Bitter Fool

杉野みくや

叶わなかった思い

 春休みも終盤にさしかかかり、桜は満開の表情を見せている。公園の桜並木は見ものだが、いかんせん昼間は暑すぎる。ここ最近、急激に気温が上がったせいでお花見をする気も失せてしまう。

 つい先日、そんなことを思っていた僕は今……桜並木が綺麗なとある公園にいる。矛盾しているじゃないかと思われるかもしれないが、これには訳がある。


 まず先週、僕のもとに一通のLINEが届いた。中身を確認すると、

『来週の木曜日ひま?』

とだけ書かれていた。相手は幼稚園以来の幼馴染みである美雪みゆきだった。

『まあ、ひまかな』

 僕はひとまずそう答える。そして同時に、次に送られてくるチャットについては大方見当がついていた。

『××公園の桜見に行かない?』

 思った通りだ。毎年この時期になると、美雪からこうしたお誘いを受けるのだ。一応変な誤解をされないために言っておくと、美雪からこういった類いのLINEが来るのは珍しいことではない。、幼馴染みのよしみで一緒にどこかに出かけるというのはよくあることなのだ。

『いいね、行こう!』

 二つ返事でお誘いを承諾した後も何度かやりとりを交わした。その結果、日もかなり落ちる午後六時に××公園に集まることになった。なぜその時間かというと、この時期は桜のライトアップが行われるからである。数年前にとあるテレビ番組でも取り上げられるほど綺麗な光景を拝みに行こうというわけだ。それに日が落ちれば暑さも和らぎ、*春らしい*快適な気温になる。桜を楽しむにもぴったりだ。


 そういうわけで僕は今、美雪とともに桜並木のトンネルの中を歩いている。照明によって綺麗に照らされた桜を見ながら、たわいもない話をしているとふと、昔にも何度か同じようなことをしたのを思い出す。記憶に残っている出来事を言葉に変換すると、美雪も懐かしそうな表情を見せる。

 ある時は、お互いの親に連れられて一緒にはしゃぎ回った。

 またある時は、他の友人と一緒に食べ物を寄せ合ってお花見をした。

 他にも、美雪と一緒にたくさんのことをしてきた。

 けれど今回は、そのどれとも明らかに違う。僕は先ほどから、心臓が強く脈打つのを感じていた。美雪が話の途中でニコッと微笑んだときには、ひときわ強い衝撃が僕の胸を襲った。全身の血がいつも以上に素早く流れていくのを感じる。ただ、美雪には変な風に悟られたくないから、あくまでもいつもの自分を装う。これがどれだけ大変なことか。

 ……そう、僕の心にあるこの感情の名については言うまでもない。僕は美雪のことを……。

「あ、着いたね!」

 美雪のその一声で慌てて前を向くと、大きなしだれ桜が優雅に咲き誇っていた。ライトアップの力も相まって、さらに風情を感じる。その魅力的な姿に僕たちは言葉が出なかった。こんなに綺麗だったっけ?

「それにしても、特に綺麗だな、この桜」

 ついに口を開いたのは僕の方だった。美雪もそれに反応して軽くうなずく。そして再び無言の時間が舞い降りる。美雪の方を見ると、妙にそわそわしている気がする。その理由が分かったのは数分後のことだった。

「ねえ、幸樹」

 しだれ桜の方を見ながら、今度は美雪が口を開いた。幸樹というのは僕の名前だ。

「たまに思うんだ。大人になっても幸樹と一緒にいれたら、どれだけ楽しいんだろうなって」

 僕は初めて、心臓が強く締め付けられるという感覚を味わった。まさか、美雪も……?

「……」

「……」

 お互いに言葉を発することなく時間が過ぎてゆく。目のやり場に困り、とりあえずしだれ桜を眺めてはいるが、内心パニック状態だ。平静を装うので精一杯。もし本当に美雪も同じことを思っていたのなら……。しかし、次の美雪の言葉でそんな淡い期待は瞬く間に崩れた。

「……な、なんてね。ちょっと空気が、その、若干重くなっちゃったから、少しからかって肩の力ほぐそうかなって。ほら、今日、エイプリルフールじゃない?」

 そう、今日は四月一日。嘘をついても許される日。いたずら好きな美雪のことだから、この日を利用して何かしてくるとは思ったが……。神様はなんて残酷なことをしてくれるんだろうか。とにかく、落胆の表情が表に出てしまってはまずいので、そうなる前に言葉を返す。

「なーーもうなんだよ美雪!それらしい雰囲気出しやがってー!そんなことするから悪魔だなんて言われるんだぞ」

「悪かった!悪かったってーー!」

 僕のあきれた(ような)口ぶりにとっさに手を合わせて謝る美雪。そして僕たちは(美雪的には「仲直りの印」らしい)、風になびくしだれ桜の前で写真を一枚撮った。

 まだ心臓が強く鼓動するのを感じる。大量の冷や汗が背筋を伝っているのを感じる。帰り道もまた、たわいもない話をしながらゆっくりと歩みを進める。桜並木は相変わらず見事なトンネルを作り上げている。風になびいて、何枚もの桜の花びらがひらひらと落ちてゆく。この光景を見ながら僕はそっと桜に願いを込める。


 うそでもいいから、いつかこの思いが叶いますように。

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