第372話 転生体の正体

「それで、その博士の願いは叶ったのか?」


 気になるのはそこだ。


 これだけ大掛かりがなことをしておいて結局念願がかなっていないのであれば意味がない。


「そうですね、数か月前まで叶っていなかった、というのが正しいでしょうか」

「ん?最近叶ったのか?」

「おそらくそうなりますね。博士は度重なる実験の果てに、危険はないということを判断して転生の術式を自分にかけました。その術式は死ぬたびに、この星の別の誰かに転生する魔法。これまで一億年以上転生を繰り返してきましたが、なんの因果か、はたまた呪いなのか。博士は恋愛という経験に恵まれなかったのですが、別の要素が入り込んだおかげか念願の恋愛の成就はなされたのでないかと思います」

「なんだか歯切れが悪いな?」


 バレッタにしては断定しきらないところが珍しい。

 彼女ならスッパリと言い切るところだと思うんだが。


 それにしても一億年以上、恋愛沙汰にならないとかどんだけ呪われていたんだろうな、その人。

 天才だけど、運がないな。


「それが何故か結婚までしたというのに記憶が戻っていないようなのです」

「それは不思議だな」


 確かに恋愛を経験出来たら記憶が戻るという話だったな。


 記憶が戻らなければ恋愛をしたとかしないとか判断できないしな。仮に他者に観測されているとしても博士本人がそれを実感しなければ意味がないだろうし。


「はい。まるで記憶が戻るのを拒んでいるかのように」

「そんなことあるのか?設定したのは天才なんだろ?」

「天才と言えども完璧ではないのですよ」

「それはそうだけどな」


 確かにバレッタが言う通り天才と言っても完璧な人間じゃないことはわかるけど、何か理由がありそうな気もする。


 バレッタも知らない何かが。


 それはそうと、バレッタが転生した博士の人生を知っているかのように振る舞っているな。


 まさか……。


「ええ、知っておりますよ。今現在の転生体が誰なのか」


 俺の疑問を先取りするように答える。


「それは誰なんだ?俺も知っている人物か?」

「それはもうよく知っていると思いますよ」


 俺の疑問にその作り物めいた美貌をにっこりと歪ませて返事をするバレッタ。


 俺がよく知っている人物だって?

 最近恋した奴なんて俺の知り合いでいたっけな?

 うーん、分からん。


「ここで一つヒントを差し上げましょう。博士は前世の日本人の記憶を持っていました。さらに、転生を繰り返す。という現象。そして名前はいつも同じになるように設定していました。これらに当てはまりそうな名前の方がいらっしゃると思いますが、いかがでしょうか?」


 俺はバレッタから与えられたヒントを吟味する。


 日本人の記憶を持っているということは俺と似たような常識を持っているということだ。そして転生を繰り返すというのは、いいかえれば輪廻転生。


 つまり……。


「リンネ……なのか?」

「え!?私?」


 俺が答えを呟くと、隣でリンネが突然自分の名前を呼ばれて驚く。


「ダメ押しで言わせていただくのであれば、リース・イングリド・ネルヴァ博士の頭文字をつなげて読むとどうなりますか?」

「リインネ」


 バレッタの言うとおりにしたら、彼女の言う通りダメ押しの答えが見えてくる。


「そういうことです」


 その答えを出した俺に満足そうにうなずくバレッタ。


「マジか……」

「マジです。恐らくですが、異世界召喚というイレギュラーによって、なんらかの呪いを受けていた博士の運命が変わり、今の転生体であるリンネ様とケンゴ様が出会い、恋に落ちてすぐに体を許し、遂には結婚に至ったわけです」

「改めて言われるとものすごく恥ずかしいんだけど……」


 俺が呆然と呟くと、バレッタが改めてリンネと俺の軌跡を語り、リンネが顔を赤らめた。


「リンネ、何か前世の記憶のことは思い当たることはないのか?」


 リンネが転生体だというのなら記憶がどうなっているか心配だ。


 いきなり前世の記憶が現れて今世のリンネの性格が上書きされてしまったら、それはもはや別人だろうからな。


「そういわれてもねぇ……。あっ、でもなんだかいろいろ研究していたりしていたような、全然自分とは関係なくて見覚えもない夢は何度も見たことがあるわ。アニメも記憶にないものを思い出してきたような気もするかも」

「なるほど。そのようになっているのですね」


 リンネの説明にバレッタは理解を示す。


「どういうことだ?」

「おそらく、今世の人格や記憶などを壊さないように、あくまでこういう記憶があった、という感じで思い出すような仕組みになっているんだと思います」

「それじゃあ、最終的には、今の人格は変わらないけど、データとしての記憶は全て思い出すと?」

「おそらくは。これは私にも確かなことは言えませんが」

「まぁ、俺はリンネが変わらないのなら別になんでもいいけどな」


 記憶を思い出そうが、リンネの俺を好きって気持ちが変わらないのなら問題ない。博士が各世での人格に配慮してくれてたなら何も言うことはない。


「か、変わるわけないでしょ!!意地でも変わらないわよ!!この気持ちは前世になんて負けたりしないわ」

「勿論信じてるって」


 不機嫌そうに叫ぶリンネを俺はギュッと抱きしめた。

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