第13話 英雄と無加護③

「…すぅ…すぅ…」


「先生…。ゼノンの…様態はどうですか?」


「大分安定してるわね。ミオさんのおかげですよ」


「い、いえ、…まだまだです……。…私は回復はできても戦闘はまだできません…」


「そう焦らなくてもいいのよ。『聖女』なんて言う重圧は計り知れないかもしれないけどあなただってまだ16歳なんだから。まだまだ伸び代はあるわ。今日はもう帰りなさい」


ニム先生に宥められるがそれでも表情は少し和らぐだけだった。


(ゼノンを守る…。そのために頑張ってきたのに…。何も出来なかった。それどころかゼノンは私より……)


そんな複雑な感情を抱きながらゼノンの看病をするミオ。


「わ、分かりました…。あ、コレ起きたら彼に渡してくれませんか?」


「これは……、なるほど。分かりました…」


「失礼しました」


パタンとドアが閉まり、ゼノンとニム先生の2人になる。と言っても1人は睡眠状態だが。



『ゼノン…!ゼノン…!!起きて!』


『んぁ、ミオ。ここは………』


『おら!ゼノン!早くしろ!!荷物持ちのくせにおせぇんだよ!!』


(そうか、ここは夢の中か…)


目の前に現れた夢の中で見た事のある人達を見てゼノンはここが夢の中だと気づく。


(さてさて、今回はどんな悪夢ゆめなんだ?)


ゼノンは立ち上がり、アルス達に食らいつくように走った。


『スカーレットさんはよく勇者パーティーわたしたちの冒険について行く気になりましたね。しかも無加護で荷物持ちなのに。それに加えてほかのみんなにもよく思われてないことぐらいわかっているでしょう?』


戦いが一段落して休憩中の今、勇者パーティーの1人が俺に話しかけてくる。意外とここでは俺が無加護だからという差別はあるが、接してくれる者もいた。最もそれは目の前の───とミオだけだが。


それ以外の全員は俺をゴミのように思っていて、毎日のように魔法をかましてきたり、暴力を振るってくる。俺はそれに耐えていた。


『え、えぇ……。僕も情けないと思いますよ………。その……昔約束したんです。みんなで勇者パーティーなろうって。アルスとミオと。それでその……………す、すみません!本当につまらない理由で!!』


『そうですか。まぁつまらなくはなかったですよ。ただ…、言ってもいいならおそらく彼はそんなこと覚えていないと思いますよ』


───は今もミオを口説こうとしているアルスを指す。ゼノンはミオを口説こうと思うならほかの女性との交友関係をどうにかしたらいいのに…と思ってしまう。


『そ、そうかもしれませんね……。で、でも……無加護の僕が勇者パーティーになればも、もしかしたらこの世界のほかの無加護への態度も変わるかなって思って………。や、やっぱり僕、才能だけで決まるこの世界を変えたくて………』


『………なるほど。それは面白いですね』


そう言って───はゼノンに微笑む。その笑顔はとても美しく女神のようだった。


『───さん!!何してるんですか!!こんな無加護と話していてはあなたの品位が下がる!!こっちにきて僕と話しましょう?おい、無加護さっさとどけ!!』


そう言って2人の元に来たのは賢者だった。


『う、うん……。わかった……』




そして……いつのように場面が切り替わる。


(あぁ、俺はこの景色を知ってる。そうだ。確か、これは二回目に見た夢だ)


そして幾度となく繰り返して見てきた夢でもあった。だから知っている。嫌という程見てきたこの夢の結末を。


その日は雨だった。


『───さん!!───さん!!しっかりしてください!!今…絶対に助けますから!!!クソっ!!なんで回復薬も効かねぇんだよ!!!』


『……もう……いいわ……。心臓…を…やられ…たん…だもの……。もう……助から…ない……』


『大丈夫です!!絶対に助けますから!!!』


───の胸には穴が空いていて、血が溢れんばかりに出ている。そしてその血が雨とともに流れていく。


『…最後に…お願い…が……ある……の……』


───はゼノンの頬に血塗られた手を伸ばす。ゼノンはその手をしっかりと掴んでいた。


『……いつか……私に……もう一度…出会えたら────────』


『はい!!───さん!!!』


ゼノンの返事を聞いた彼女は……笑った……。


そしてそのまま……ゼノンの頬に触れていた手はゆっくりと地面へと降ろされた。



『ふっうっ……うぐっ…うわぁぁぁあぁぁあ!!!!!!』


(強く…なりたい!!!)


