第3話 夢
「ゼノン…」
「ミオ…どうしたの?」
その日の夜、ゼノンの部屋にミオが訪れていた。3人にはそれぞれの部屋があって普段はお互いの部屋を行き来することは無い。なのでミオが来たことにゼノンはかなり驚いていた。
「あのね…、今日……一緒に寝ても…いい…?」
「えっ?」
思いも寄らなかった提案にゼノンは戸惑ってしまう。普段はもっと強気で男の子が相手だろうと喧嘩するようなミオがモジモジしていたのが大きい。
それでもゼノンはその提案を受け入れてミオを部屋に入れた。2人とも既に寝る時間なので同じ布団のなかに入って睡眠の用意をする。
「ねぇ…ゼノン…。私、明日この村を出ていくんだって…。色んな人が来て…、王都に行って…お勉強するんだって…」
「うん…」
ゼノンはただ頷くことしか出来なかった。明日、国から迎えが来て王都へ向かうのはアルスとミオの2人。ゼノンはソツ村に残るのである。
「もう…ひっく…ゼノンに会えないんだっで……」
「うん…」
ミオも…そしてゼノンも涙を流していた。ゼノンは今まで家族のように過ごしてきた2人が自分を置いていってしまうのが悲しいのだ。
「これがら…どうなっちゃうのかな……。もうゼノンに会えないなんて……嫌だよぉ……」
「うん…………。」
(ミオが泣いてる…。僕が……なんとかしなくちゃ)
ゼノンは悲しい気持ちを抱えながらも滅多に泣くことがないミオを励まそうとするが、どうしたらいいのか分からない。それでも必死に考える。いつも守って貰ってばかりだから…その恩を返そうとしているのだ。
「だ、大丈夫!ミオが困った時はぼ、僕が!絶対に助けるから!」
ゼノンだって…ミオだって分かっている。そんなことはありえないことを。「無加護」のゼノンができて「聖女」のミオができないことは無い。ましてや戦闘など足でまといでしかない。
「うん!じゃあ、約束ね?」
それでもミオは嬉しかった。昔からゼノンは弱虫だが、ミオが泣いていたらすぐに助けてくれた。自分も怖がりにも関わらず。そんなことがあったからそこ信じることが出来た。
ミオは小指をゼノンに向かって差し出し、ゼノンもそれに従ってミオの小指に自分の小指を絡める。
「ゆーびきーりげんまん♪嘘ついたら針、千本のーます♪指切った♪」
小指を離してお互いを見つめ合い笑う。
「ゼノン…、あのね…。私、ゼノンの事…好き……」
「えっ?」
ゼノンはミオに何を言われたのか全くわからなかった。
「じゃ、じゃあ!おやすみ!ゼノン!!」
ミオはゼノンから顔を背けてしまう。その顔は耳の先まで赤く紅潮しており、顔を背けたからと言って隠せるようなものではなかった。
「う、うん。おやすみ…ミオ……」
ゼノンもそれに気づき、反対方向に顔を背けてお互い横を向く形で寝ることになった。
「ゼノン…寝ちゃった…?」
「すう…すう…」
ミオの言葉に返事はかえってこない。ただゼノンの寝息だけが聞こえてくる。
「むう…ヘタレゼノン…。私…頑張ったのに…」
ミオはずっと昔からゼノンのことが好きだった。もちろん恋愛的に。明日、国からの迎えが来てしまえば次はいつゼノンに会えるのか…、そもそも会うことが出来るのか分からない。だから勇気をだして伝えたのに…。何も返事はなかった。
(本当は「行って欲しくない」って言って欲しかったんだよ。そしたらずっとここにゼノンと一緒にいても良かったんだよ。それなのに「助けに行く」なんて言われたら、行かない訳にはいかないじゃん)
ゼノンとの未来を夢見ながら頬を膨らませてゼノンをつつく。
(あ〜あ。アルスじゃなくてゼノンが「勇者」だったら良かったのに…そしたら一緒に学園にも行けてこんなに迷う必要も無いのに…。でもゼノンが元気になって良かった…。加護の儀式から)
「ゼノンのアホー、バカ、ヘタレ」
ゼノンの頬をつついたまま悪口を淡々と並べていくミオ。ゼノンも苦しそうな表情だが、辞めることはない。しかし…
「弱虫…、ぐす…へっぽ…こ…」
どんどんと言葉の勢いが落ち、同時にミオの目から涙が溢れてくる。その涙はミオの頬を伝わり、ゼノンの顔へと落ちてゆく。
「ゼノン…怖いよぉ…ゼノンに二度と会えないなんて…嫌だよぉ…」
「ミ……オ……僕が……まも………る………やく……そ……く」
「ゼノン…ふふ。どんな夢を見てるのよ」
ゼノンの寝言はしっかりとミオの耳に届いた。ゼノンの苦しそうな表情は変わっていない。
「大丈夫。絶対守ってあげるからね」
ミオはゼノンに誓う。「必ず守る」と。無加護のゼノンでも幸せに暮らせるように。そのために戦う、と。
夢を見た。その夢はあまりにも現実感の伴った夢だった。それはまるで、本当に現実に起きたかのような……。地獄のような夢だった。
あれ…?ここは…?何か視線がいつもと違う…。確か僕はミオと一緒に……。そうだ…!ミオは!?
