第6話『お願いしたいこと』

「凄く気持ちいいお風呂でした」

「俺も凄く気持ち良かったよ」

「良かったです」


 これからも、氷織とお泊まりするときは一緒にお風呂に入りたいな。

 洗面所から出て、七海ちゃんにお風呂が空いたことを伝えるために2階へ上がろうとしたときだった。


「氷織。紙透君。リビングに来てくれる? 2人にお願いしたいことがあるの」


 リビングから陽子さんが出てきて、俺達にそう呼びかけてきた。

 俺達にお願いしたいことって何なんだろう? 全く見当がつかない。まあ、それもリビングに行けば分かることか。


「分かりました、お母さん」

「分かりました」


 氷織と一緒にリビングに入る。さっきまでお風呂に入っていたから、リビングの中がとても涼しく感じる。

 リビングには亮さんと……な、七海ちゃんまでいるぞ。


「お父さんだけでなく、七海もリビングにいるなんて。いったい、お母さんは明斗さんと私にどのようなお願いをしたいのですか?」

「明日の日中、愛莉ちゃんの面倒を見てほしいの」

「愛莉ちゃん?」


 聞いたことがない名前なので、思わず声が出てしまう。名前とちゃん付けからして女の子なのは推測できるけど。


「明斗さんは知りませんよね」


 と言うと、氷織は俺の方に顔を向ける。


「愛莉ちゃんとは私の従妹です。今年で6歳になった保育園に通う女の子です」

「名前は桃瀬愛莉ももせあいりちゃん。妹の娘なの。つまり、姪ね」

「そうなんですね」


 氷織と七海ちゃんからみたら従妹で、陽子さんからみたら姪にあたる女の子か。3人と血が繋がっているから、きっと可愛いんだろうな。

 あと、6歳の女の子だからか、氷織は愛莉ちゃんのことはちゃん付けなんだな。基本的にはさん付けで呼ぶから新鮮だ。


「その愛莉ちゃんという女の子を明日、氷織と俺で面倒を見てほしいと」

「ええ。愛莉ちゃんの母親の友美ともみが急に仕事が入って。タイミングが悪くて、旦那さんも仕事が入っちゃったみたいで」


 急な休日出勤か。それは大変そうだ。俺も休日にバイトをするけど、それは前から予定されたシフト通りのバイトだから、大変に思ったことはない。


「ただ、友美の明日の仕事は取引先の会社でするそうで。その会社は萩窪駅の近くにあるんだって。笠ヶ谷と萩窪は隣同士の駅だから、うちに預けようって考えたみたい。それに、愛莉ちゃんは氷織と七海のことが大好きだからね」

「友美さんからお母さんについさっき連絡が来て。あたしの明日の予定を確認したいからって呼ばれたんだ」

「なるほどです。だから、七海がリビングにいたのですね」

「うん。ただ、明日も午前中から部活があるから、面倒は見られないな。愛莉ちゃんが来たらすぐに出かける形になると思う」


 七海ちゃんはバドミントン部に入っているからな。夏休み中も練習のある日は多い。七海ちゃんが愛莉ちゃんの面倒を見られないのは仕方ない。


「ただ、私は分かりますが、なぜ明斗さんにも愛莉ちゃんの面倒をお願いしたいと? 明斗さんもいた方が心強いとか?」

「俺も理由が気になりますね」


 愛莉ちゃんとは今まで会ったことがない。しかも、ついさっきまで愛莉ちゃんという従妹がいることすら知らなかった。そんな俺に、愛莉ちゃんの面倒を見てほしいとお願いしたい理由って何なんだろう?


「実は愛莉ちゃんが紙透君に会いたがっていてね」

「愛莉ちゃんが?」

「明斗さんに?」


 俺だけでなく、氷織にとっても予想外の理由だったようだ。陽子さんを見る氷織の目が見開いている。


「氷織と紙透君が正式に付き合い始めた直後のことなんだけど、氷織に彼氏ができたことが嬉しくて、友美に報告したの。そのとき、氷織と紙透君のツーショット写真を送ってね」