そこでゼノンの意識は引き戻された。







そしてミオが帰ってから1時間後の事だった。


「……ん……ぁ……ここは……俺は…確か……!!」


ゼノンが目を覚ました。ゼノンはすぐに自分の記憶を辿る。


「そうだ…。たしか俺は……」


「あ、気がついたようですね」


上手く記憶が思い出せないゼノンの前ににニム先生がゼノンの前に姿を現す。


「今は軽く混乱しているでしょうけど、大丈夫です。とりあえず自己紹介です。私はニム先生です。保健教諭で治療魔法を得意としています」


「あ、それはどうも…ゼノン=ホム=スカーレットです」


随分と丁寧な挨拶に思わず、自分の名前を名乗る。


「えっと……俺はどうしてここに?確か…グラウンドでファナ先生と戦ってて……」


「はい。そしてあなたは負けました。それはもう完膚なきまでに」


「…………負け……た…………」


記憶がはっきりと覚醒していき、ゼノン自身も己の敗北を悟る。近くのシーツを握りしめ、奥歯を食いしばる。唇からは血も出ていた。


「絶対安静でよろしくお願いしますね。傷開くと死ぬかもしれないので。まぁよくやった方だと思いますよ。あぁ、それとミオさんがあなたを助けてくれたんです。お礼を言っておきなさいね」


なんか死ぬって言葉が軽いな…と思うゼノンだった。


「ミオ……。は!そうだ!ミオは!?ラルクは!?」


「そのあとは何も起こっていません。今のところミオさんにもラルク?くんにも被害はありません。生きてますよ」


「そう……ですか……ありがとうございました」


ほっと一息つく。それを確認してからニム先生はゼノンの元を離れた。


「とりあえず水でも飲んでください。今取ってきますから」


そう言ってニム先生が席を離れて水を入れゼノンの方へ向かうと風を感じた。


「風?おかしいですね。この部屋閉め切っているはずなのに……」


そう思いながらも水を入れたコップをゼノンの元へ運ぶ。しかし……


「嘘……でしょ!?!?」


そこにゼノンの姿はなく、近くの窓が空いていた。


その衝撃に思わず手からコップを落としてしまう。すぐに窓から身を乗り出すが人らしきものは見えなかった。


「え!?私、絶対安静って言ったわよね!?え!!?傷が開いたら死ぬかもしれないって言わなかったっけ!??」


「あわわどうしよう、どうしよう!?」と慌てふためくニム先生だが、ここであることを思い出す。


「あ、そうだわ!!ファナ先生に連絡しなきゃ!」


ニム先生は通信用魔道具を取り出して急いでファナ先生に連絡する。


『こんな時間にどうしました?』


「え、えっと……例の無加護君が目覚めたんですけど……」


『……あぁ!そういえばお願いしてましたね。思い出しました。それで、彼はどうですか?』


「は、はい……。それなんですけど……」


『どうしました?』


妙には歯切れの悪いニム先生に疑いを向ける。ニム先生の表情は困惑や不安そのような感情で埋め尽くされていた。


そしてとうとう意を決して事実を伝える。


「………脱走しました」


『……はい?』


「え、えぇ……と………脱走しました。わ、私は絶対安静って言いましたよ!!でも目を離した隙に…」


『ぷっ……あっはっははは!はーはっは!そうですか、そうですか』


ニム先生の報告を聞いてファナ先生は笑った。ニム先生自身も彼女がその麗しい顔が笑顔になることを見たのはのは学生時代から数えても1回…もあっただろうか?というぐらいだと言うのに。"英雄"が笑うことに困惑しながらも話を続ける。


「え、えーと、と、とにかく!彼をすぐに連れ戻さないと!本当に死んじゃいます!!ということで私は動ける職員に声をかけるので失礼ですが、ファナ先生は彼を探してくれませんか?」


ニム先生はたとえゼノンが無加護だろうと「死ぬべき」だとかは考えなかった。彼女自身戦場でたくさんの命を救ってきたが、救えない命もある。自分の力不足で死なせてしまった仲間も沢山見てきた。


目の前に救える命があるというのに救わないという選択肢は彼女にはなかった。それがたとえ「無加護」というこの世界では価値がないとされていてもだ。


『その必要はありません』


「し、正気ですか!?本当に彼は死ぬことになりますよ!!?」


『落ち着いてください。今のは私の言葉が足りなかったですね。彼を探すのは私ひとりで十分です』


「え?」


ファナ先生からの言葉に驚きを隠せない。いくら彼女が英雄と呼ばれていようと不可能なことはある。王都にいるかも分からないゼノンを探すのには彼女は自分一人でいいと言ったのだ。


『既に検討はついていますよ』


「ほ、本当ですか!?」


『えぇ。これでも長い間人間を見てきたものですから』


「で、ではよろしくお願いします!!」


『はい、わかりました』


そこで通信は切れた。


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Sideファナ=ディアナ


ふふっ本当に彼は面白いわね。まさか逃げるなんて。彼のゆくあてなら大体わかる。


あの手の人間が向かう先はだいたい限られているわ。


「さて、探しに行きましょうかしらね」


あぁ、彼に興味がつきない。


もっと私を楽しませてちょうだい。


そうして"英雄"はゼノンを探すため夜の世界に飛び出た。その美しい顔には微笑が浮かんでいた。

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