あまのじゃくな氷室さん後日談SS

広ノ祥人/MF文庫J編集部

あまのじゃくな氷室さん 後日談

後日談1 付き合ってその後の氷室さん

 俺、田島たじま愛斗あいとがめでたく氷室ひむろ涼葉すずはと付き合い始めてから、早二週間が経とうとしていた。

 相変わらず素直になれずつい思ってもないこと口走ったりや、気持ちが高ぶるとついキレッキレの毒舌を口にしちゃう彼女の苦かわいい個性はご健在だけど、まぁそれなりに上手くやれていると思う。

 そんなあまのじゃくな氷室さんと恋人関係になって、ハッピーエンドはハッピーエンドだったんだけど……実は今、とある問題に直面していた。

 それは――

「愛斗君、大変よ!」

「ど、どうしたんだ涼葉? そんな血相変えて……」

「ほら先週、進路希望の提出があったでしょう。何故か私、担任の先生に呼び出されて説教されたあげく、再提出をもらったの。馬鹿なことを書くなって。後、第二希望以降もちゃんと書けと。うう、おかしいわよこんなの……」

「は、進路希望の再提出? 一体何でまた……涼葉の学力なら難関大学だって十分狙える範囲内だろ。それこそ芸大現役合格一本勝負だとか、そんな学力とは違う世界を希望しない限り、よっぽど反対されたりは――」

「もちろん。私はちゃんと現実的な進路を提出したわ。愛斗君のお嫁さんって。そしたら……『付き合い始めで浮かれたい気持ちはわかるが、程々にしておかないと後々絶対後悔するぞ』なんて、深いため息と冷ややかな目でそう言われて……。もう、後悔って何よ、するわけないじゃない。後、なんで嫁ぎ先の第二希望を書く必要があるのか意味不明よ」

「そ、そうか……」

 カノジョになった涼葉の色ボケぶりが逸脱し過ぎていて色々とヤバイ……。

 デレた涼葉の変貌振りが強烈すぎたこともあって、俺達の交際は一瞬で学校内全域へと知れ渡ることになり、気が付くと校内で一躍有名なバカップルと評されるようになっていた俺達。ちなみに俺は、あの氷室涼葉にどんなに邪険に扱われようがめげることなくアタックし続けて氷の女王を口説き落とした男として、謎の賞賛を浴びることになったんだけど――実は最初からずっと両想いだったんですって言っても誰も信じてはくれなさそうだ。

 今は休み時間になった途端、別のクラスである涼葉が俺の席へともの凄い剣幕で駆け寄ってきたものだから何事かとヒヤヒヤしたけど――蓋を開けてみればまた別の意味で困惑させられていた。何だこれ。どう返せばいいの?

「愛斗君ももちろん、『涼葉と結婚』って書いてくれたのよね。まだ、呼び出されたりとかはしてない感じかしら? この酷評は恐らく、高校時代に付き合ったカップルがそのまま結婚に至る割合の低さが統計的なデータとしてあるのが原因だと思われるのだけれど……大丈夫よ愛斗君。私達の愛の強さが本物だと熱心に訴えれば、きっと余計な心配だったと納得してもらえるはずだから。ええ、さっきはたぶん私が一人だったから勝手に盛り上がってるだけだと誤解されたのね。愛斗君の時は私も同行するわ。この困難を夫婦の絆で乗り切りましょう!」

「いや、俺はその、普通に志望してる大学の名前で全部埋めたけど……」

「何でよーもう!」

 涼葉が拗ねるように地団駄を踏んだ。付き合い始めてからの彼女は、今みたいに俺への気持ちを表にも出してくれるようになってくれてて、それ自体はとても嬉しいんだけど――何で感情表現の振り幅が0か100のどちらかしかないんだろうか……。