「そういえば、その時期に友美さんから、明斗さんと付き合うことになっておめでとうとLIMEでメッセージが来ましたね。ただ、写真を送っていたのは知りませんでした」

「そっか。それで、私が送った写真を愛莉ちゃんが見て、紙透君のことを『かっこいい! いつか会ってみたい!』って言ったんだって。だから、紙透君も一緒に愛莉ちゃんの面倒を見てほしいなって」

「そういうことでしたか」


 愛莉ちゃんは俺のことを知っていたのか。小さな女の子にかっこいいとか、俺に会ってみたいと思ってもらえるのは嬉しいな。


「それで……氷織、紙透君、どうかな?」

「明日は母さんも僕も家にいるけど、2人にも愛莉ちゃんの面倒を見てもらえると嬉しい」

「私はかまいませんよ。明斗さんはどうですか?」

「俺もいいですよ。明日は氷織と一緒にいるつもりですし。それに、愛莉ちゃんが会いたがっているそうですから」


 小さな女の子の願いを叶えさせてあげたいからな。

 あと、小学生の頃までは、親の実家に帰省したときに年下の親戚の女の子と遊んだり、姉貴が家に友達を連れてきたときに遊びに付き合わされたりした。それもあって、女の子と一緒にいることには慣れている。

 氷織と俺が面倒を見ていいと言ったからか、陽子さんはとても嬉しそうだ。


「ありがとう、氷織、紙透君!」

「僕からもお礼を言うよ。ありがとう」

「さっそく友美に返信するわっ」


 陽子さんはローテーブルに置いてあるスマホを取り、色々とタップしている。氷織と俺が面倒見てもいいと返信の文章を作っているのだろう。


「……あっ、さっそく返信きた。明日はよろしくお願いしますって」

「分かりました。明日は一緒に愛莉ちゃんの面倒を見ましょう」

「ああ」


 まさか、氷織の従妹の面倒を見るとは。予想外の展開になったな。明日は愛莉ちゃんとも一緒に楽しい時間を過ごせるといいな。

 陽子さんからのお話も終わったので、七海ちゃんは浴室へ、氷織と俺は氷織の部屋に戻った。エアコンを点け続けているので、氷織の部屋もリビングと同様に結構涼しくなっている。


「明日、愛莉ちゃんに会えるのが楽しみです。ゴールデンウィークにあった親戚の法事以来ですから」

「そうか。俺も会えるのが楽しみだよ。……そういえば、愛莉ちゃんってどんな雰囲気の子なんだ? 向こうも俺の写真を見たそうだから、俺も愛莉ちゃんの写真を見られると嬉しいなって思っているんだけど。前に見せてもらったアルバムには貼っていなかったと思うから」

「……確かに、私の部屋にあるアルバムには貼っていなかったですね。スマホに写真がありますので、それを見せますね。法事のときに撮ったんです」

「ありがとう」


 氷織はローテーブルに置いてあるスマホを手に取る。

 愛莉ちゃん……どんな感じの子なんだろうな。氷織と七海ちゃんの従妹だし、陽子さんの姪でもある。かなり可愛いだろうと予想している。


「ありました」


 氷織は俺にスマホを渡す。

 氷織のスマホを見てみると……画面には制服姿の氷織と七海ちゃん、2人の間に黒色のワンピースを着た銀髪のショートボブの女の子が映っている。満面の笑顔なのもあって、凄く可愛い雰囲気の女の子だ。


「氷織と七海ちゃんの間にいるこの女の子が愛莉ちゃん?」

「そうです」

「そうなんだ。凄く可愛い女の子だ」

「本当に可愛いですよね」

「ああ。従妹なだけあって、氷織や七海ちゃんと雰囲気が似ているな」

「ふふっ、そうですか。親戚の人からも三姉妹のようだって言われますね」

「三姉妹か。それも納得だ」


 3人とも可愛らしい雰囲気の顔立ちだし、綺麗な銀髪だからな。血の繋がりを感じる。


「写真を見ていたら、明日、愛莉ちゃんと会えるのがもっと楽しみになってきました」

「俺も楽しみになってきたよ」

「そう言ってくれて嬉しいです。明日はよろしくお願いしますね」

「ああ」


 愛莉ちゃんにこの家での時間が楽しかったと思えるようにしたいな。

 その後は、氷織が録画してくれた現在放送中のラブコメアニメを観ながら、髪を乾かしたり、ストレッチしたり、氷織はスキンケアもしたりするのであった。

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