第4話 平穏な部屋

 幸いにも僕らは2人だ。


 ゾンビから隠れ、生活できる場所もある。食欲はいつの間にか無くなったから外に出る必要もない。外に出なければ、無用な争いに巻き込まれる心配もない。いつまで過ごせるのかはわからないけれど、どのみち僕たちはもう「死んでいる」のだから、後先のことは他人まかせでもいいだろう。

 ニュースで見る限り、この町はほぼゾンビにのっとられてるようだ。とはいえ、日本中が大混乱というわけでもないらしい。実際、テレビなんかは普通に放送していた。この町のニュースは連日流れていたし、バラエティなんかも普通に放映されていた。

 サブスクのおかげで映画や音楽はいくらでもあった。それにうちには2人が持ちよった立派な本棚があった。最愛の人と何の気兼ねも無く一日中映画を見て、本を読み、感想を語りあう。


 外の喧騒をよそに、この部屋の中だけは平穏を絵にかいたようだった。




 でも11月に入ったあたりで僕たちは気がついた。総じて、感覚が鈍くなっている。それも徐々に、少しずつ進行している。


 何処かを触ったときの感覚、口に含んだときの味覚、そして物事に対する判断力。そういったものが日に日に鈍くなっているのだ。それは、体全体に薄い半透明のフィルターを1枚、また1枚とかぶされるようで、いつかは何も感じなくなり、考えることもできなくなるのだろう、ということは想像にかたくなかった。


 鈍化の原因はすぐにわかった。アンモニアの匂いが如実にそれを伝えてくれた。僕たちは、――腐ってきているのだ。気温の低いこの地方、この時期とはいえ、特別なにかの処理を施された常温の生肉が、それほど長い期間、腐らずにもつわけがない。おそらく脳みそまで腐ってしまい、自我がなくなったゾンビから本能に従い人を襲いだすのだろう。

 噛まれるなどして損傷のあった死体ほど早くゾンビ化すると考えると、外にはびこるゾンビと、僕たちとの違いにも合点がいった。特段の損傷を受けゾンビになったわけではない僕たちのような個体は、こうして徐々にゾンビ化が進行するのではないだろうか。


 ここにきて僕たちはゾンビのことにひとつ詳しくなった。

 でも、――行き着くところはきっと変わらない。

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