ラントヴィー④
王――俺たちの父親は、中央片に住んでいる。
殆ど会うこともなく、式典で遠くから姿を拝見する程度だ。
自分のことは自分でやるよう教えられる俺たちにとって、王は決して身近な存在ではない。
彼の話は筆頭侍女長であるユーリィからごく稀に伝えられるだけ。
だからこそアルシュレイが襲われたかもしれないこの状況で連絡がなくとも、俺は不思議にも思わなかったんだ。
でも。でもそれは――異常だったってことか?
あれこれ考えていると、リリティアが細い指を口元に当てて言った。
「……ふむ、王も術を使えるということだな。そうするとラントヴィー。それを見ることができたお前の術は王より強かったということになる。……見せてみろ」
「
リリティアの言葉に、ラントヴィーは小さく息を付き、そっとスプーンを手に取った。
そして――。
「……祝福を、ここに」
ぽ、と。ラントヴィーの蒼い瞳が光る。
柔らかな蒼い光が彼の周りに浮かび上がり……スプーンに宿った。
「ほう、なかなか素質があるな。そうか、この時代の王族でもここまでの者がいるのなら……」
リリティアはそう言って、俺をちらと見た。
「リヒト。次にやることが決まったぞ。お前と第一王子とやらの呪いを浄化することができるかもしれん」
「本当か⁉ ……それで、やることって?」
俺が聞き返すと、リリティアはにっと頬を持ち上げた。
「――墓荒らしだ」
「は、墓荒らし?」
「そうだ。王が王子を狙った理由は不明だが、さすがにいきなり捕らえるのは難しかろう。そこで、地下の呪いを浄化し第一王子とやらを起こすことを最優先とする」
リリティアはそう言って、俺に向かって蒼い双眸を細めてみせた。
「……封印具を作るのに、なにが必要か覚えておろう?」
「うん――
俺が答えると、彼女は満足そうに頷いてラントヴィーを見る。
「さてラントヴィー。そういうわけで王族の墓所に行きたい。……お前のように
「……封印具……呪いを収めて浄化する器か」
ラントヴィーは独り言のように呟いて考え込む。
……リリティアはそのあいだに、チョコを優雅な所作で口に運んだ。
するとラントヴィーは「失礼」と言って席を立ち、本棚から一冊の本を持ってきた。
「話した通り、王族たちはどこかに隔離されていると推測される。……リヒトルディン。お前はよく城の噂を嗅ぎ回っているだろう? それでも漏れ聞こえていないのは異常だ。だとすればやはり、地下――」
開かれた本の頁には城が横から描かれていて、中央片の真下に大きく丸印が付けられていた。
これも術によって隠されていたのだとラントヴィーが教えてくれる。
――ラントヴィーは俺の行動も知っていたんだな。そんな素振り見せたこともないのに。
リリティアは「やはりそうなるか」と呟いて、最後のクッキーを大切そうに咀嚼する。……あんなにあった茶菓子は殆どが彼女の胃袋の中だ。
そしてクッキーを食べ終えると、彼女はナプキンで優雅に唇を拭いて告げた。
「――ふむ。よい茶会であった。ラントヴィーよ、もし王を見かけたら近付くなよ。それと、もうひとつ――王家の墓所を見つけた際は手伝ってもらう」
「……かしこまりました」
ラントヴィーはすぐに立ち上がるとリリティアの席に周り、椅子を引く。
――はあー、すごいなラントヴィー。
感心していると、ラントヴィーはため息を付いて俺にキツい眼光を浴びせた。
「リヒトルディン。王子たる者、女性を持てなすことを怠るな」
「……あはは。ラントヴィー、俺が『出来損ないのリヒト』だって忘れてないか? 俺にはそんな機会なかったよ」
笑って返すと、彼は口角を下げて眉間に皺を寄せる。
「機会がないのはお前自身の問題だ。お前は王都の民や騎士、侍女たちからも信頼を得ている。それに今日、あのクルーガロンドですらお前を気遣っていたのを忘れるな。――
…………え、えぇ?
リリティアはそれを聞くと、まるでどこかの姫君のような美しい所作で礼をした。
「気遣い、感謝しようラントヴィー。……それから、そう虐めてやるな。これでも私はリヒトに助けられているのだ」
それを聞いたラントヴィーが彼女に優しく微笑むのが、なんだか腑に落ちない。
信頼を得ているなんて実感もないし……なんだかむずむずする。
……ラントヴィーに見送られて廊下に出ると、甲冑がふたり立っていた。
ひとりが無言で付いてきたけど――話し掛けてこないのを見るにガムルトではなく、どうやら夜勤の騎士のようだ。
リリティアは既に聖域を展開していて、俺の隣を歩きながら言った。
『――リヒト、明日からは地下探索に乗り出す。ガムルトへの言い訳を考えておけよ』
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