第8話『従妹がやってきた』
8月7日、土曜日。
今日も朝からよく晴れている。晴天はずっと続く予報で、最高気温は34度まで上がるという。
愛莉ちゃんは午前9時頃に母親の桃瀬友美さんと一緒に来る予定だ。乗る電車の遅延や運転見合わせもないため、予定通りに来られるという。
また、愛莉ちゃんは俺達と会ったり、一緒に遊んだりすることを楽しみにしているらしい。
「もうすぐか」
「そうですね、明斗さん」
「愛莉ちゃんと友美さんと久しぶりに会えるのが楽しみです!」
午前8時50分過ぎ。
俺は氷織と七海ちゃんと一緒に、氷織の部屋でゆっくりしている。
俺はスラックスに半袖のVネックシャツ、氷織は膝丈のスカートにノースリーブの縦ニットと私服姿だけど、七海ちゃんは中学の制服姿だ。午前中からバドミントン部の活動があり、愛莉ちゃんと母親の友美さんと会ったらすぐに行くためである。
「ゴールデンウィーク以来ですから、私も2人と会うのが楽しみです」
「そうか。俺は初対面だからちょっと緊張しているよ」
「そうですか。愛莉ちゃんは人懐っこい子ですし、友美さんも明るくて気さくな方ですから緊張しなくても大丈夫ですよ」
「お姉ちゃんの言う通りですよ。それに、愛莉ちゃんは紙透さんに会いたいと言うほどですし」
氷織と七海ちゃんが優しい笑顔で俺にそう言ってくれる。2人のおかげで、緊張が少しずつ解けてきた。
愛莉ちゃんに気に入られるに越したことはないけど、嫌われてしまわないように気をつけないと。
――ピンポーン。
おっ、インターホンが鳴ったな。時刻からして、愛莉ちゃんと母親の友美さんだろうか。
「愛莉ちゃんと友美さんかな?」
「きっとそうですよ」
七海ちゃんと氷織と同じことを思ったか。あと、楽しげに話す笑顔は姉妹だけあってよく似ていて可愛いな。
「氷織ー、七海ー、紙透くーん! 愛莉ちゃんと友美が来たわよー! リビングに来てー!」
部屋の外から陽子さんの呼び声が聞こえた。やっぱり、インターホンを鳴らしたのは愛莉ちゃんと友美さんだったんだな。
俺達3人は『はーい』と声を揃えて返事して、氷織の部屋を出る。
1階に降りてリビングに行くと、そこには陽子さんと亮さん。そして、キュロットスカートに半袖のTシャツ姿の愛莉ちゃん。愛莉ちゃんの側にはロングスカートに半袖の襟付きブラウスという装いの、ワンサイドアップの銀髪の女性が立っている。おそらく、この女性が愛莉ちゃんの母親の友美さんなのだろう。
また、愛莉ちゃんはピンク色のリュックサックを背負い、友美さんと思われる女性は黒色のトートバッグを持っている。
俺達がリビングに入ってきたことに気付いたのか、4人はこちらに振り向く。
「あっ、ひおりちゃんにななみちゃん!」
こちらに向いた瞬間、愛莉ちゃんはぱあっと明るい笑みを浮かべ、氷織と七海ちゃんの目の前に行く。
「ふたりともおはよう! ひさしぶりだね!」
「おはようございます、愛莉ちゃん。お久しぶりですね」
「久しぶりだね、愛莉ちゃん! ゴールデンウィーク以来にあったけど、また大きくなったね!」
「大きくなりましたよねっ」
氷織と七海ちゃんはそう言うと、優しい笑顔で愛莉ちゃんの頭を撫でる。親戚同士の挨拶って感じがするなぁ。俺も小さい頃は両親の実家に帰省したり、親戚に会ったりしたときには毎度のこと、「大きくなったね」って姉貴と一緒に言われたっけ。
頭を撫でられるのが嬉しいのか。それとも気持ちいいのか。愛莉ちゃんは「えへへっ」と声に出して笑っている。写真で見ても可愛かったけど、実際に見るとより可愛いなぁ。笑い声も可愛い。見ていると癒やされるなぁ。さすがは氷織と七海ちゃんの従妹で陽子さんの姪。
