第7話『オムライス』
「評判通りの泣ける映画だな。感動した。凄く泣ける。今も泣いてる……」
100分の『空駆ける天使』の上映が終わり、館内は明るくなる。
切ない展開になった終盤から、俺の涙腺は刺激されっぱなしだ。
最初は氷織が隣にいるので涙をこらえていた。しかし、主人公の恋人の男性が死んでしまい、主人公が号泣するシーンで涙腺崩壊。主人公と一緒に号泣した。もちろん、主人公のように大きな声は出していないけど。
「原作漫画を何度も読みましたけど……キュンとなって泣ける内容でした。本当に感動しました。創作意欲がどんどん湧いてきます」
そう言う氷織の目には涙が浮かんでおり、目尻がほんの少し赤くなっている。今の氷織の言葉が本当であると示す何よりの証拠だ。
あと、氷織は『
俺と目が合うと、氷織は「ふふっ」と上品に笑う。
「明斗さん、凄く泣いていますね。両方とも目尻が赤いです」
「……色々なことを乗り越えて、ようやく付き合い始めて。楽しい時間を過ごし始めた矢先に恋人が……病気で死んじゃったからさ。声の演技も凄く良かったから、もう涙が止まらなくて。原作を読まずに観たのもありそうだなぁ。氷織の前でこんなに泣いちゃって、何だか恥ずかしいな……」
頬中心に顔が熱くなってきた。
氷織は笑みを絶やすことはなく、俺の頭を優しく撫でてくれる。
「感動して出る涙ですから、明斗さんの涙が美しく見えます。それに、泣いている明斗さんも素敵ですよ」
「氷織……」
「私は明斗さんと一緒に泣くことができて嬉しいですよ。ですから、この映画を明斗さんと一緒に観られて本当に良かったです」
「俺も氷織と一緒に観られて良かったよ。あとで、葉月さんがバイトしてる本屋で原作漫画全巻買う」
「凄く気に入ったんですね。嬉しいです。明斗さんを誘って良かったです。では、そろそろ出ましょうか」
「そうだね」
俺は左手に持っている湿ったハンカチで両目の涙を拭う。号泣してしまったけど、氷織が一緒に泣けて嬉しいと言ってくれて良かった。氷織は優しい子だなぁ。……そう思うと、また泣いてしまいそうだ。
荷物とポップコーンやドリンクの空きカップを持って、氷織と一緒にスクリーンを後にする。
スクリーンを出たところにいた男性のスタッフさんに空きカップを渡して、俺達はフロントに戻る。12時過ぎなのもあって、映画を観る前よりも多くの人が来ている。チケット売り場には相変わらず長蛇の列ができている。
お手洗いに行き、その後に売店へ行き俺は映画のパンフレットを購入。売り切れていなくて良かった。
映画自体もとても良かったけど、氷織と一緒に観たから凄くいい映画デートの時間になった。これからも定期的に氷織と一緒に映画を観に行きたいな。
「さてと、もうお昼時か。氷織ってお腹は空いてる? 映画を観ているときにポップコーンを食べたけど」
「いい感じに空いていますよ。明斗さんはどうですか?」
「俺も空き始めてる。じゃあ、お昼ご飯を食べに行こうか。氷織はどこか食べに行きたい場所ってあるかな」
「琴宿には美味しいお店や評判のお店がたくさんありますからね。具体的にはまだ」
「そっか。実は俺、この映画館に映画を観に行くって決まってから、駅やここから近いお店をいくつか調べたんだ。もちろん、氷織が好きそうなものを食べられるお店を」
「そうなんですか! どういうお店か見せてくれますか?」
「ああ」
俺はスマホを取り出し、事前に調べておいたいくつかのお店のホームページを氷織に見せていく。喫茶店、そば・うどん屋、パンケーキ屋、オムライス屋など氷織が好きそうなお店のページを。
どのお店のホームページも氷織は興味津々に見ていく。その中で氷織が特に興味を示したのは、
「このオムライス屋さんいいですね! 今年に入ってからオープンしたオムライス屋さんで。結構評判がいいらしいんです。オムライスが好きなので気になっていたんです」
「そうなんだ。じゃあ、このお店にしようか。俺もオムライスが好きなんだ」
「はいっ!」
とても元気に返事をしてくれる氷織。オムライスが相当好きなのだと窺える。
地図アプリを使って、この映画館から目的のオムライス屋さんまでの道のりを調べる。アプリによると、ここからだと徒歩5分で着くそうだ。
右手で氷織の手を掴み、左手で地図を表示したスマホを持ち、オムライス屋さんに向けて出発する。
アプリに表示される道筋に従って、俺達は琴宿の街並みを歩いていく。
「都心の琴宿でも、大きな通りを外れると、結構落ち着いた景色になるんだね」
「そうですね。笠ヶ谷や萩窪に似た雰囲気ですね。今は土曜のお昼で、飲食店や小売店が色々ありますから、人の数はこちらの方が多いですけど」
「そうだね。高層ビルや大型施設がたくさんある都会の景色は凄いって思うけど、こういう落ち着いたところの方が好きかな。登下校のときに、氷織と一緒に歩いているからかもしれない」