「落ち着け涼葉。ほら、進路希望って高校卒業後にどこへ進むかを書くものだろ。結婚すると言ってもまだ先の先の話だし。そりゃ話が飛躍し過ぎてて先生だって戸惑うと――」

「へ? 私としては高校卒業後、すぐに籍を入れるつもりでいたのだけれど。だって、法的には何も問題ないわけでしょう」

「法的にはよくてもだな、それ以上の問題が色々とあるだろ」

「それ以上の問題? はて、法以上に着目すべき問題なんて私には見当も――は! も、もしかして愛斗君、やっぱり私みたいな女とは結婚したくなくなったとか……?」

 妙な誤解をし始めた涼葉が、この世の終わりみたいな顔を浮かべてうな垂れ、くずれ落ちた。

「……あ、あの、愛斗君。差し出がましいかもしれないけれど、私にチャンスを頂けないかしら? その、頑張るから、考え直す機会をもらえると嬉しいのだけれど……」

 机から半分だけ顔を覗かせた涼葉が捨てられたチワワみたく瞳をウルウルさせて、訴えかけてくる。く、うちのカノジョが何しててもかわいすぎて、叱るに叱れない。

 と、苦い顔でどう宥めるべきか悩んでいると、

「はぁ、あんたって人はまた……」

 席が隣で俺達のやり取りを一部始終見ていたみやびが、ため息を吐いて辛辣な視線を向けた。

「何かしら砂城さじようさん。これは夫婦間の問題なのだから、部外者が勝手に割って入って来るのは止めてもらえるかしら」

「まだ夫婦ってわけじゃないでしょ。つーかいくらカノジョになったからって、自分の希望ばっか押しつけようとするのはどうかと思うんですけどー。ほら、愛斗だって戸惑ってんじゃん。それとも、あんたの幸せは好きな人の妥協の上に成り立ってても別にいいってわけ?」

「むぅ」

 雅の強い批判の声に、氷室が口を苦くさせて押し黙る。情けないかもしれないけど、俺ではどうしても涼葉を甘やかせてしまいがちな部分があるからちょっと助かった。すぐ傍に、な視点で彼女にガツンと言ってくれる人がいて――

「はーそんなんだから、あんたは担任に進路希望突き返されたんでしょ。毎年多くの学生の進路を見届けてきた教育者としての経験と勘から、この二人が結婚しても上手くいかないって看破されたってことじゃん」

「あら、根拠のない言いがかりはよしてもらえる砂城さん」

「残念だけど、根拠ならあるし。だって、アタシもあんたと同じように『進学(ゆくゆくは愛斗のお嫁さん)』って書いたけど、普通に受理されたもん」

「「はぁ!?」」

 俺と涼葉の驚きの声が重なる。そんな瞠目する俺達の前では、雅が人知れずしたり顔になっていて、

「それどころかアタシの場合、担任に呼び出されたと思ったら『辛くなったら、一人で抱え込む前にいくらでも先生に相談しなさい』ってすっごい暖かい目で応援されてさ。これって、周りから見てアタシの方がどう考えてもお似合いってことでしょ。現に氷室さんは駄目だしくらってんだし」

 得意げにそう告げた雅。

「いや、それはその……」

 俺は思わず言葉を詰まらせる。それって恐らく、俺と涼葉の関係が周知されているからこそ、雅を下手に刺激するのが怖かったとかそんな予感がしたから。

「嘘でしょ……」

 が、涼葉の方は雅の言葉を実直に受け取ったらしく、まるで零点の答案用紙が返ってきたかのように、顔を真っ青にさせて絶句させていた。

「あ、愛斗君はそう思ってないわよね……? ほ、ほら、こういうのは周りがどうこうではなく、当人同士の気持ちが一番大事だからその……」

「ちなみに、アタシの方は乗り換えいつでもウェルカムだよー愛斗」

 オロオロとした様子で懇願するような視線を向けてくる涼葉と、それを横目に茶化すような笑みを浮かべる雅。

 もちろん、俺の気持ちが変わることなんてあるはずがない。ただなぁ……やっぱ涼葉の浮つきぶりには、一度ちゃんと釘を刺しておいた方がいいよな? これからずっと一緒にいる関係なんだ。悪いことは悪いってちゃんと指摘出来る関係性の方が絶対にいいに決まってるし。最初が肝心だよな。よし!