「友美さんもお久しぶりです」
「お久しぶりです、友美さん!」
「久しぶりだね、氷織ちゃん、七海ちゃん。3ヶ月ぶりだけど、氷織ちゃんは大人っぽくなって、成長期の七海ちゃんは少し大きくなった気がするよ」
ワンサイドアップの銀髪の女性が快活な笑顔でそう言ってくる。やはり、この方が愛莉ちゃんの母親の友美さんだったか。あと、姉妹だけあって、笑顔は姉の陽子さんと重なる。
「ねえねえ、ひおりちゃん、ななみちゃん。ちゃぱつのおとこのこ、ひおりちゃんのかれしさんだよね?」
「そうですよ、愛莉ちゃん。私の彼氏で、お名前は紙透明斗さんっていうんですよ」
愛莉ちゃんが俺に気付いたので、愛莉ちゃんの方を向く。愛莉ちゃんはキラキラとした目で俺を見つめており、俺と目が合うと頬がほんのりと赤くなる。
「おかあさんがみせてくれたしゃしんよりかっこいい!」
「かっこいいでしょう?」
「紙透さんかっこいいよね~」
「うんっ!」
愛莉ちゃんは俺を見つめながら頷いてくれる。
6歳の女の子だけど、氷織の従妹だからだろうか。初対面の女の子にかっこいいって言われて凄く嬉しいな。
「愛莉の言う通り、写真以上にかっこいいお兄さんね。それに優しくて真面目そうだし。氷織ちゃん、いい男の子と付き合うことになったね」
気付けば、友美さんが俺の近くまで来ており、ニッコリとした笑顔で俺のことを見ている。こうして近くで見ると、6歳の子供がいるとは思えない若々しさがあるな。
氷織に話しかけたので、氷織の方をチラッと見ると……氷織はとても嬉しそうな笑顔になっている。彼氏である俺のことを褒められたからだろうか。
「初めまして。氷織の叔母の桃瀬友美といいます」
「初めまして。紙透明斗といいます。氷織とは同じ高校のクラスメイトで、今年の春からお付き合いしています。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね、紙透君。そして、氷織ちゃんのことを幸せにしていってね」
「もちろんです」
友美さんの目を見て、しっかりとした口調でそう言う。それが良かったのか、友美さんは口角を上げて「うんっ」と頷いた。
「ありがとう。……愛莉。氷織ちゃんの彼氏さんにご挨拶しようか」
「うんっ!」
元気良く挨拶すると、愛莉ちゃんは友美さんの側までやってくる。
俺は中腰の体勢になって、愛莉ちゃんと目線の高さを合わせる。
「はじめまして! ももせあいりです! 6さいです! ほいくえんにいってます! よろしくおねがいしますっ!」
愛莉ちゃんは笑顔で俺のことを見つめ、元気良く挨拶してくれる。ペコリとお辞儀もしてくれる。とてもいい子だなぁ。素晴らしい。
「初めまして。紙透明斗です。17歳です。氷織と同じ学校に通っていて、氷織とお付き合いしています。よろしくお願いします」
愛莉ちゃんに倣って、愛莉ちゃんの目を見ながら元気良く挨拶した。お辞儀も忘れずに。これで少しは愛莉ちゃんとの距離を縮めることができたかな。
頭を上げると、愛莉ちゃんはニッコリと笑って右手を差し出してくる。
「よろしくね! あきとくん!」
「うん。よろしくね、愛莉ちゃん」
俺は右手で愛莉ちゃんと握手する。
愛莉ちゃんの手……とても小さいな。6歳の女の子の手ってこんなにも小さいんだ。ただ、確かな温もりを感じる。あと、愛莉ちゃんと握手して、今日はしっかりと面倒を見ないといけないなと改めて思った。
「愛莉。紙透君にちゃんとご挨拶できたね。偉いよ」
「うんっ! あきとくんにあえてうれしい! きょうはあきとくんもいっしょにいられるんだよね!」
「うん。愛莉ちゃんと一緒にいるよ」
「やった!」
