第1話 転生賢者の失伝魔法 ~五百年後の魔法学園で、俺は伝説になっていました~ 1




「ここは……」


 一体どれだけの時間が経過したのだろうか。

 ひとしきり意識が寸断されたのち、私はゆっくりと目を覚ました。


「うっ……」


 視界がぼやける。

 光がまぶしい。


 私は手庇てひさしを作り、ゆっくりと目を光に慣れさせる。


「ミーロ、ミーロは」


 先ほどまで隣にいたはずのミーロは、


「……大賢者……様……」


 私の隣で、寝ていた。 


「成功した……のか……?」


 現実味がない。

 私は近くの窪みにたまった水を覗き込んだ。


「これは――」


 そこには齢十二、三と思われる男児が、いた。金髪に碧眼、年頃の少年にふさわしい、くりくりとした瞳に、まだ頼りのない背格好。

 間違いない。私が若いころの顔だ。


「やった……」


 不意に呟きが漏れる。


「私はやったぞ!」


 ガッツポーズとともに、大きく叫ぶ。

 転生魔法が、成功した。

 自分自身の最も活力があったころに転生していることから考えると、どちらかと言うと若返りの方が意味的には近いのかもしれない。

 無論、私ではない誰かに転生することも出来たが、やはり生前の自分の身体には愛着があるものだ。自分自身で自分自身に転生した。


「ん……」

 

 よくよく見てみれば、この部屋も、大きく変わっていた。

 そこら中に虫の巣が張られ、汚らしい。転生魔法に使用した魔法陣は見る影もなく、完全に消滅していた。

 

「汚い部屋になったものだな」


 今すぐにでも崩壊してしまいそうな部屋だ。どうやら私が転生した後、この城に住む人もおらず、人の管理も行き届いていなかったと見る。

 転生前の私には時間がなかったため、全ての準備を完璧に終えることは出来なかった。多少の不都合は仕方がない。


「ミーロ、ミーロ、起きなさい」

「大賢者……様……」


 ミーロは目をごしごしとこすりながら、ゆっくりと起き上がった。

 

「飲みなさい」


 私は水生成魔法を使用し、手から直接ミーロに飲ませる。


「ん、ん、ん」


 ごくごくとミーロの喉が嚥下する様子を見る。 

 思えばミーロも、随分と若返ったものだ。生前、ミーロはどこか年不相応にやつれ、私の実験のせいで手や足に無数の傷跡が残っていた。

 生前のすらりとした肢体と直髪、豊かな双丘はそのままに、小さくなったみたいだ。まだ世間を知らない幼子を思わせる、つぶらで切れ長の瞳に、傷一つない美しい肌が一層際立つ。

おそらくは私とほぼ同年代の見た目まで若返っている。


「大賢者様、私は……」

「そこの水を見てみなさい」


 ミーロはとことこと窪みまで歩いて行き、自分の容姿を確認した。


「これは……」

 

 ミーロは何度も何度も、ぺたぺたと自身の顔を触る。 

 確認するように、引っ張り、触り、撫で、つついていた。


「これは、私です! 間違いなく、私です! こんな! こんな若いころまで戻れるなんて!」


 ミーロは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。

 私は心穏やかな気持ちになった。


「思えばミーロには苦労をかけてばかりだったね」

「とんでもありません、大賢者様。私がやりたくてやっていたことでございます」


 ミーロは私の下へと駆け寄ってくる。


「君も三十を超えてまで私のそばで付きっ切りで看病をしてくれて、本当に感謝しているよ」

「私が望んでしたことでございますから」

「婚期を逃した、と泣きじゃくっていた君が懐かしいよ」

「大賢者様!」


 ぷい、とミーロがそっぽを向く。


「ははは、三十を超えても君の美貌は健在だったよ。私も行き遅れたようなものだからね」

「もう、そんな分かったようなおべっかを使わないでくださいませ」


 若き日の美貌を取り戻したミーロは、顔を赤くして言った。


「取りあえず外に出てみようか」

「はい、大賢者様」


 とりあえずここがどこなのか、あれから何年の歳月が経ったのか。現状を知るため、私たちは外へと出た。理論上五百年が過ぎているだろうが、魔法というものは何が起こるか分からない。


「今すぐにでも壊れそうだね」

「そうですね」


 外から見た私の居城は、それはそれはひどい有様だった。

 誰も住んでいないのもうなずける。


「それにしても……」


 私の居城の周りに、鬱蒼と木が茂っていた。時間の流れは残酷なものだ。


『ウガアァッ!』

「っ!?」


 突如として、草陰から不死者アンデッドが飛び出す。


聖槍セイクリッドスピア


 私はすぐさま不死者アンデッドへ向け、光の槍を放つ。槍は不死者アンデッドの脳天を直撃し、すぐさま塵となり霧散した。


「いつからここはこんなに治安が悪くなったのかな」

「転生の空白の期間で、魔物が集まる場所となったのかもしれませんね」


 私はミーロの肩を抱き、寄せる。


聖印ホーリーシンボル


 半径百メートルの仲間に、魔物を退ける力を与える聖属性魔法。

 私とミーロに聖なる加護が付与された。私と距離が近いほどその効果は強力なものとなる。


「あ、ありがとうございます大賢者様」

「気にすることはないよ」

「で、でも肩が……」


 ミーロが私の手をそっと包む。

 そうか。今私とミーロの年齢差はほとんどないようなものなのか。


「君もそういうことを気にする年齢になったんだね」

「ぶっ飛ばしますよ、大賢者様」

「はっはっは」


ぷんぷんと怒るミーロを背に、私は森の中を進んでいった。



 × × ×



 私の居城からしばらくの間道なりに進み続けると、開けた土地に出た。そこから、活況を呈する街並みが見えた。

大きな街だ。

 耳に心地よい音楽が耳朶を撫で、若き衆が大衆に一芸を披露する。老人は若人に銭を投げ、子供たちは明るく笑い、走り回る。商人は目ざとく商売の匂いを嗅ぎ、売り子は道を歩く者に押し売りをしている。