「私も同じ感じです」
そう言う氷織の顔には優しい笑みが浮かび、ほんのりと赤らんでいた。
地図アプリのおかげもあり、俺達は迷うことなく目的のオムライス屋さんに到着することができた。
評判のお店だけあって、お店の中に入ると多くの人が食事を楽しんでいる。運良く2人用のテーブル席が空いており、俺達はすぐに席に座ることができた。
今年になってからオープンしただけあって、店内はとても綺麗だ。ただ、落ち着いた雰囲気もあって。いい感じのお店だな。オムライスは人気の高い料理だから、お客さんは老若男女様々。食欲を誘う匂いが香ってきて、よりお腹が減ってくる。
俺はデミグラスソースのかかったオムライス。氷織は王道のケチャップオムライスを注文した。また、氷織からのお願いもあって、あとでお互いのオムライスを一口ずつ交換することに。
注文したオムライスが来るまでの間は、パンフレットを見ながら映画の感想を語り合うことに。誰かと一緒に映画を観に行くと、こういう時間が楽しいよな。
あと、パンフレットには感動シーンも記載されているので……段々と目頭が熱くなってきたぞ。そんな俺のことを、氷織はクスッと笑っていた。
「お待たせしました。オムライスとデミグラスソースオムライスになります」
15分ほどして、女性の店員さんが注文したメニューを運びに来てくれた。俺の目の前にはデミグラスソースオムライスと、セットでついてくるコンソメスープが置かれる。氷織はオムライスが置かれた瞬間、ぱあっと明るい笑みを浮かべ「美味しそう」と声を漏らしていた。
デミグラスソースオムライスは本当に美味しそうだ。このお店のオムライスは半熟の卵を乗せるパターンか。あと、スープからほんのりと香るコンソメの匂いもいい。そんなことを考えながら、自分の注文したメニューをスマホで撮影した。
「じゃあ、食べようか」
「そうですね。では、いただきます!」
「いただきます」
スプーンでオムライスを一口分取り分けて、デミグラスソースをちょっと付けて口の中に入れた。
「……凄く美味しい」
中のバターライスの味付けがとてもいい。コクのあるデミグラスソースの味がバターライスと半熟卵とよく絡み合って。
「う~ん、美味しいです!」
そんな氷織の高い声が聞こえたので彼女の方を見ると、氷織はとても幸せそうな笑みを浮かべ、左手を頬に当てながらオムライスを食べていた。日頃から思っているけど、食事やお菓子を美味しそうに食べている氷織はとても可愛らしい。
「評判になるだけあって、とっても美味しいです」
「そうか。良かったね。デミグラスソースオムライスも美味しいよ」
「そうなんですか! ……明斗さん、約束通り一口交換しましょうか」
「そうだね」
「じゃあ、まずは提案した私が食べさせてあげますね」
そう言うと、氷織はスプーンでオムライスを一口分取り分け、ふーっと息を吹きかけてくれる。その行為で、スプーンの上にあるオムライスはより美味しくなったに違いない。
氷織はスプーンを俺の口元まで持ってくる。
「明斗さん、あーん」
「あーん」
俺は氷織にオムライスを食べさせてもらう。
ふーっ、と氷織が息をかけてくれたおかげか、オムライスの温度はちょうど良く、味も絶品だ。ケチャップ味のチキンライスはもちろんのこと、ケチャップと絡まった半熟卵がたまらない。王道の味付けなので安心感もある。
「凄く美味しいね、このオムライス」
「美味しいですよね。これぞオムライスという感じです」
「分かる。デミグラスを先に食べたから、何だか安心できる味だって思った」
「ふふっ。それ分かります」
「そう言ってくれて嬉しいな。じゃあ、俺のデミグラスオムライスを一口あげるよ」
俺はスプーンで一口分掬い、さっきの氷織に倣って「ふーっ」と息を吹きかける。そして、楽しそうにしている氷織の口元まで運んでいく。
「氷織、あーん」
「あ~ん」
氷織にデミグラスソースオムライスを食べさせる。オムライスを乗せたスプーンをぱくっ、と咥えた氷織がとても可愛らしくて。
氷織は咀嚼するにつれて、顔に柔らかな笑みが浮かんできて。どうやら、デミグラスの方も氷織の口に合ったようだ。
「デミグラスソースのオムライスもとても美味しいですね! バターライスですし、オムライスとはまた違った美味しさがあります」
「氷織のオムライスとは違うけど、これも凄く美味しいよな」
「そうですね。交換してくれてありがとうございました」
「こちらこそ」
氷織のおかげで得した気分だ。次、このお店に来たときは、氷織が食べている王道のオムライスを頼むことにしよう。
それからも、『空駆ける天使』のことを中心に話ながら、デミグラスソースオムライスを堪能するのであった。
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