ニッコリと笑いながらそう言ってくれる愛莉ちゃん。どうやら、俺のことを気に入ってくれたようで良かった。
「さっそく愛莉ちゃんに気に入られましたね、明斗さん」
「良かったですね、紙透さん!」
「ああ、良かったよ」
凄く嬉しいよ。愛莉ちゃんに嫌われないように気をつけよう。
「愛莉をよろしくお願いします、紙透君。氷織ちゃんも」
「分かりました」
「明斗さんと一緒に面倒を見ますね」
「私も亮君も家にいるから安心してね、友美」
「そうだな、陽子」
「ええ。姉さんもお義兄さんも愛莉をよろしくお願いします」
友美さんは陽子さんと亮さんに向かって深めに頭を下げた。若々しい容姿の持ち主だけど、こういう姿は母親らしいなぁと思う。
「じゃあ、私はそろそろ取引先の会社に行きます」
「友美さん、途中まで一緒に行きませんか? あたし、これから部活があって」
「うん。一緒に行こうか、七海ちゃん」
その後、七海ちゃんは自分の部屋まで荷物を取りに行き、バドミントンのラケットが入ったケースとエナメルバッグと持って降りてきた。夏休みなどの休日に部活で学校に行くときは、荷物を減らすためにスクールバッグは持っていかないという。
俺達5人は、部活に行く七海ちゃんと仕事に行く友美さんを玄関で見送ることに。
「それじゃ、お母さんは仕事に行ってくるね。午後3時から4時くらいに戻ってくるよ。愛莉、みんなの言うことを聞いていい子にするんだよ」
「うんっ! いいこにする! おかあさん、おしごとがんばってね!」
「あたしは部活に行ってくるね。もしかしたら、友美さんと同じくらいの時間に帰ってくるかもしれない。愛莉ちゃん、うちで楽しい時間を過ごしていってね」
「うんっ! ななみちゃん、バドミントンがんばってね!」
そう言って、愛莉ちゃんは笑顔で両手を握ってブンブンと振っている。ラケットでシャトルを打つ真似をしているのかな。可愛いな。あと、七海ちゃんが女子バドミントン部に入っていることは知っているんだ。
「じゃあ、いってきます。愛莉のことよろしくお願いします」
「いってきまーす」
『いってらっしゃーい』
俺、氷織、愛莉ちゃん、陽子さん、亮さんがそう言いみんなで手を振ると、七海ちゃんと友美さんは笑顔で手を振って家を出発した。
「基本的に、愛莉ちゃんは私の部屋で明斗さんと3人で過ごそうと思っています」
「分かったわ。何かあったらすぐに言うのよ」
「母さんと父さんは1階にいるからな。紙透君も愛莉ちゃんをよろしく頼んだよ」
「分かりました」
友美さんが帰ってくるまでの間、氷織と一緒に愛莉ちゃんの面倒をしっかりと見よう。
「愛莉ちゃん。今日は暑いですし、冷たい飲み物を出しますよ。オレンジジュースにりんごジュース、麦茶があります。どれがいいですか?」
「う~ん……りんごジュース!」
愛莉ちゃんは笑顔でそう答えた。
ちなみに、オレンジジュースとりんごジュースは、今朝、亮さんが近所のコンビニで買ってきたものだ。りんごジュースを飲みたいと言ったからか、亮さんは嬉しそうだ。
「りんごジュースですね。分かりました。では、私がジュースを用意しますので、明斗さんは愛莉ちゃんを私の部屋に連れて行ってくれますか?」
「分かった。愛莉ちゃん、一緒に氷織の部屋に行こうか。リュックを置いたら、手を洗おうね」
「うんっ!」
元気良くお返事すると、愛莉ちゃんは俺の手をしっかり掴んできた。滅茶苦茶可愛い。
俺は愛莉ちゃんと一緒に2階に行き、ベッドの近くにリュックを置く。
2階にある洗面所に行き、愛莉ちゃんと一緒に手を洗った。友美さんと一緒に暑い中歩いてきたのもあってか、手を洗っているとき愛莉ちゃんは気持ちよさそうにしていた。
