ド底辺デビュー
動画投稿について、さっそく色々調べてみた。
定期更新。SNSの活用。目に止まるサムネイル。チャンネルのテーマ性。人の目に止まり、人がそこに留まるためのノウハウがたくさん紹介されていて、今まで見るばかりで全く考えたこともなかったけれど、相当に開拓の進んだエンターテイメントなんだと再認識する。
小中学生のうちでなりたい職業ランキング上位に位置するこのビューチューバーなる連中のことを、彼らが何をして動画作りをしているのかを、あまりに知らない。別に俺がそれになるわけではないけれど、ただ投稿するばかりで人の目に止まらないのでは意味がないと思う。
どうせやるなら。そう思いながら、まずはアカウントを作ってみる。
「ハルタの日常」
というタイトルにしてみた。諸々の設定を済ませて、試しにスマホで一本撮ってみようと思った。
「はい、どうもー」
小っ恥ずかしい。なにやってんだ、という思いが俺を縛る。
「ハルタの日常、今日から投稿開始ですけどね。まあ、一日一本動画を上げながら、俺が一万円で一カ月を生き抜く様を紹介するみたいな。そんなチャンネルにしようと思ってます」
顔がひきつり、表情もうまく作れない。まあ、試し撮りだからこんなものだろう。
玄関に放り出していた食材のビニールをスマホの前に提示し、中身を見せていく。
「僕がこの前までバイトしてた喫茶店からもらってきましたー。パンの耳と、賞味期限切れのウインナーと、あとは——」
なかなかいい感じではないだろうか。撮影時間は気付けば十五分ほどになっている。
「喫茶店も今キツいみたいなんでね、こうして捨てるものを引き取って社会貢献してるんです」
そろそろ締めだろう。明日は、ほとんど使うことのない小さな台所でこれらを何かしら調理してみてもいいかもしれない。
「というわけでね、ハルタの日常、これからもお楽しみに」
スマホに手を伸ばし、録画を止める。
しばらくの間、無料の編集ソフトのダウンロードを待つ。古いモデルだから息してるか、と何回も声をかけたくなるくらいに時間がかかったが、どうにかそれもクリアすることができた。
撮影した動画を取り込むのにはもっと時間がかかった。途中でエラーになったりして何度もやり直し、いよいよ編集スタートというときにはもう深夜になっていた。
右も左も分からないまま、ネット上の記事やアドバイスを参考に切り貼りをしていく。無料ソフトだから大したことはできず、それでも俺のパソコンには負荷がかかりすぎるのか、何か変わったことをしようと画策する度に動作が止まってしまうが、かえってシンプルな編集の方が視点がブレなくていいかもしれない。
チャラチャラした内容ばかりを上げているビューチューバーと違い、俺はストイックにありのままの日常を提示する。そういう路線でいこうと思った。
編集が終わり、試しにアップしてみる。カビ臭いカーテンの向こうの世界では、もうスズメが鳴いている。これほど何かに没頭することも絶えて無かったから、なんだか清々しい。
毎日、撮影、編集、投稿を繰り返した。
一週間が経ち、はじめてのチャンネル登録者があらわれた。再生時間なんかもチェックできるが、あまり長くは留まっていないらしい。
最初だから、こんなもの。登録者が増えれば、もっと見てもらえる。そう思っている。
二週間が経った。また登録者が増えた。はじめてのコメントも入った。それは、一言、
「社会の闇を見てるなあ」
というものだった。
何言ってんだ、と思い、無視することにした。
続けて、三週間。二十本以上の動画をアップしてはじめての評価。親指が下を向いている不吉なバッドボタンだった。何にでも批判したい奴はいるから、バッドでも評価の証。見られている証拠だ。
そこで、ぱったりとリアクションは止まった。
チャンネル登録者数、二人。 SNSの方にも音沙汰はない。どうやら、俺はビューチューブの世界においてもド底辺からは脱け出せないらしい。これほど没頭し、毎日パソコンにかじりついて腰と首を痛めても、得られたものは賛同的でないコメントと、バッドが一件ずつ。
だが、ここで折れないのが俺だ。相撲の世界でも通用するほどの粘り腰で、どうにかこの土俵に留まってやる。
世の中は、ゴールデンウィーク。在宅でダラダラしながらビューチューブという人も多いだろう。
俺の悲惨な食生活を紹介するため、喫茶店に足を運ぶ機会も増えた。大家さんは俺が職探しに頻繁に出ているのだと勝手に思い、もう一カ月家賃を待ってくれることになった。
一人暮らしの無職男が毎日やることを見つけ、キッチンにも立っている。動画に映るから、と思い、部屋の片付けもした。俺は、間違いなく生まれ変わっている。あとは、世の中がそれを認めるだけだ。
はじめ、すぐに実にならなくてもいい。いずれ、一発当たるはずだ。
どうしてるだろうか、と思い、モカのページを覗きに行った。この前撮影した動画がアップされていた。
編集者の目で見ると、やはり見やすい。コメント欄をチェックすると、例のフタスジオオキモムシが足跡を残していた。
流れてゆく景色。モカの声。あの喫茶店のくだりもあった。
「大学の同期に遭遇!!」
と効果音付きでテロップが入り、モカが連呼する俺の実名のところにご丁寧にピーが入れられていた。
なんだか、こそばゆい。いや、嬉しいんだろう。見終えた俺はより一層奮起し、またスマホの撮影ボタンを押した。
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