第91話.休日の遭遇

 


 ジェーンと別れたルイゼは、魔道具店『片目の梟』と『無限の灯台』を巡っていた。


 今日は仕事ではないので、単純に遊びに行っただけなのだが、せっかくだからといくつか魔道具祭の話もしておく。


 今回、魔道具祭への全面的な協力を約束してくれたのは『無限の灯台』である。

 だが『片目の梟』も、当日はいくつかの珍しい魔道具を貸し出してくれるとのことだった。


 とても貴重なものばかりなので、それらは体験型のブースには組み込まず、展示のみを予定しているが、一般的には馴染みのない魔道具ばかりなのできっと来場客にも楽しんでもらえることだろう。

 店主のモーガンにお礼を言い、フクロウのウクに挨拶をしていると、すっかり夕暮れ時になっていた。


 アンティーク調のフクロウのドアベルが鳴く音を聞きながら、店を出たルイゼは、何やら大通りのほうが騒がしいのに気がついた。

 昼間ならまだしも、この時間に活気づいているのは珍しい。


(……でも、呼び込みの声じゃない?)


 不思議に思いながら通りへと出ると、遠目に露店の屋根の上を風魔法で跳ねるようにして駆ける男と――その後ろで何事か叫んでいる貴婦人の姿が目に入る。


(あれは……)


 ルイゼは目を細めた。

 男の手には、明らかに女性物だろうデザインのバッグが握り締められている。


 間違いなくひったくりだ。

 周囲を確認するが、通報が間に合っていないのか魔法警備隊の姿はない。

 街中で一般人が魔法を使うのは推奨されていないが、今は緊急事態だ。


 男が大通りを走り抜け、勝ち誇った顔をしたところで。

 ルイゼは低く囁いた。



「『ダークネス』」



 一瞬、男の身体を薄闇が覆う。


「ッなんだ!? め、目の前がっ……」


 男が急にバランスを崩した。

 そのまま勢いよく、地面に落下して転がる。

 そこに駆けつけた魔法警備隊が、男を素早く拘束するのを見て、ルイゼは止めていた深く息を吐いた。


 人に向けて魔法を使うのは、あまり好きではない。

 ルイゼは長らく光魔法を自ら封印していたし、闇魔法もリーナの振りをして授業に出るときしか使わないようにしていた。


 たった今使用したのは、闇魔法『ダークネス』。

 人や魔物に向けて放つと、数秒間の間だが相手の視界を奪うことが出来る魔法だ。


(余計なことだったかもしれないけれど)


 男が足を止めた瞬間に魔法警備隊がやって来たということは、おそらくは既に包囲していたのだろう。

 ルイゼは何も言わずその場を立ち去ろうとした。


 だが背後から「あの!」と大声で呼び止められる。


「あなたですよね? 今、闇魔法を使ったのは!」


 ルイゼは立ち止まらなかったが、前方に捕り物の見物人たちの人だかりが出来ているのを見て諦めた。


 振り返ると、魔法警備隊の制服――白服に身を包んだ、背が高く見栄えがする男性が立っている。

 服に緑色の差し色を使っているので、おそらく隊員の中でも役職者だろうとルイゼは思った。


 魔法警備隊とは、魔法省執行部の配下にある部隊で、主に王都の警護を全面的に担当している。

 魔法を使った犯罪を取り締まることを目的に設立されたという背景もあり、魔法の腕に優れた選りすぐりの人々が配属されているそうだ。


 彼らの活躍のおかげで、アルヴェイン王国の王都は他国と比較しても事件や事故が少なく、治安が良いと有名だ。

 しかしその代わり、魔法警備隊には魔法に関してのプライドが高すぎて高圧的な態度を取る隊員も多い……と耳にしたことがあった。


 だが彼の顔つきを見るに、民間人なのに魔法を行使したルイゼを責めるつもりはなさそうだ。


「素晴らしい魔法の腕前ですね……あれほど距離が離れているのに、正確にあの男だけに魔法効果を発動させるとは」

「ありがとうございます。ですが、警備隊の方々の邪魔になってしまったみたいで」

「とんでもない! 助かりましたよ。我が隊にも、あれほど迅速に魔法を使える隊員は居ません」


 明らかにお世辞だったので、ルイゼは微笑だけで流そうとした。

 だがそこに、ひとりの女性が近づいてくる。


「ノイン。何してるの?」


 兎の耳のように結った金茶色の髪の毛を揺らしながら。

 強気なワインレッドの瞳を、不思議そうに向けてきたその人が――目を見開く。


「エニマ様……」


 まさか休日にまで彼女と顔を合わせるとは。

 とルイゼは驚いたのだが、そもそもエリオットは魔法省執行部の部長で、同時に魔法警備隊の隊長を務めている才女なのだ。


 だから、この場にエリオットが居るのは道理ではある。

 彼女もルイゼを見て気まずそうな顔をしていたが、一秒後には開き直ったようにつっけんどんと言い放つ。


「こんなところでどうしたの? 『片目の梟』に近いけど……もしかして休日まで仕事してたとか?」

「エニマ様こそ、休日を取ると仰っていたのに……」

「…………」


 言い返せなかったのかエリオットが黙り込む。

 微妙な空気に気づいているのかいないのか、ノインと呼ばれた青年がにこやかに口を開いた。


「お知り合いですか、エニマ隊長」

「……まぁ、知り合いよ。ルイゼ・レコット。魔道具研究所の研究員」

「え? どうしてこんなに優れた魔法の才能を持つ方が、魔道具研究所なんかに?」


 エリオットが視界の端で「あっ」というような顔をしていた。


「カビ臭い研究所なんかより魔法警備隊に勧誘するべきです。そのほうがよっぽど、この方に相応しいでしょう」


 フン、と鼻で笑うノイン。

 ルイゼはにこやかな表情のまま――そんな彼の目の前まで近づくと。



「――三週間後の週末、魔道具研究所で魔道具祭というイベントが開催されます」



 何か得体の知れない迫力を感じたのか、ノインが僅かに後退る。

 しかしルイゼは、そんな彼にずずいっと再び近づいた。


「ぜひ、ぜひお越しください。楽しい一日になるとお約束しますから!」

「あ、あの……はい。分かりましたから……」


 思いを込めて見上げると、何故だかノインの顔がほんのりと赤い。

 だが彼は、じとっとした目で上司に睨まれているのに気がつくと慌てて背筋を正した。


「そ、その日は非番ですので……時間が取れれば伺います、ルイゼ殿」

「ええ。お待ちしております」

「……もうそのへんでやめてあげてくれる?」


 動揺しまくりの部下をさすがに放っておけなかったのか、エリオットがルイゼの肩を掴もうとする。

 だがその手から庇うようにして、ルイゼは肩を引き寄せられた。


「!」


 驚いて見上げた先には。



「……マシュー様?」



 ブルージュの髪の青年。

 夜会で出会ったマシュー・ウィルクが、厳しい顔つきをして立っていた。



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