手を洗い終えて、氷織の部屋に戻ると、部屋の中には既に氷織がいた。ローテーブルには俺達のマグカップの他に、りんごジュースが入った取っ手付きのカップが置かれている。
また、ベッドの近くにはクッションが3つ並んで置かれている。3人並んで座ろうってことか。
「愛莉ちゃん、明斗さん、おかえりなさい。りんごジュースを持ってきましたよ」
「ありがとう、ひおりちゃん!」
愛莉ちゃんは嬉しそうにお礼を言う。お礼をしっかりと言えて偉い子だ。
愛莉ちゃんを真ん中にして、俺達は3人並んでクッションに座る。
愛莉ちゃんはクッションに座るとすぐに「いただきますっ」と言って、氷織が持ってきたりんごジュースを一口飲んだ。
「あまーい! つめたーい! おいしーい!」
「良かったですっ」
「良かったね、愛莉ちゃん」
「うんっ!」
満面の笑顔で返事をしてくれる愛莉ちゃん。いやぁ、本当に可愛い。天使のようだ。愛莉ちゃんを見ながらコーヒーを一口飲むと、今まで以上に美味しく感じられた。
「ひおりちゃんとあきとくんは、なにをのんでるの?」
「アイスコーヒーですよ」
「そうなんだ。まえに、おかあさんのコーヒーをちょっとのんだことがあるけど……にがかった」
そのときのことを思い出しているのか、愛莉ちゃんは曇った表情に。きっと、苦いのが嫌だったんだろうな。
「苦いよねぇ。コーヒーって」
「コーヒーですからねぇ」
「ただ、氷織も俺もそれが美味しいって思えるんだ」
「そうなんだ。ひおりちゃんもあきとくんもおとなだね!」
「確かに、コーヒーが美味しいと思えたときは大人な感じがしたな」
「私も同じことを思いましたね。いつか、愛莉ちゃんにもそういう日が来るかもしれませんね」
「くるかなぁ」
「きっと来るさ」
今は6歳だから……早ければ5、6年後くらいに来るんじゃないだろうか。
愛莉ちゃんはりんごジュースをもう一口飲む。りんごの甘味がお気に入りなのか、笑顔で「美味しい」と言っていた。
「愛莉ちゃん。何をして過ごしたいですか?」
「何でもいいよ」
「う~ん……じゃあ、マジキュアみたい! ろくがしたのをもってきたの!」
「マジキュアですか。いいですね」
「マジキュア……ああ、魔法少女アニメか」
毎週日曜日の朝に放送されている女の子向けのアニメ作品だ。確か、1年ごとに新シリーズが作られているんだよな。
「あきとくんもマジキュアしってる?」
「知ってるよ。ただ、最後に観たのは結構前だなぁ。小学生の頃に姉貴と一緒にね。氷織はマジキュアって観てる?」
「小学生の頃は毎週観ていましたね。七海が大好きで。中学生くらいからは、早く起きられたら観ている感じですね。現在放送されているシリーズも何度か観たことがあります」
「そうなんだ」
氷織は女の子だし、七海ちゃんっていう妹もいるから、マジキュアは観ているか。
「愛莉ちゃん。今放送されているマジキュアが録画されているものを持ってきたの?」
「うんっ! ブルーレイっていうの」
「そうなんだ。……俺、今やってるマジキュアは一度も観たことがないんだ。もしよければ、愛莉ちゃんがキャラクターのことを中心に教えてくれると嬉しいな」
「いいよ! あきとくんにおしえるね!」
愛莉ちゃんは明るい笑顔でそう言ってくれた。
「ありがとう。じゃあ、3人でマジキュアを観ようか」
「うんっ!」
「そうしましょう。愛莉ちゃん、録画したBlu-rayを出してくれますか?」
「わかった!」
それから、俺達は愛莉ちゃんが持ってきてくれたBlu-rayに録画されているマジキュアを観始める。愛莉ちゃんに楽しげに解説されながら。
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