第3話 言霊
「今日金曜日か……」
オフィスでかなえは呟いた。
「何かあるんですか?」
すかさず後輩の美智子が、かなえに話しかける。
また人の不幸話を期待しているのだろう。
「『その感情に名前をつけたなら』ってドラマ知ってる?」
「なんですか?それ」
「やっぱ、そうだよね。そうなるよね」
予想通りの反応だった。
そんなドラマ、わたしだって知らない。
あれは、地上波ではやっていないドラマだったのか。なら一体どこで?
まさか、あの店の中だけで流れている?
先週見た、奇妙な戦隊モノのドラマのことが頭から離れなかった。
そして何より、ずっとあのノートのことが気になっている。
夜、かなえは一旦帰宅した。
「やっぱり行こっ」
迷ったが、かなえは家を出た。
しばらく歩いていると、暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。
どうやらそれは、ラーメン屋らしかった。
先週と同じ光景で、奇妙な店は昔からあったように同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。
数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。
奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。
かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。
食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。
どうやらこれも、先週と同じ光景だ。
かなえはテレビの横の席に座った。
テレビでは、『その感情に名前をつけたなら』の先週の続きが放送されていた。
× × ×
改造人間になった若い男シオンは、愛するアルマを救うため、怪人エモーションのもとへ。
シオン「出たなエモーション!アルマを返せ!」
エモーション「出たなも何もないじゃないか。そっちからやって来たんじゃないか」
シオン「もう昔のシオンじゃなくってよ」
× × ×
ついているテレビを見ている者はおらず、皆黙々とラーメンを食べていた。
テレビの横にあるノートに目が行く。古くぼろいノート。その横にはボールペンがひとつ。ラーメン屋の油でも吸ったのか、ノートは少し波打っていた。
かなえは、ノートを手に取り開いた。
「あっ、書いてある!」
そこには、続きの“文字”が書かれていた。
『僕達の心は、理性を失い、怒りと憎しみに満ちた時、きっと怪人以上に化け物になってしまう。』
かなえは、思わずテレビに目を向けた。
× × ×
変身し、エモーションと戦うシオン。
× × ×
このラーメン屋で、テレビに目を向ける者はいないと思っていた。
しかし、このノートに“文字”を書く人物は、このドラマを見ている。
ノートにある“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。
『誰かを救えばヒーローで、危害を加えれば怪人。それは人間の物差しでしかない。別の生き物から見れば、人間は怪人かもしれない。いや、改造してしまえばどちらももう化け物じゃないか。』
かなえはノートを閉じた。
どうやら、少しラーメンが伸びてしまった。
かなえは慌ててラーメンをすすった。
言霊。それは、言葉に宿っていると信じられている不思議な力。
『ことだま』、この店のノートの“文字”にも何かが宿るのだろうか。
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