 」


「はい」


「わたくし達はホムラ様が帝国から追放されたあの日からずっと魔法の腕を磨き、政治を学び、ホムラ様が安心して帝国で過ごせるようにと決めたのですわ」


「勿論アタシ達と同年代のヤツらもな」


「少しずつですが私達の勢力が増えてきているのでそう遠く無い未来、ホムラ様の大切な人達を盛大に迎えれるようにしますね! 」




三人の真っ直ぐな視線にホムラは照れてそっぽを向いた。




「……馬鹿共め」

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