第10話『放課後デート-後編-』

 タピオカドリンクを飲み終わり、俺達はお店を後にする。さっきと比べて、制服姿の人が増えた感じがする。


「タピオカドリンク美味しかったですね」

「うん。コーヒーも抹茶ラテも美味しかった」

「そうですか。気に入ってもらえて良かったです。美味しいドリンクは他にもありますし、これからも明斗さんと一緒に来たいですね。ドリンクを飲みながら、明斗さんとお話しするのは楽しいですし」


 タピオカドリンクを飲んでいる間は、どんな味のタピオカドリンクが好きなのかとか、氷織を待つ間にプレイしていたパズルゲームのことなどで話が盛り上がった。

 これからも一緒に来たい……か。氷織も今回のような時間をまた過ごしたいと思ってくれていることが凄く嬉しい。


「これからも一緒に来ような」

「ええ」


 氷織はそう言うと、俺の手を握る力が少し強くなった。


「氷織。次はどこのお店に行くの?」

「あの東友とうゆうの中にある本屋さんです」


 氷織は正面にある東友を指さす。ちなみに、東友というのは大型のスーパーマーケットチェーンのことだ。


「萩窪にも東友があるよ。うちは東友で食料品を買ってる。服も買うことがあるかな」

「そうなのですか。うちも同じような感じです。小さい頃は母とお買い物したり、妹と一緒におつかいに行ったりしました」

「そうなんだ。俺も小さい頃は姉貴と一緒におつかいに行ったな。今も『バイトの帰りに買ってきて』とか頼まれるけどね」

「私も高校生になってから、母から『帰りにこれ買ってきて』と頼まれることがありますね」

「そうなんだね。学校やバイト先から近い人は、みんなそういう経験があるのかな。それにしても、こっちの東友の方が立派だね。萩窪の東友は本屋とかないからさ」

「そうなのですね。本屋……よつば書店は6階にあります」


 俺達は東友に入り、入口近くにあるエスカレーターで6階に向かい始める。

 途中、4階に俺も知っているチェーン店のレンタルショップがあったので、そこにも立ち寄った。ちなみに、このレンタルショップも萩窪の東友にはない。

 氷織はたまにここで映画やドラマ、アニメのDVDを借り、課題を終えた後や休日に観るらしい。気に入ったアーティストやアニメのCDを借りることもあるのだとか。作品名やアーティスト名を聞くと、俺も気に入っているのがいくつもあった。映像や音楽のジャンルでも氷織とは気が合いそうだ。

 レンタルショップを後にし、6階にあるよつば書店に向かう。

 フロアの全てがよつば書店であり、たくさんの書物と文房具が陳列されている。全てが本屋なのもあり、ゆったりとした静かな空間が広がっている。


「おぉ、凄く立派な本屋だ」

「笠ヶ谷駅周辺の本屋では一番立派です。小さい頃から、本はここで買うことが多いですね。文房具類もここで買います」

「そうなんだ。萩窪はここまで広い本屋はないかな」

「そうなんですね。私はよくコミックやラノベのコーナーに行きます。行ってみますか?」

「うん、行ってみよう」


 氷織と一緒にコミックやラノベのコーナーに向かって歩く。

 ちらほらと人がいるけど、本当に静かだなぁ。これまで人の多い場所を歩いたり、賑わっていたタピオカ店にいたりしたからか、笠ヶ谷から遠い場所に来たような感覚になる。

 俺達は少年と青年向けコミックの新刊コーナーへ。

 最近発売された作品が平積みされている。新刊コーナーにも小さな棚があり、そこにはマイナーな作品や発売されてから少し日が経った作品がずらりと。近くにあるラノベの新刊コーナーも同様だ。

 あと、ポストカードなどの購入特典のある作品も多い。


「コミックとラノベは、アニメショップ並みに品揃えがいいね。あと、特典がついている作品も結構あるな」

「ほしいと思った本は大抵ここで買えますね。特典がついている本も多いのも、この書店を気に入っているポイントの一つです。そういえば、明斗さんは書籍を買うときはどこで買っているんです? 萩窪の東友には本屋はないとのことでしたが」

「コミックとラノベは、ロミネに入っているアニメイクっていうアニメショップで買うよ。一般の文庫本とか参考書は別の本屋だけど」

「そうなのですか。そういえば、ロミネにアニメイクがありましたね。何年か前に一度だけ行ったことがあります」

「そうなんだ。アニメイクは特典がよく付くし、ポイントもたまるからね。ただ、これからはここにも寄ろうかな。店内の雰囲気もいい感じだし。いい特典もありそうだから」

「そう言ってもらえて嬉しいです」


 そう言う氷織の声は普段より弾んでいる。気に入っている書店を褒めてもらえたからだろうか。あとは、本好きで文芸部に所属しているだけあって、本屋に来ると自然と気分が上がるのかも。


「……あっ、『みやび様は告られたい。』の最新巻がある。これ買おう。ラブコメ漫画は好きだけど、この作品は特に好きなんだ」


 『みやび様は告られたい。』は学園ラブコメ漫画。発行部数は1000万部を突破。TVアニメも2シリーズ放送し、第3期も制作が決定しているほどの人気作だ。


「明斗さんもみやび様が好きなのですね。私も大好きな漫画の一つです」

「そうなんだ。コミックの第1巻が発売されたときに、試しに買ってみたら面白くて」

「私はアニメの第1期を観たのがきっかけです」

「アニメもかなり面白いよね」

「ええ。私もみやび様の最新巻を買います。読むのが楽しみです」


 氷織もみやび様の最新巻を手に取る。最新巻や俺を見る目が輝いている。好きな漫画の最新巻が発売されていたことと、その漫画が俺も好きだって分かったからかな。

 ちなみに、俺は氷織がみやび様を好きだって分かって、結構テンションが上がっている。氷織と一緒にTVアニメを観て、みやび様のことを語り合いたいほどだ。

 それからは、コミックやライトノベルの既刊のコーナーなどを見ていく。新刊だけじゃなくて、既刊の方も品揃えがいいな。たまに、氷織が「この作品は面白かったです」と話してくれる。俺も読んだことある作品だと軽く感想を語り合う。

