第5話 偽りラストチャンス
「かんぱーい!」
金曜日の夜、居酒屋に声が響いた。
かなえの後輩、美智子が勝手にセッティングした三対三の合コンが始まった。
男性陣は、川西遼、西森蓮、石山周大の三人。女性陣は、かなえ、美智子と共に、浜野明日香を加えた三人だ。
「じゃあ、まずは自己紹介から。川西遼28歳です。遼って呼んでください。今日は真剣に一夜限りの相手を探しに来ました!」
「おいおい!」
「もーやだー」
はいでた、持ち帰り男!冗談半分、本気半分。
くだらないやり取りが早速始まった。
わたしは今、人生において無駄な時間を過ごしているのではないか?
「えー西森蓮28歳です。にっしーとか蓮ってよく呼ばれてます。チワワ飼ってます」
「ワンちゃん飼ってるんですね!うちにはミニチュアダックスがいます」
ほらでた、女子ウケ狙い!
どうせ、チワワ見にうちに来ます?のためだけに飼っているチワワだろう。
チワワがかわいそうだ。
「石山周大27歳です。シュウって呼んでください。音楽が好きで、夏になるとよく野外フェスとか行ったりします。カラオケも好きなので、今から二次会が楽しみです」
音楽かぶれか、絶対チャラ!
フェスに行くような男はどうせチャラ男で、ろくなことがない。
え……今わたし、ここにいる男性全否定じゃん……
「浜野明日香26歳です。あすぴょんって呼んでください。実は福岡出身です」
「え、博多弁喋ってよ!」
「えー。好きになったっちゃけど、どうしたらいいとー?」
「あすぴょん、かわいーー!」
うーわ、秘密兵器、方言参上!
男性一同からの可愛い頂きましたー!
「はい、星田美智子26歳です。得意料理はオムライスで、ケチャップでハート書いちゃいます。みっちゃんって呼んでくださいっ」
「へーみっちゃんは、家庭的なんだね」
お前そんなキャラだったのか!
いつ変貌を遂げた!!
オムライスが作れるだけで家庭的?
手作りチョコとか言って溶かしただけのチョコ配るんだよね。
手作りって言うなら、まずカカオから作れや!
「先輩の番ですよ」
わ、わたしの番だと!?
何も用意してない。この流れで一体何を……
「えー中条かなえ35歳です。かなえと言っても、これといって何も叶えれてません。最近は一人でラーメン屋に通ったり……してます」
「おっ?ラーメン女子?」
「まぁでも、ラーメンがすごい好きなわけでもないんですけど……今行かずにはいられないというか……なんというか……今日は一応、結婚相手を探しに来ました」
「…………」
その場が静まり返った。
時が一瞬止まった気がする。
「なんて呼んだらいいですか?」
「かなえでも、かなえさんでも、大丈夫でーす……」
かなえは苦笑した。
「じゃあ、かなえさんで!」
一気に距離をあけられた気がする。別に縮める気もないんだけど。
てか、逆にこれで、かなぴょんでーすとか言ったらドン引きだろ!
わたし以外は皆20代。わたしは明らかに後輩の引き立て役だ。
何がラストチャンス掴んでくださいだ。結局、全部お前のためじゃないか。
来なきゃよかった。本当に来たい場所はここじゃない。
なんとか合コンという行事を終わらせると、かなえの足は違う場所へと向かっていた。
暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。
奇妙なラーメン屋は、深夜でも同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。
何人かの男性客が黙々とラーメンを食べている。時間も遅いため、いつもより店内の客の数も一段と少なかった。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。
奥では店主らしき人物の手だけが見える。
かなえは、券売機で塩ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。
食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに塩ラーメンが出てきた。
かなえはラーメンを手に、テレビの横の席に座った。
大きなため息が出た。
今頃、あの一同はカラオケでも楽しんでいるのだろう。
わたしには関係のない話だ。
テレビの横にある古くぼろいノート。その横にはボールペンがひとつ。
かなえは、すぐにノートを手に取り開いた。
「あっ……」
そこには、続きの“文字”が書かれていた。
『人は何歳からでもきっと素敵に変身できる。改造しなくたって、自分を強く持っていれば。』
ノートにある“文字”をしばらく見つめ、やがて心の声を吐き出すかのように、かなえは続きを書いた。
『35のわたしは、おばさんだった。その場を盛り上げるようなことも言えない。話題について行けない。一人でラーメン屋に来るような女はガードの固い女だと思われるのだろうか?パンケーキ大好きでーすとか言えばよかったのだろうか?いや、それも年齢に合ってないから気持ち悪いだろう。男はただお持ち帰りがしたいだけだ。そこに結婚を考えての付き合いはない。結局は若い女が好きだ。女はわたしを横に置くことで、自分の若さを際立たせている。合コンほど無駄な時間はない。いつの日からか、ドキドキする気持ちも忘れてしまった気がする。この麺のように、わたしは伸びきってしまった。』
ノートを閉じると、少し伸びてしまったラーメンを見つめ、食べ始める。
塩ラーメンは思ったよりも、しょっぱかった。
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