第7話『同じ場所に帰るんだ』
午後8時半過ぎ。
願いごとを書いた短冊を笹に飾った俺達は会場を後にし、夕方の待ち合わせ場所だった笠ヶ谷駅の南口に戻る。今日はここで解散することに。
「今日は楽しかったぜ! 去年以上に楽しかったな!」
「みんなで一緒に廻れたし、和男君と2人きりでも廻れたからね!」
「あたしも去年以上に楽しかったッス!」
「みんなと一緒に七夕祭りに来られて楽しかったわ! 氷織の浴衣姿も見られたから最高よ!」
「ふふっ、嬉しいです。私もこれまでの七夕祭りで一番楽しかったですね。恋人の明斗さんが一緒だからでしょうか」
「嬉しい言葉だな。七夕祭りは今回が初めてだったけど楽しかったよ。来年もみんなと一緒に来られたらいいなと思う」
俺がそんな感想を言うと、氷織達はみんな笑顔で頷いた。きっと、来年の七夕祭りも今日のように楽しい時間になるだろう。来年は受験生だから、受験勉強のいい息抜きになっているかも。
それから程なくして、俺達6人は解散した。その際、和男達から「お泊まり楽しんで」と言われた。
氷織と俺は行きと同じルートで氷織の自宅に帰ることに。
笠ヶ谷駅の構内や駅の北口周辺は賑やかだけど、住宅街に入ると急激に人が少なくなり、静かになっていく。2時間以上、たくさんの人がいる七夕祭りの会場にいたので、どこか遠くへ来てしまった感覚だ。
「お祭りとても楽しかったですね!」
「ああ、凄く楽しかった。みんなと解散する直前にも言ったけど、来年からも一緒に来ような」
「はいっ。ただ、楽しかったからこそ、ちょっと寂しい気持ちになりますね」
「そっか。俺もそういう気持ちになってるよ」
東都ドームタウンから帰ってくるときと同じような感覚だ。楽しかったからなのはもちろんのこと、賑やかな場所から離れるのも寂しくなる一因かもしれない。
「でも、明斗さんと同じ場所に帰れて、一緒の時間を過ごせるのが嬉しいです。明斗さんがお泊まりに来てくれて良かったって思います」
そう言うと、氷織は俺の目を見つめてニッコリと笑う。
和男達とは別れたけど、氷織との時間はまだまだ続くんだ。きっと、この寂しい気持ちもすぐに消えていくだろう。
「俺も氷織の家で一緒の時間を過ごせるのが嬉しいし、楽しみだよ」
「同じ気持ちで嬉しいです。帰ったら、まずは一緒にお風呂に入りましょう」
「ああ、そうしよう」
夕方からとはいえ、何時間も外にいたからな。汗を掻いているし、家に帰ったらお風呂で体をスッキリさせたい。
俺の誕生日に氷織が泊まりに来た際、氷織とお風呂に入ったり、肌を重ねたりした経験はある。もちろん、その際に氷織の裸は見ている。それでも、氷織からお風呂に入ろうって言われるとちょっとドキドキするな。ただ、そのドキドキは心地いいものだ。
「明斗さん。夜空が綺麗ですよ」
氷織がそう言うので空を見上げると、彼女の言葉通り綺麗な夜空が見える。雲が全然ないので、星がいくつも見える。
「綺麗だなぁ。星も見えるし。梅雨の時期にこういう夜空を見られるなんて運がいいな」
「幸運な感じがしますね。あの笹に飾られた短冊に書かれている願いが全て叶いそうです」
「叶いそうだよな」
私達の願いではなく、笹に飾ってある短冊の願いごとが叶いそうと言うところが氷織らしい。そんな優しい氷織の願いが最初に叶いそうな気がする。
「七夕まであと4日ですから、今頃、織姫も彦星も会うための準備をしているのでしょうね」
「きっとそうだろうな」
「ただ、七夕の日にはいったい何をするんでしょう? 引き離される前は、毎日遊んで暮らしていましたけど」
「1年に1日しかいられないからなぁ。片時も離れずにゆっくりと過ごしていそうな気がする」
「それはありそうです。こういう感じでくっついているかもしれませんね」
そう言うと、氷織はそれまで掴んでいた俺の左手を離して、俺の左腕をぎゅっと抱きしめてきた。ニッコリとした笑顔でら見上げる氷織が可愛らしい。
「あり得そうだ」
「ふふっ。もし、明斗さんと1年に1日しか会えなくなったら辛いです」
「俺も辛いよ」
「……ずっと一緒にいられるように頑張りましょうね」
「ああ」
大学受験や就職活動など、この先の人生で大事になる分岐点はいくつもある。今、こうして同じ場所に帰っているのが嬉しくて、以前よりも氷織と一緒に住みたい気持ちが強くなっている。氷織と一緒に幸せになれるように頑張りたい。
それからは七夕祭りでのことを話しながら歩き、無事に氷織の家に帰宅した。
リビングに行くと、亮さんと陽子さんがコーヒーとカステラを味わいながら映画のDVDを観ていた。お二人曰く、高校時代にデートで観に行った恋愛映画だそうだ。高校生気分になって楽しめているらしい。
「氷織、紙透君。お祭りどうだった?」
「とても楽しかったですよ」
「俺も楽しめました。会場もいい雰囲気で。本当に楽しい時間でした」
「そうなの。楽しめたようで良かったわね」
「良かったな、2人とも」
陽子さんも亮さんも優しい笑顔を浮かべながらそう言ってくれた。