 そして、一般文芸の文庫本の既刊コーナーへと向かう。どうやら、出版社別に陳列されているようだ。


「最近読み始めた作家さんがいるんです。スマホで調べたら、短編集が文庫本で売られていると知ったので、買おうかなと思っていたんです。その短編集も買いましょうかね」

「うん、分かった」


 その短編集が発行されている文庫の棚へ。

 氷織はお目当ての短編集があるかどうか探していく。すると、


「ありました……が、一番上の段にありますね。私の背では届かないかもしれません」

「一番上の段は結構高いね。俺が取ってあげるよ」

「ありがとうございます。一番上の段の左から三番目の本です」

「分かった」


 俺は左手を伸ばして、氷織が指定した本を棚から取り出す。


「これかな」


 氷織に渡すと、氷織はコクコクと頷く。


「これです。明斗さん、取ってくれてありがとうございます」

「いえいえ」

「……学校の図書室で取ってくれたときのことを鮮明に思い出しました。今のように、私が指さした本を明斗さんが取って、優しい表情で私に渡してくれましたね」


 柔らかな声で言うと、氷織は優しい目つきになり、口角を僅かに上げる。その姿と、図書室でのことを思い出してくれてキュンとなる。

 図書室で何度か本を取ってあげたときと比べて、氷織はちょっと変わったかな。今のようにお礼は言ってくれた。けれど、今のように柔らかい雰囲気ではなく、無表情で。この変化はお試しで付き合い始めたことによるものだろうか。


「ただ、あのときより今の方が、本を取ってくれて嬉しい気持ちが強いです。これからも……一緒にいるときは、高いところにある本を取ってもらってもいいですか?」


 上目遣いでそう訊いてくる氷織。反則級の可愛さだ。


「もちろん!」


 氷織が頼ってくれるなら、どんなことでも精一杯応えるつもりだ。

 あと、大きめの声で返事をしてしまった。周りを見てみると……お客さんや店員さんが迷惑がっている様子はない。そのことに一安心。

 一般文芸の本の棚も見終わり、俺達はカウンターに行き、手に取った本を購入する。


「みやび様と短編集を買えて満足です」

「俺もみやび様を買えたし、学校の近くにこういう本屋さんがあるって知れて良かった。ありがとう、氷織」

「いえいえ。私も明斗さんと来られて良かったです。短編集を取ってくれたのはもちろんですが、コミックやラノベ中心に明斗さんがどんな本を読んでいるのか知れましたし。明斗さんの本棚にはどんな本があるか気になります」


 どんな本があるか気になる……か。

 今の流れで家に来るかと誘えば、氷織も乗ってくれるのでは? 放課後や休日に、自宅で氷織と過ごすのは俺の夢の一つである。


「そうか。じゃあ、今度の連休までに俺の家に来るか?」


 勇気を出して、氷織に家に来ないかどうか誘ってみる。タピオカドリンク店で間接キスをしたときと同じくらいにドキドキしている。


「いいのですか? お伺いしても」

「もちろん」

「分かりました。では……明日は祝日で学校がお休みです。なので、明日はどうでしょう? 私は予定が空いているので大丈夫ですが」

「明日は昼過ぎまでバイトがあるんだ。何時までシフトが入っているかスマホで確認するよ」


 スマホを手に取り、カレンダーアプリを見てみる。バイトの予定はこのアプリに書き込むのが習慣になっている。


「ええと……午前10時から午後3時までバイトだ。3時以降で良ければ」

「3時ですか。私はそれでかまいませんよ」

「じゃあ、明日の3時過ぎにバイト先のゾソールで会おうか」

「バイトがありますから、バイト中にゾソールに行ってもいいですか? 明斗さんの働いている姿を見たり、接客されたりしてみたいです。あとはコーヒーや紅茶などを飲みながらゆっくりできればと」

「いいぞ。大歓迎だ」


 家に来てくれるだけじゃなくて、バイト中に来店してくれるとは。明日のバイトは凄く頑張れそうだ。


「明日はゾソール萩窪北口店でお待ちしております」

「店員さんらしいですね。明日はゾソールで会いましょう。楽しみにしています」

「うん。俺も楽しみにしてる」


 明日はせっかくの祝日なのにバイトがあってがっかりしていたけど、ここで一転。バイトがあって良かった。明日がとても楽しみになったのであった。




 ちなみに、夜になって火村さんから『放課後デート中に変なことをしなかったでしょうね?』とメッセージが送られてきた。放課後になってすぐに、放課後デートについて警告のようなことを言われたからなぁ。


『タピオカドリンクを飲んだり、本屋で氷織と同じ漫画を買ったりしたよ。あと、タピオカドリンクを一口交換したよ』


 と、正直に返信。一口交換について後で知られるよりも、ここで話した方がいいと思ったから。

 トーク画面を見ているのか、すぐに『既読』マークがついて、


『氷織と同じことを言っているわね。よろしい。あと、一口交換羨ましいわっ! あたしもしたいっ!』


 という返信が届いた。氷織にも今日の放課後デートのことを訊いたのか。

 その後、火村さんは氷織から『何も変なことはされていません』とメッセージを受け取ったそう。それもあって、それ以上は追及されなかった。

 ただ、氷織からお家デートの話を聞いたそうで、火村さんから『お家デートでも変なことはしないように!』とメッセージを送られるのであった。

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