第6話 トラウマ

ソツ村での収穫祭から2ヶ月…。つまりアルスとミオがソツ村を出て8ヶ月が経過していた。


ゼノンは欠かさずトレーニングを行っている。時々ソティーともトレーニングを行っていたりした。ソティーは成長魔法が使える訳では無いにも関わらず。


収穫祭での約束通りゼノンは村長から身体能力強化の魔法をソティーとともに教わっている。


ソティーはすぐに使えたにも関わらず、ゼノンは1ヶ月かけてようやく使うことが出来た。


ソティーは難しい説明ではなく、「魔力を使って……こう全体にグワーッって感じで」などという全くもってよく分からない説明で「わかった!」と勢いよく返事してすぐに使って見せた。ソティーは感覚派なのだろう。村長も感覚派であり、魔法に関しては教えるのが上手ではなかった。


さすがのその光景にゼノンは驚き、かなり落胆した。年下の妹に先を越されてしまったんだがら当然だろう。


それでもくじけず、頑張った。結果として


「身体能力強化魔法はね、体の魔力を体全体に広げて筋肉と骨の動きを魔力でサポートするのよ。魔法を使う感じに似てるわ」


リルのアドバイスと一緒にトレーニングに付き合ってくれたおかげでようやく使えるようになった。


反面、ゼノンは未だに血液魔法の使い方が分からなかった。血液魔法も悩みのためではあるが、ゼノンは今、別のことに悩まされている。


「そろそろ、やらないとなぁ」


ゼノンが今見ているのは成長止めぬ者へアスクセシアーの1面、「イノシシを倒す(0/1)」である。


今まで何度か挑もうと思ったことはあった。しかし、どうしても勇気が出ず、結局保留となっていた。


現在のゼノンのステータスは


ゼノン

レベル34

加護 無し

魔法 成長魔法

セカンド 血液魔法


筋力 41

耐性 40

速度 49

精神 120

魔力 90/97

ステータスポイント:20


こうなっている。


精神が高いのはステータスポイントを精神にかなり割り振ったからだ。どうしても未だに悪夢には慣れなかった。いや、慣れるはずがなかった。しかし精神を高めると少しだけだが、気を強く持つことができ苦しみがやわいだ。なのでステータスポイントを精神にふることで毎夜過ごしていた。


精神が上昇することに比例して魔力も伸びた。


8か月前と違い、ステータスもかなり伸びた。それは見た目にも少しだが、現れ始めている。


そろそろ挑むべきだとは思っていた。


アルスは8ヶ月前に余裕で倒していた。それを考えるとアルスたちに追いつくにはイノシシ程度余裕で倒さなくてはならない。


頭ではわかっていても勇気が出てこなかった。


昔は3人で倒していた。ゼノンはイノシシにやられた。アルスがイノシシを倒し、ゼノンをミオが治していたが、ミオもアルスももう居ないのだ。


いなくなったばかりではなく、新たに施設には弟が入ってきた。


名前をマクス。ゼノンの一つ下で6歳である。しかしここでは入った順番で立ち位置が決まる。マクスは末っ子になり、ソティーはお姉ちゃんになるのだ。たとえ年齢ではソティーが下であろうとこの施設では姉になるというなんとも言えないシステムが採用されている。


その事でソティーは大喜びだった。ずっと弟がほしいとおもっていたんだろう。


しかしマクスの反応は……


「マクスー!あそぼー!」

「ふん!」


ソティーの誘いを歯牙にもかけず、どこかへ行ってしまう。


「マクス、たまにはソティーと遊んであげてよ」


しょんぼりするソティーに代わり、ゼノンがマクスに遊ぶよう促してみるが─、


「うるせぇ!無加護やろうが!!てめぇが俺に命令すんな!」


「コラ!マクス!なんて口の聞き方してるの!」


「お、俺は大丈夫だよ。リル先生」


アルスを思い出すような勢いで罵倒される。


マクスは無加護のゼノンを認められないのだ。かなりプライドが高いと伺える。今ではゼノンは村で認められているが、最初は馬鹿にされたりしていた。なので罵倒されることには慣れている。マクスを見るとアルスを思い出すことに朗らかな気持ちを抱くほどだ。


マクスはゼノンやソティーをバカにする度にリルに怒られている。


そんなある日の事だった。


「ゼノンにぃ!私森に行きたい!」

「いいわね。昔はよくアルスたちと行ってたんだもの。ゼノンもゆっくりと散歩してらっしゃい。マクスも行ってきなさい」

「はーい」

「チッ!」


ということで3人で仲良く森に入ることになった。……マクスは嫌そうだが、リルには逆らえない。


入口から近くなら安全なのでリルも許してくれる。アルス達とはかなり奥まで行っていた。


ゼノンも何回か奥へ行き、イノシシを見つけるのだが、結局は何もせずこっそりと帰って切るという繰り返しが少なくなかった。


「ゼノンにぃ!これなに!?」


「これはな、ヒガンバナっていうお花の仲間だよ」


「そうなんだ!ゼノンにぃ詳しいんだね!」


ソティーに褒められて嬉しそうにするゼノン。ゼノンは成長魔法を植物に使っているので花には強かった。ヒガンバナはここら辺ではよく見られ、ゼノンの庭でもよく育てられている。


「マクスもこっちで花でも見ないか?」


「チッ!ふざけんな!」


ゼノンがそう誘ってもマクスはひねくれた態度を取るだけだった。


「マクスもこっちにおいでよー。"お姉ちゃん"と一緒に見よー」


ソティーがわざとらしくお姉ちゃんの部分を強調するが、マクスが反応することは無かった。ソティーはマクスのその反応に少ししょげてしまう。


「そ、ソティーお姉ちゃん、一緒に見よーよ」


ゼノンが気をきかせてソティーをお姉ちゃん呼びする。一応ゼノンはアルスたちを含めても"長男"なのだ。


「うん!」


ゼノンの対応でソティーは元気を取り戻した。


それから1時間ほど森の中を散策した。ゼノンが花について夢中にソティーに教えていると、不意に風が吹きそこでソティーがあることに気づいた。


「あれ?マクスがいないよ?」

「えっ??」


(しまった…!!2人を"守る"って意識していたのに!!)