また、20分くらい前に七海ちゃんが帰ってきて、今は彼女が入浴中とのこと。なので、俺達は氷織の部屋に戻って、七海ちゃんが出るのを待つことに。
「今は夏ですから、あと数分……長くても10分後くらいには出てくると思います」
「そうか。じゃあ、入浴の準備とかをして待つか」
「そうしましょう」
俺は持ってきたボストンバッグから、大きめの巾着袋を取り出す。この中には寝間着と替えの下着、バスタオル、家で使っているシャンプーなど入浴に必要なものが入っているので準備はこれで終わりだ。
タンスの前にいる氷織の方を見ると、彼女の髪型がお団子ヘアーからいつものストレートヘアに戻っていた。お団子ヘアーも可愛かったけど、俺にとっては馴染みのあるストレートが一番可愛いと思う。
「どうかしましたか? 私のことをじっと見て」
「ストレートもいいなって。まだ浴衣姿だけど、この部屋でストレートヘアの氷織を見ると、お祭りから帰ってきたんだって実感するよ。ここに泊まるのは初めてだから、いつもと違う時間を過ごしているのは変わらないんだけど」
「ふふっ。楽しいお泊まりの時間にしましょうね」
そう言う氷織の笑みはとても大人っぽくて。夜の氷織の部屋なのもあって、艶っぽさも感じられた。
それからも氷織と喋っていると、
――コンコン。
部屋の扉がノックされた。
氷織が扉を開けると、そこには桃色のパーカーのルームウェアを着た七海ちゃんが。お風呂上がりなのもあり、彼女の髪は少し湿っている。また、ボディーソープやシャンプーと思われる甘い匂いが香ってくる。
スマホで時刻を確認すると、部屋に戻ってから数分ほど経っている。氷織の予想通りだったな。さすがはお姉さん。
「お姉ちゃん、紙透さん、お風呂が空きました。あと、おかえりなさい」
「ただいま、七海ちゃん」
「ただいま、七海。あと、教えてくれてありがとうございます」
「いえいえ。2人は七夕祭りを楽しめましたか?」
「とても楽しかったよ。七海ちゃんと会ったときは6人だったけど、途中で氷織と2人きりでデートするときもあったし。途中で、浴衣姿の七海ちゃんとも会えたからね」
「楽しかったですよね。あと、デートのときに、射的で明斗さんがキュアックマのぬいぐるみを取ってくれたんですよ!」
テンション高めにそう言うと、氷織はベッドに置いてあるキュアックマのぬいぐるみを持ってくる。
七海ちゃんは見開いた目でぬいぐるみを見て、「おおっ!」と普段よりも高い声を漏らす。
「可愛いぬいぐるみだね! お姉ちゃんキュアックマ好きだもんね。取ってもらえて良かったね」
「ええ! しかも3発目でゲットできましたからね。キュアックマを狙い、銃を打つ明斗さんが素敵でしたっ」
「そうだったんだ。お祭りから帰ってきて、こんなに嬉しそうなお姉ちゃんを見るのは初めてかも。さすがは紙透さん」
「明斗さんがいなかったら、ここまで楽しめなかったでしょう。明斗さん、ありがとうございます」
笑顔でお礼を言うと、氷織はキュアックマのぬいぐるみを抱いたまま俺に頭を下げる。俺が一緒にいたことで、氷織のお祭りの時間を楽しく彩れたようで嬉しい。
「いえいえ。俺も一番楽しい夏のお祭りだったよ、ありがとう」
「いえいえです。七海はお祭りを楽しめましたか?」
「うんっ! 楽しめたよ! お友達と一緒に色んな屋台を廻れたし、お姉ちゃんや紙透さん達とも会えたからね」
「それは良かったです」
氷織は七海ちゃんの頭をポンポンと優しく叩く。氷織の笑顔はとても優しいもので。俺の姉貴の笑顔と重なる部分がある。これが姉の顔なのかもしれない。
「では、あたしは自分の部屋に戻りますね。部活もありましたし、お祭りにも行きましたから今日は早めに寝ようと思います」
「そうですか。では、早いですがおやすみなさい」
「おやすみ、七海ちゃん」
「はいっ、おやすみなさい。あと、あたしのことは気にせずにイチャイチャしてくださいね! 決して邪魔したり、覗いたりしませんから!」
ちょっと興奮した様子でそう言う七海ちゃん。君は俺達がどんな感じでイチャイチャすると思っているのかな? そういえば、氷織が俺の家に泊まりに来たときも、今言ったことと似た内容のメッセージをくれたっけ。
氷織は頬を赤らめて、
「お、お気遣いありがとうございます、七海」
いつもよりも小さな声でそう言った。氷織のこの様子からして、七海ちゃんは俺達が最後までしたことがあると知っていそうだ。
「じゃあ、また明日です」
七海ちゃんはそう挨拶すると、自分の部屋に入っていった。
氷織と部屋で……イ、イチャイチャするときには七海ちゃんの睡眠を邪魔しないように気をつけよう。
「氷織。一緒にお風呂に入ろうか」
「そ、そうですね。明斗さんとお風呂に入るのが楽しみです」
今も赤みが残っている氷織の顔に、ほんのりと笑みが浮かんだ。
俺達は入浴と着替えに必要なものを持って、氷織の部屋を後にするのであった。
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