「ミオ!」
「ん?どうしたのよ?」
ゼノンの声に反応したのは目の前にいた金髪のまさに美少女というのにふさわしい女の子だった。
「どうしたの?ゼノン??」
「み、ミオって女の子を知らない?え…と…金髪で…7歳ぐらいの女の子なんだけど…」
「何言ってるのよ?ミオは私よ?寝ぼけてるの?」
「えっ…?」
確かに目の前の金髪の女性はミオに似ていた。でも、身長も違うし…、色々成長している。
「おい、クソゼノン!!」
後ろから呼ばれたのでそちらを向くと見たことも無い鎧を着ている男がこちらに歩いてくる。
「俺様のミオに手ぇ出してんじゃねぇぞ?」
男はゼノンを通り過ぎてミオ(と思われる)の所まで行って肩を掴み、そんなことを言う。
「アルス!私はそんなこと受け入れた覚えはないわ!」
(アルス!?これがあのアルス!?でも確かに言われてみれば似ている。けど大きくなってる。それにこの豪華な鎧も勇者のものだと言われれば納得かなぁ)
「どうせ俺が魔王を倒したらお前と結婚することになるんだから違わねぇだろ?」
(魔王……やっぱりいるんだ……)
「というわけで『荷物持ち』の無能くん??ミオには近付くなよ〜!オラァ!!」
「痛っ!!」
アルス?がゼノンを蹴り飛ばしたことでゼノンは尻もちをつく。そこで初めて気づいた。
(あれ??僕…大きくなってる??)
自分の姿が大きいことに。つまり成長しているのだ。周りを見るとアルス、ミオ以外にも何人か人がいる。
(僕…この人達を知ってる…?……これは僕の未来…?だから他の人を知ってるのかなぁ?)
どこかゼノンはアルスもミオもほかの人たちにも既視感を覚えた。ゼノンはこれを自分の未来だと考えている。
「オラァ!さっさと行くぞ!無能も荷物持て!!」
アルスの指示で僕は近くにあった大きな荷物を背負って歩き出す。
その瞬間に景色が変わる。先程までは光もあり、人も溢れた街のようなところにいた。しかし今度は打って変わって、薄暗く人の気配はない。
「とうとうここまで来たわね…」「あぁ、そうだな…!」
周りを見渡すとさっきよりアルスの周りにいた人は少なくなっていた。でもアルスもミオもいる。
「次が魔王城の最上階。つまり魔王がいるところだ。これが最後だ。行くぞ!!」
アルスの号令とともに全員が立ち上がり、アルスについて行く。いつの間にか魔王の元まで来ていたようだった。夢の中だから時が進んだのだとゼノンは考えた。
(アルス…立派に勇者やってるんだ……)
正直に言うとゼノンはアルスのことが苦手であんまり好きではなかった。それでも今のアルスの姿を見るとそう思わざるを得なかった。
「オラァ!!無能!!さっさと来い!!」
(……やっぱり苦手だ……)
ゼノンも大きな荷物を背負ってついて行く。目の前の大きなドアを開けた瞬間ゼノンの視界は光に包まれた。そして…次に目を開けた時には……、
「えっ……?アル………ス…?」
目の前でアルスが死んでいた。心臓を剣で刺されていた。口からも血が溢れ、地面には見たことも無い量の血溜まりができる。
「う…うわぁぁぁ!!!そうだ!!ミオ!?ミオは!?」
ゼノンは荷物を放り出し、必死に走り回った。そこで見たものは…
「ミ……オ…?嘘……だ…。うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!ミオォォォ!!」
そして…、
「ガはッ!!」
ゼノンの心臓に剣が刺さった。その瞬間に意識が暗転する。
「ハァっ、ハァっ、い、今のは……!?」
「う……う…ん……」
ゼノンは飛び起きた。まだ真夜中で部屋は暗闇に包まれていた。
隣ではすやすやとミオが寝ていることが確認できた。
「ミオ…!!」
ゼノンは隣で寝ているミオの手を取る。
「良かった…。暖かい…」
先程の夢の手前ミオが暖かいかどうしても確かめたかった。夢の中のミオは…驚くほど冷たかった…。
ゼノンはミオの手を取ったままもう一度眠りにつこうとするが、今更眠れるはずがなかった。
「ミオ……」
あの夢が将来だとしたらミオはアルスと結婚することになりそうだ…。やはり加護という力は凄まじい。今更ながらそう思うゼノン。
(僕にも加護があれば……)
そう願った瞬間に宙に紫色の文字が現れた。宙には「ゼノン」と書かれていた。
(な、なんだろう…これ…。目がおかしくなったのかな?)
