第2話『デートレイン』
8月14日、土曜日。
今日は氷織と一緒にコアマデートをする。
今日は俺が住む
午前6時半。
俺は今、NR萩窪駅の東京中央線快速電車の東京方面に向かう電車がやってくるホームに立っている。
ここから東京方面へ向かう電車に乗り、隣の
『萩窪駅午前6時32分発。進行方向に向かって先頭車両の最後尾の扉に乗るよ』
と、LIMEで氷織にメッセージを送った。
氷織もスマホを見ているようで、俺が送信したメッセージはすぐに『既読』のマークが付き、了解の旨の返信が送られてきた。これで、無事に氷織と会えるだろう。
「土曜日の朝だからか、人が少ないな……」
上り方面のホームに立っているのは俺を含めて片手で数えられる程度だ。下り方面の方を見ても、こちらと同じくらいの人の少なさで。これまでも、コアマの会場には朝早く行くことが多いので、この空いているホームを見るとコアマに行くのだと実感する。
それから程なくして、東京方面に向かう東京中央線快速電車が到着する。
電車の中に入ると……朝だし、先頭車両だからかなり空いている。シートに座っている人も数人程度なので空席だらけだ。俺は入った扉から一番近い席に腰を下ろした。
俺の乗る電車は定刻通りに萩窪駅を出発した。
扉の上にある液晶ディスプレイには、この先停車する駅と所要時間が表示されている。次に停車する笠ヶ谷駅までは2分か。涼しいし、座っているからあっという間だろう。
萩窪から笠ヶ谷にかけての街並みが朝陽に照らされている。高校には自転車通学しているので見慣れた建物が多いけど、電車から見ることはあまりないので新鮮に感じられた。
『まもなく、笠ヶ谷。笠ヶ谷。お出口は右側です』
車窓からの景色を楽しんでいたら、もうすぐ笠ヶ谷駅に到着するアナウンスがなされた。ほんと、2分はあっという間だな。
俺の乗る電車は笠ヶ谷駅に入り、ゆっくりと減速していく。笠ヶ谷駅もホームには全然人がいなかった。
事前に伝えていたのもあり、停車すると……先頭車両の最後尾の扉の前には氷織の姿が見えた。向こうも俺に気付いたようで、こちらに向かってニコッと手を振ってきた。それが滅茶苦茶可愛いと思いつつ、俺も小さく手を振った。
電車の扉が開くと、氷織は嬉しそうな様子で車内に入ってくる。ジーンズパンツにノースリーブのブラウス、髪型がポニーテールなのもあってとても爽やかな雰囲気だ。持っている水色のトートバッグもいいな。
「おはようございます、明斗さん!」
「おはよう、氷織。今日はとっても爽やかな服装だね。髪型もポニーテールだし。似合っているよ」
「ありがとうございます! 今日はコアマで、屋外で長時間並ぶでしょうから、暑さ対策としてできるだけ身軽な感じにしました。少しでも涼しくなるように、髪もポニーテールにしたんです」
「そうなんだ。さすがは何度も参加しているだけのことはあるな」
「ふふっ。沙綾さんが教えてくれたおかげでもあります。明斗さんもスラックスとVネックシャツ姿が素敵です」
「ありがとう」
俺も暑さ対策を考えてシンプルな服装にした。それでも、恋人の氷織から似合っていると言われると嬉しいものだ。
氷織は俺の左隣の席に座る。その際に腕や脚などが触れて。車内が涼しいから、氷織から感じる温もりが心地いい。
氷織が座ってから程なくして、俺達の乗る電車は笠ヶ谷駅を出発する。
俺達はこの列車で、乗り換えのために
「こんなに朝早くから明斗さんと会って、一緒に過ごせるのが嬉しいです」
「俺もだよ。早く会えた分、氷織とたくさん過ごせるし」
「そうですねっ」
「……そういえば、お泊まり以外だと、この時間に氷織に会うのは初めてだよな」
「そうですね。ですから、新鮮な時間を過ごしている気がします」
「そうだな」
コアマに行くのも初めてだし、今日のデートは今までとは少し違った雰囲気のものになりそうだ。
「欲しいものを買う確率を上げるためにも、俺はコアマに行くときには今ぐらいの時間に行くことが多いんだ。氷織はどうだ?」
「これまで、私もこのくらいの時間に沙綾さんと一緒に行きました。早めに行って、目当てのものを買えるようにと。今回のように、電車の中で落ち合いましたね」
「そうなんだ」
「きっと、沙綾さんも今ごろは恭子さんと一緒に電車に乗っているんじゃないでしょうか」
「そっか」
さすがは葉月さん。目当てのものを購入できる確率を少しでも上がるように、早めの行動をしているか。
また、氷織が「恭子さん」と言ったのは、今日、葉月さんは火村さんと一緒にコアマに参加するからだ。
一昨日、葉月さんは火村さんから「土曜日遊ばない?」と誘われたそうだ。そのときにコアマに参加し、代理購入の件でデート中の俺達に会うことを伝えると、火村さんもコアマに参加したいと言ってきたらしい。火村さんはコアマ初参加とのことで、葉月さんと一緒に会場を廻る予定とのこと。火村さんもコアマを楽しんでもらえたら嬉しい。
また、葉月さんと火村さんが和男と清水さんをコアマに誘ったそうだけど、2人はデートの予定があるため参加しないとのこと。
氷織と話していたので、琴宿駅に到着するまであっという間だった。
俺達は琴宿駅を降りて、
琴宿駅は世界最多の利用客数を誇る大ターミナル駅。ただ、土曜日の午前7時前なので、人の数はそこまで多くない。
東玉線のホームに到着すると、ホームに立つ人がちらほらと。その中にはアニメキャラのTシャツを着る男性や、ゲームキャラの缶バッジを付けまくったトートバッグを持った女性など、いかにもアニメや漫画などの二次元コンテンツが好きそうな人が何人もいる。おそらく、彼らのような人達のほとんどの目的地はコアマだろう。