 中央の広場では何かの演劇が行われ、観客は喋りながらその様子を楽しんでいる。皆、自分の人生を楽しんでいる。

音楽を奏でる一団はまるでこの街の様相を表したかのように、笑いあっていた。

良い街だ。

思わず、感涙してしまう。


「ミーロ」

「はい……」


 心なしか、私もミーロも、声音が震えている気がする。

 本当に、転生したんだ。

 そういう実感が、身に染みてあった。


「ひとまずは現状私たちが置かれている状況を調べようか」

「かしこまりました、大賢者様」


 私はミーロの手を取った。


空間移動テレポート


 転移の魔法、空間移動テレポートを使用し、私たちは眼前の街中へと転移した。

 淡い光の粒子とともに街へと転移した私たちは、浮遊感を残したまま、地面へと着地した。何度やってもこの浮遊感は慣れないものだ。


「あの! 離してください!」

「うるせぇ、黙ってついて来いよ!」

「ちょっと金出すだけだろ~?」


 人目のつかない裏路地に転移したつもりだったが、人の声が聞こえる。どうやら何らかのトラブルが発生しているようだ。

 言葉が聞き取れたあたり、転生後でもそこまで言葉は変わっていないらしい。あるいは、魔法が勝手に翻訳してくれているのか。


「大賢者様」

「そうだな」


 私たちは路地を縫い、声のする方に駆け付けた。


「あぁ?」

「なんだぁ、てめぇ!?」

「離してください!」


 一人の少女が二人の青年に手を引かれている真っ最中だった。

 片方は小人ホビット、もう片方は狼人ウェアウルフかな。


「何をしているんだね、君たちは」

「じろじろ見てんじゃねぇよ! 消えろ、人族のクズが!」


 狼人ウェアウルフの青年は切っ先のとがったナイフを私に向けた。

 こんなものは生前何度も見た上に、何度も突き付けられている。


「これが今のナイフかね。ふむ、やはり進歩している」

「げ!?」

 

 彼の突き付けたナイフを見に近寄ると、青年はすぐさまナイフを引っ込めた。なるほど、まだ人を刺殺するだけの勇気はないと見た。


「暴力で人を制圧しても何の得にもならないと思うがね」

「気色悪ぃ喋り方してんじゃねぇよ!」

「ふむ」


 言われてみればそれもそうだ。

 十二、三の年でこんな喋り方をしていれば奇異に思われるのも仕方がない。

 ここは年相応の喋り方をしておくべきか。若くて血気盛んだったあの頃の。何をも恐れない蛮勇と後を顧みない無鉄砲な好奇心を持っていた、若きあの頃の喋り方をしておくべきか。

 大丈夫、すぐに慣れるだろう。


「離せよ」


 少し威圧的な喋り方をしたからだろうか。


「黙れ!」


 小人ホビットの青年が私に襲い掛かってくる。が――


「死ね!」


 遅い。遅すぎる。あまりにも遅すぎる。幼子でも、もう少し良い動きが出来る。私は魔法を使うでもなく、ただの脚運びだけで青年の攻撃をかわす。


「あ!?」


 その後も青年は何度もぶんぶんと腕を振り回すが、私には一向に当たらない。

 こんな無秩序な攻撃が当たるわけないだろう。元々喧嘩をしない子なのかもしれない。ふらふらとよろめきながら腕を振るう青年の足を引っかけ、軽く転ばせた。


「てめぇ!」

「大賢者様!」

「ミーロ、大丈夫だよ」


 ナイフを持っていた狼人ウェアウルフの青年が私に突っかかってくる。こちらもまた、同様に動きが悪い。そして何よりも、相手を殺すという覚悟が足りない。

 青年のナイフ捌きには迷いが見える。ナイフは私の手の甲や足を目掛けて振るわれるが、相手の命を取ろうという気概が見えない。


「まるで駄目だな」


 私は青年の手をはたき、空中でナイフを取り、青年の喉元に突き付けた。


「相手を殺そうという覚悟が見えない。君は本当に真面目に戦っているのか?」

「ひ……」


 青年は顔を真っ青にすると、


「ひいいいいいぃぃぃ!」


 小人ホビットの彼を連れて、そのまま後方へと逃げて行った。

 

「全く……」


 私はナイフをひゅんひゅんと回すと、腰に装着した。大賢者の地位をほしいままにした私ではあるが、体術に全く心得がないわけではない。

 このナイフはもらっておこう。

 

 あの体捌きからして、あの青年はあまり人とのいさかいをしないんだろう。殺す気など毛頭なかったが、これで少しはこりてくれればいいのだが……。


「あの……」

「む」


 少女が私にとてとてと寄ってきた。


「ありがとうございました!」


 そして深々と頭を下げる。


「突然引っ張られて、困ってたのです……」

「気にしないでいいよ。無事ならそれで」


 私はひとしきり少女の感謝を聞くと、手をひらひらと振った。


「あの、お名前だけでも!」

「む」


 踵を返し活況のある街並みに戻ろうとすると、少女が声をかけてくる。


「アルト。私の……俺の名前は、アルトだ」

「アルト……さん」


 そして私とミーロは、裏路地を出た。




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