鮮血紅界のドラキュリア
薪原カナユキ
Twilight freaks - 1
晴れ晴れとした大空に鳥が羽ばたく。
風で
古き日本を感じさせる学校は、お昼休みなのか生徒たちで賑わっていた。
日差しを受け入れる窓は広々と開放され、窓縁へと鳥は足をかけて
男女共に裏地が赤の黒い制服を着こなし、男子は襟足をきっちりと立て、女子はタイの代わりとして紅白の
そんな"和"のデザインは心なしか生徒全体も、
その中でも極めて目を引くのは、一人の女生徒。
長い白髪を
窓際とは真反対の日差しのかからない位置に席を置く彼女は、ぼんやりと頬杖をついて窓の先を眺めていた。
「……太陽滅ばないかのぉ」
「また
少女を
その声に視線を移す彼女は、儚さのある表情から一変して柔らかな笑みになる。
垢抜けない印象の中に、異性を堕とす
「そうじゃの。丁度同じことを
「本当に? 私はそうは思えないけど」
黒縁の眼鏡をかける彼は
「勿論。なのでシノブ様。早くご飯を用意していただきたいのじゃ」
「はいはい」
少し余った袖で口元を隠し、控えめながらも
異性ならば例外を除いた誰もが、胸の動悸を訴えるであろう頬を赤く染めた笑顔に、シノブは苦笑しながらも手に持っていた包みを机の上で広げ始めた。
まず
シノブの取り分も多少の偏りはあるが、それでも野菜が欠片も存在しない訳ではない。
「では、いただきますのじゃ。シノブ様」
「いただきます」
持ち込んだ弁当を広げおわり、両手を合わせて食べ始める
二人仲良く談笑しながらの食事を楽しむかと思いきや、二人の耳は後方で姦しく噂話をしている女生徒たちへ向けられていた。
「――ねぇ、聞いた?
「あのってどれ。三年の先輩に彼氏がいたって話のこと?」
「違う違う。ほらあの話。この学校に吸血鬼が出るって話」
「ええー……。まさか、そんな話を信じるの? ガセよガセ」
喧騒の最中にひっそりと混ざりこむ、平穏な学校に似つかわしくない不穏な単語。
人の生き血を啜る鬼――吸血鬼。
本来ならば下らない妄言の類だと一蹴するところを、
食事は続ける、目線もそちらに向かなければ、耳を傾けているだけ。
「でも実際に被害に遭った子がいるんだって。本当よ」
「夕日が出てる放課後の廊下で、気絶していた子の首筋に、噛み跡があったって奴よね。話盛りすぎて現実味ないわ」
「なんだ、知ってるんじゃん」
それでも二人の口角は上がり、声には出ないが気配が漏れ出る。
……見つけたと。
* * *
夕焼けに染まる空。
茜色が廊下を一色に塗り上げ、昼の喧騒が嘘のように静まり返った放課後。
一人の少女が壁に寄りかかり、スマートフォンを操作しながら淡い期待を胸に抱いていた。
「みんな情けないなー。嘘だと思うならいれば良かったのに」
その少女は昼間の教室で、吸血鬼の噂話を持ち込んでいた女生徒。
ちょっとばかりの退屈と友人たちへの不満。
そして事実であって欲しい希望と、嘘であって欲しい恐怖心が、少女の胸の内で渦巻いている。
「一時間だけ居ようって言っただけなのに。みんなすぐに帰っちゃって。どっちが噂を信じてるんだか」
彼女のスマートフォンに写るのは、帰った友人たちとのチャット画面。
所詮噂話と蹴りはしたが、少女の心配も含め気になっているのか、グループチャットは中々に活発だ。
大丈夫なのか。
早く帰った方が良い。
何かあってからじゃ、遅いんだって。
状況報告をする彼女のコメントに、盛り上がりながらも心配のコメントを流す友人たち。
送られてくる反応に苛立ちを溜め込む少女だが、黙り込むだけで真逆の明るいコメントをチャットへと送っていく。
「……もう一時間か。なぁーんだ。やっぱり吸血鬼なんて嘘だったんだ」
自分で言いだした約束の時間になり、期待外れと嘆息する少女は顔を上げる。
「――……ダレソカレ」
「……えっ?」
カシャンと、スマートフォンが少女の手から床へと滑り落ちる。
少女の耳を打ったのは、聞き慣れない男性の声。
若く落ち着いた声とも、老成した声とも判断できる声は、再び彼女の耳に伝わる。
「
「だれそ……。えっ、なに!? 意味わかんない!」
耳を塞ぎ膝を震わせてしゃがみ込む少女だが、それでも声は途切れない。
ギュッと目を閉じ、込み上げてくる恐怖心をどうにかするために、必死で声を振り払おうとする。
怖い、怖い、怖い。
まさか本当に、本当に、吸血鬼がいたんだ。
そんな訳ないきっと誰かの悪戯で、目を開ければきっとそこには――
「お前は、いったい誰だ?」
「――いっ、いやあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
廊下に響き渡る少女の金切り声。
恐怖に急かされ開かれた瞳で彼女が見たものは、結膜が黒く、青褪めた
黒ずんだ深紅の瞳は少女の歪んだ顔色を映し、鋭利な牙が覗く口からは少女に馴染みのある言葉が発せられる。
「なぁ、答えてくれよ。お前はいったい誰なんだよ。お前がお前で無いのなら、お前は俺って事だよな」
「いやっ! こないでっ! あっちに行って!」
「お前が俺なら、何で俺が俺の目の前にいるんだよ。俺はちゃんと此処に居るぞ。俺は俺だ」
本能的に腕を振るう少女だが、相手には傷を負わせるどころか、あっさりとその腕を掴み取られてしまう。
万力の如く強靭な力で掴まれた腕を、少女は引き剝がそうとするもピクリとも動かない。
「俺ならさっさと、俺と一緒に居なきゃ駄目だろ」
「やめっ! いやぁぁぁっ! いっ、いやあああああぁぁぁぁぁっ!」
少女らしい非力な抵抗は、その一切が
腕と肩を掴まれ、壁へと追い込まれた少女は身を捩り抜け出そうとするも、許されることは無い。
人外は少女の悲鳴を鼻にもかけず、大口を広げて少女の細い首筋へと牙を近づける。
「ああ、
「――残念だがのぉ、吸血鬼さん。
夕暮れ時は加速され、世界は真紅に染まる
沈みかけていた太陽は夜を照らす
「
気を失う少女でも、彼女を襲う人外でも無い。
コツコツと靴を鳴らして向かって来る声は、また別の少女のもの。
「月に代わる
指を口元に当てて軽く微笑む少女――
例えるならば、知識欲を掻き立てられた研究者。
動向の一挙手一投足を観察し、相手はどうでるのか、自分はどう動くか。
試すような
「
「お前は、俺じゃないのか?」
「
虚ろな視線も、強靭な腕も、そして隠されない牙も。
人外を構成する全てが、
「違う、違う……。そう、そうだ! やっと会えた。他の誰でもない。俺じゃない誰かに!」
床を蹴り、人外は
真紅の瞳は漆黒に飲まれ、青白い四肢も闇へ溶け込み、黒に染まらぬ例外は顔の輪郭のみ。
誰かのようで誰でもない。
そんな
「――
空間が揺らぎ、駆ける人外を追う影が分裂する。
廊下一帯に広がる影たちは、赤い瞳と口を歪ませて
何十にも及ぶ影から伸びるのは、物理法則を否定する影の槍。
脈打ち今にも撃ち出されそうな槍と、迫り来る人外を前に、
「――ごきげんよう、
笑う影も、
そのどれもが茶番であると。
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