「コアマに参加する人達でしょうかね。コアマでもあのような服を着たり、バッグを持ったりする人がいますから」
「きっとそうだろうな。俺も同じことを思ったよ」
きっと、俺達のように、目的のものを買う可能性を少しでも高くするために、早めに会場に向かうのだろう。
俺達はホームに到着してから5分ほどで、なぎさ線直通の東玉線の列車がやってきた。
乗車すると……シートは全て埋まっていた。最後尾の車両に乗ったんだけどな。車内にもアニメグッズを持ったり、服を着ていたりしている人が何人もいるので、おそらくコアマの影響なのだろう。
俺達はこの駅で開いた扉の反対側の扉の近くに立つ。氷織が窓を背にして、俺が氷織を向かい合う形だ。
「今回は座れなかったな」
「ええ。この路線は埼玉方面から来ていますし、なぎさ線に直通していますからね。見た感じ、コアマが目的な人が結構いそうですから」
「そうだな。まあ、氷織と一緒なら立っていてもあっという間だろう」
「ふふっ、そうですね」
氷織と話して、この電車の時間も楽しみたい。
それからすぐに、俺達の乗る電車は定刻で発車していく。
さっきまで乗っていた東京中央線と同じく、この電車にも扉の上には停車駅や所要時間が表示されている液晶ディスプレイがある。それを見てみると、最寄り駅の国際展示ホールまでは27分か。
「明斗さん。この路線に一緒に乗るのは初めてですよね」
「ああ、初めてだな。琴宿までは映画デートで来たことがあるけど」
「ですよね。あと、個人的にはこの路線に乗るのはコアマのときくらいなので、この電車に乗るとコアマに行くんだなって実感します」
「そうなんだ。俺も……考えてみれば、東玉線はコアマのときくらいかも。俺も実感が湧いてきたぞ」
「ふふっ、そうですか」
氷織は楽しそうにそう言った。
それからは同人イベントのことなどについて話したり、氷織と一緒に初めて乗る路線で都心を通るため車窓からの景色を楽しんだりと、この電車での時間を楽しんでいく。楽しいから、立っていても疲れは特に感じない。
『次は
そんなアナウンスがされ、電車はゆっくりと減速していく。
「確か、次の小崎駅からなぎさ線になったと思います。この駅で人がたくさん乗ってきた記憶があります。他の路線も通っていますし」
「そういえば、どっかの駅で人がたくさん乗ってきたな」
それが小崎駅だったか。国際展示ホール駅まで結構混んでいた記憶がある。今回もそうなるかもしれないな。覚悟しておこう。
小崎駅に到着し、俺達のいる方とは反対側の扉が開くと……ホームからたくさんの人が乗車してきた。結構な人数が乗ってくるので、俺は背中を押されるような形となり、扉を背にして立っている氷織と密着する体勢に。
「ひ、氷織。大丈夫か?」
「は、はいっ。大丈夫です。扉に寄り掛かっているので楽ですし」
「良かった」
「それに……明斗さんとくっついていますから。個人的には結構いい感じです」
えへへっ、と氷織は小さく声に出して笑った。俺と体が密着しているのもあってか、氷織の笑顔はほんのりと赤らんでいて。それもあって結構可愛らしくて。
氷織と密着しているから、服越しでも氷織の体の温もりや柔らかさがはっきりと伝わってきて。特に胸。また、顔が近いから、氷織の吐息が俺の胸元にかかって。それらが心地良く、ドキッともする。
「明斗さんは大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ。氷織のおかげで特に苦しさも感じない。むしろいいくらいだ」
「そうですか。良かったです」
氷織はほっと胸を撫で下ろした。
それから程なくして、電車が発車する。
きっと、小崎駅から乗ってきた人の大半はコアマに行くのだろう。
これまでも、コアマの会場に行くときはこのくらい混んでいたな。ただ、目の前にいる氷織とくっついているおかげで、これまでと違ってキツく感じない。恋人の存在の凄さを改めて実感する。
小崎駅の次の
「この駅でも乗ってきたか」
「ですね。きっと、ここで乗った人達の多くもコアマ目当てでしょうね」
「だろうな」
「私は窓に寄り掛かっているので大丈夫ですが、明斗さんは大丈夫ですか?」
「ああ、何とか。右腕を扉に付けているから、倒れることもないと思う」
「良かったです。……あと、こんなに密着していますし、右腕が扉に付いていますから、明斗さんに壁ドンされている感じがします。ちょっとキュンとしました」
「ははっ、そっか」
言われてみれば、確かに壁ドンのような体勢に近いな。夏休み前に氷織の家で放課後デートをしたときに、壁ドンをしたことを思い出す。壁ドンした後に、氷織が俺のことを抱き寄せてキスしてきたっけ。氷織と密着しているのもあって、思い出したらドキドキしてきた。
「明斗さんから伝わる熱が強くなった気がします」
「壁ドンしたときのことを思い出してさ」
「そうですか」
ふふっ、と氷織は可愛らしく笑う。そんな中で氷織から伝わる熱が強くなっていく。
「氷織こそ、体が熱くなってきているぞ」
「……私もあのときのことを思い出したので」
「そっか」
そう言うと、氷織の頬がほんのりと赤くなった。その反応がとても可愛くてドキッとした。
それからは国際展示ホール駅に到着するまでは満員電車状態が続く。氷織と密着しているおかげでこの状況は嫌だとは思わない。
氷織も俺と同じような気持ちだろうか。氷織は笑顔でいることが多かった。
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