「なぁ涼葉」

「な、何かしら」

「何事も分別ってものが大事だろ。それに涼葉って生徒会長をやってたこともあって、クールでお堅いイメージが強く、恋愛には余り興味なさそうな印象が強かったと思うからさ。そんな涼葉がいきなり『結婚』とか言い出したらそりゃ先生だって戸惑っちゃうっていうか。ほら、ガリ勉だった女の子がある日急に金髪のギャルに変わってたら、誰だってビックリするだろ。そんな子がどう正論を述べたところで、今の彼女はどう考えても正常じゃないって、半信半疑にしか受け取られないと思われないか?」

「な、なるほど。確かに私は、客観的にはそのイメージの方が強いものね……」

「だろ。それに結婚だって法的には問題なくても、それ以上に色々と困難なことが多いからこそ、みんな社会に出て生活が安定してからしてると思うんだよな。それを愛があれば問題ないとか非論理的な理由でゴリ押そうとするのは、流石に俺でもかしこくて頭の回る涼葉らしくないなって思うぞ」

「うぅ……」

 涼葉が罰の悪そうに顔を背けた。俺はそんな彼女を窘めるように、頭にぽんと軽く手を乗せる。

「ま、付き合えて嬉しいって気持ちは俺だって一緒だから、舞い上がっちゃう気持ちだって十分共感出来るし、そこはちゃんとわかってて欲しいな。ただ、そういうのは焦らずゆっくり二人で考えていくべきなんじゃないか。両想いだってのにお互いの気持ちが通じ合うまで一年近くかかった俺達だぞ。早まったら絶対碌なことにならないって」

 子供をあやすように優しくそう諭すと、涼葉の艶やかな黒髪をゆっくりと撫でた。くすぐったそうにした涼葉が目を細め「ん……」と小さな声を上げる。

「……そうね。どうやら私、浮かれすぎて目の前を見失っていたみたい。素直に反省するわ。ごめんなさい」

 姿勢を正した涼葉が、そう言って粛々と頭を下げた。

「私、ちゃんと書き直して提出してくるわ。ごめんなさい愛斗君。変に困らせちゃって」

「いいよこんくらい。だって俺はその、涼葉のカレシなんだしさ」

 格好良く締めようと試みるも、少し気恥ずかしくなって口ごもってしまった。さっきから隣で雅が「けっ」と、とってもつまらなさそうな視線を飛ばしているけど、これは触れないでおいた方がよさそう。

「ふふ、ありがとう愛斗君」

 優しげに微笑んだ涼葉が、踵を返して教室から去って行こうとする。

「――あ、そうだわ」

 が、何かを思い出したかのように立ち止まると、こっちに戻ってきて、

「迷惑をかけたお詫びがまだだったわ」

「お詫びって。いいよそんなの。だいたいさっきも言ったけど貸し借りとか考える仲じゃ――」

「駄目よ。それじゃ私の気が済まないもの。ということでお詫び開始させてもらうわ」

「へ?」

 戸惑う俺を余所に、涼葉は両腕で包み込むよう不意にぎゅーっと抱きついてきた。

「これは詫びハグよ」

「詫びハグ?」

「そう、貴方の大好きなカノジョからの抱擁なら、流石にモンスタークレーマーな愛斗君でも押し黙って納得せざるを得ないだろうって言う一種のパワープレイよ。別に私がしたかったわけではなく、罰で仕方なくやっているということを忘れないでちょうだい」

「そ、そうなんだ」

「ええ、そうよ。うふふ」

 今日もうちのカノジョがめんどくさかわいくて困ってますが、俺は幸せです!



 次の日。

「大変よ愛斗君!」

「ど、どうしたんだ涼葉。今度は何があったんだ?」

「また再提出くらったの。おかしいわよね。今度はちゃんと『旦那と同じ大学』(同棲したいからたぶん県外)って現実味のある解答を書いたのに。……わからない。もうどういった内容を望まれているのか全くわからないわ。うぅ」

「おい、お前は昨日何を理解して帰ったんだ」

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