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 細身の影を背後に感じながら、暮らしている村を横切り、裏山へと向かう。


 カトゥッロが指導して作成した肥料が施してある小麦畑は、金色の穂を夏の風に揺らしていた。


〈この村で暮らし始めてから、どのくらいになるだろうか?〉


 頭の中で、指を折る。


 カトゥッロが、自分の中に眠る『知識』に気付いたのは、三年ほど前のこと。老齢だった夏炉の王が亡くなり、残された少年王を巡る争いから逃れるために夏炉の都から春陽へと向かっていたカトゥッロは、この、山の中腹に位置する村の下を通る山道で盗賊達に襲われた。頭を殴られ、気を失ったカトゥッロは、しかし幸運なことに村人達に拾われ、この小さな村で傷の手当てを受けた。自分が、この世界とは異なる場所から『転生』してきた『転生者』だと気付いたのは、この村で目を覚ました時。


 仕事に追われ、疲労を覚えるままに書類だらけの机に突っ伏した記憶と、土砂降りの雨の中、しっかりとした鎧を身に着けた盗賊達が振り下ろした剣の鈍い光の記憶が重なり、混乱を覚えたのも、昔のこと。今は、自分を助けてくれたこの村のために、『賢者』として、自分の知識を披露している。電気も、上下水道も、ガスも無いが、それでも、作物は村人達が余剰分を売りに行くことができるくらいの収穫になってきているし、子供達の風邪も、少なくなっている。概ね、良い生活だ。カトゥッロに向かって頭を下げる村人に会釈を返しながら、カトゥッロはひとりごちた。


「良い村ですね」


 不意のクラウディオの言葉に、はっとして振り返る。


 カトゥッロのずっと後ろで立ち止まっていたクラウディオは、しかしすぐに、早足でカトゥッロの側に立った。


「行きましょう」


 できるだけ早く遺跡を確かめ、『狂信者』の脅威を取り除かないと。小さく呟かれたクラウディオの言葉に、大きく頷く。ようやく得た安息を、失うわけにはいかない。あの多忙で苦しい日々は、まっぴらごめん。再び大きく頷くと、カトゥッロは裏山の方へと大きく歩を進めた。

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