ゼノンの表情がすぐに切り替わる。


ゼノンはこの森に詳しかった。足跡を確認しながらソティーの手を取り、ゆっくり道を戻っていく。


そこで足跡が分岐しているところを見つけた。


(最悪だ…!!この先は──)


この道の先は昔3人でイノシシを倒す時に使っていた道だ。そしてゼノンがイノシシを見つけるときの道でもある。


「ぜ、ゼノンおにぃちゃん…?」


ゼノンが険しい顔をしているとソティーから名前を呼ばれる。そこでハッ!と気づき、いつもの表情に戻す。


「だ、大丈夫だよ。さて、マクスを迎えに行こっか!」


ソティーの手を強く握り、少しペースを上げてマクスを探し始めた。


(どうしよう…。マクスに何かあったら…。大丈夫!俺だって子供のイノシシに出会うのは3回に1回ぐらいだし。それより大きい動物となると全然会ったことないし。)


ゼノンは内心とてつもなく焦っていたが、ソティーにそんな姿を見せる訳にもいかず、適当な言い訳でおさせていた。しかし…


(クソ…。俺がちゃんと見ていれば…!!"守る"って決めたのに!!)


本心は後悔でいっぱいだった。


「あ、マクスー!」


「あ?」


程なくしてソティーが佇んでいるマクスを見つけた。ゼノンもマクスを見た瞬間に胸をなでおろし、肩の力が抜けた。


「マクス!ダメだよ!こんな所まで来たら。めっ!」


「ちっ!うぜぇ!」


ゼノンは2人の口喧嘩を見て安心した。


しかし…安心したのもつかの間。すぐに恐怖に襲われることになる。


視線の先…ソティー達よりさらに奥にイノシシがいるのが見えた。しかも大人のサイズの中でもかなり大きい部類。


あれはヤバい…!そう判断したゼノンはすぐに2人の元へ駆け寄って、2人にしゃがむように指示する。


「ぜ、ゼノンにぃ!?」「し!静かに!」「あ!?何すんだよ!」


「今、外に大きなイノシシがいた。バレたら大変なことになるから」


ゼノンは声を小さくして二人に状況を説明する。


(あのイノシシ…多分あの時アルスが1人で退治したやつより───)


ソティーはすぐに状況を理解して手に口を当ててこくこくとゼノンの言うことを聞く。その可愛らしい行為にゼノンが「いい子いい子」と頭を撫でる。


そこから3人はまだ見つかっていないうちにゆっくりこの場を離れようと考え、姿勢を低くし行動を開始─するつもりだったが、


「けっ!イノシシごときにビビってんのかよ!さすがは無加護だな!」


マクスは堂々と立ち、来た道を帰ろうとする。


ソティーはそんなマクスの様子を見て小さな声で注意するが全く気にとめてくれなかった。


ゼノンは逃げてくれる分アルスよりマシだな…と思っていた。仮にここにいるのがアルスだったら間違いなく突撃していただろうから。


イノシシとマクスの身長はイノシシの方が若干だが高いように見える。これなら見えないだろうと判断してマクスへの注意はしなかった。


しかし─


バキ!

「痛ってぇぇ〜〜〜ーーー!!!」


マクスは足元に落ちていた枝に気づかずそれを踏み、それによってとんでもないスピードでその枝が枝がマクスの脛にむかって突撃し、衝突してしまった。その痛みに耐えきれず、叫んでしまう。その叫びに驚き、周りのカラスが急に羽ばたき、イノシシもこちらに気づき、睨む。。


(最悪だ…!これは最悪だ!!)


「そ、ソティーと、ま、マクスはす、直ぐに逃げて……。そ、村長呼んで…」


ゼノンはその場にあった枝を握り、立ち上がった。


「ぜ、ゼノンにぃは??い、一緒に逃げよ!」


「けっ!イノシシごとき俺が倒してやるよ!はァ!」


マクスは水の塊を作ってそれをイノシシにむかって放つ。


しかしそれは逆効果だった。


イノシシからすればただの水浴び程度しか感じておらず、むしろ自分の敵だと認識させてしまった。


その様子にさすがのマクスも驚き、怯えてしまう。


「マクス!ソティーと一緒に村に戻って村長を呼んでくれ!!」


ゼノンの声にハッ!と意識が戻ったマクスはソティーに連れられ、全力で走り始めた。


ゼノンはその様子を見てからそこら辺にある枝を拾う。木刀も持ってきていない。


その足は震えている。


(怖い…!子イノシシにも勝てないのに…。だからといって逃げる訳には行かない)


ゼノンの後ろには弟と妹がいるのだ。ここで逃げれば2人に危害が及ぶ。


「ブォォ!」


イノシシの雄叫びとともにゼノンの戦いが始まった。

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