ゼノンは幻覚が起こしたものだと思い、その文字に触れようとするが触れることは出来ずすり抜けてしまう。やはり幻覚だと思った。
しかし文字は切り替わる。
『今あなたが見た夢は本物です。あなたの未来です』
「なんだろう…これ」
ゼノンは宙に現れる文字をただ見続けていた。あれはただの悪い夢だ。アルスが…ミオが死ぬはずがない。そう思っていた。しかし今でも夢のことははっきりと覚えている。ミオが死んだことまで全て。
『あなたの未来を知って、あなたはどうなりたいですか?』
その言葉にゼノンの心が突き動かされる。
(僕は……僕は…ずっと…)
あまりに現実感のありすぎる夢、そしてずっと叶えたかった夢がゼノンにもある。それらが合わさり、ゼノンに1つの欲求を産ませる!
「僕は…みんなを守れるように強くなりたい!魔王のように!!なりたい!!!」
ゼノンはずっと魔王に憧れていた。勇者が嫌いだった訳では無い。ただ…敵とはいえ、魔族を…仲間を守るその姿に憧れてしまったのだ。たった1人で仲間を守るために戦う魔王。魔族を滅ぼすために戦う勇者。ゼノンにはそのように見えていた。
『目標を設定致しました。ステータスを同期。
「は??え???何これ?」
次々と出てくる文字に困惑するゼノン。しかしそんなことお構いなしに文字は溢れ出てくる。
『ゼノン、主と認識。』
『
『成長魔法
「成長…魔法…?」
しかし何も起こることはなく、これを機に宙の文字は消えて現れることは無かった。
「なんだったんだろう?」
そうしてまもなくゼノンも眠りについた。
翌朝。
朝からソツ村は大忙しだった。国から遣いが来るなんて今までなかったからだ。てんやわんやで大騒ぎ。畑を整備して道端の雑草駆除、ある家は家を解体して新しい家に移り住んだ。これも全てはソツ村を悪く見せないようにするためである。
村長の家なんかは一度解体してから新しく大きい一軒家を建て直した。一体どこにそんな金があるのか村人全員が不思議に思ったが誰も聞かなかった。なんとな〜く「はっはーん、こいつ、やってるな」とは誰もが思ったがそれどころではなかった。
走行しているうちに国からの迎えがとうとう来てしまった。
「そ、ソツ村へようこそ…。騎士様!こんな田舎まで足を運んでくれようとは!ありがたき幸せ!!」
「ふん!全くだ!こんな田舎臭いところにいては俺の品位が下がる!こんなとこ…「聖女」様や「勇者」様がいなければ一生来なかったというのに。だいたいなぜこの私がこんなところに…………」
騎士がグチグチと言っているうちにアルスとミオついでにゼノンが出てきた。
「おぉ!勇者様!聖女様!お待ちしておりました!!さぁ!こちらへ!!」
騎士は高級そうな馬車へと2人を案内する。
「けっ!こんなところさっさと出てやる!ペッ!」
「アルス!!」
アルスは唾を吐きながら馬車へと乗り込もうとする。その行為にリルがいつものようにアルスをしかる。しかし…
「なんだよ?リル」
いつものように…とは行かずアルスはリルに屈せず睨みつける。これを合図に周囲の騎士がいつでも件を抜けるように構える。これにはさすがに村人もリルも驚き、声を失う。
「はっは!俺は勇者だ!口には気をつけろよ!けどまぁどうしてもって言うならおれのおんなにしてやるけどな!」
高笑いのままアルスは馬車へと乗り込んだ。
「…じゃあ、行ってくるね…。ゼノン」
「うん。行ってらっしゃい…ミオ」
ミオもゼノンに背を向け、馬車へと向かう。ミオの表情はどこか暗かった。
「絶対に助けに行くから!!」
ゼノンは過去1番の大声を出す。
「何かあったらぼ、僕が…
「私、待ってる!!」
ミオは花を咲かせたような笑顔になった。そのまま馬車に乗り込む。
「出発する!」
そして、馬車はソツ村を出ていった。
「ミオ…絶対に助けるから…待ってて」
ゼノンは1人胸に大きな誓いを立てる。
「絶対に俺が全部守ってみせる」
絵本の中の魔王のように──
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