第4話 成長の対価

僕がこの奇妙な島に来て、どれくらい経つだろうか。

というか、この奇妙な事態に巻き込まれたのは何がきっかけであったか。

確か知り合いの女の子に連れられ、霧のかかる階段を降りたところまでは覚えている。

それからはもうこの島にいた。

都会に住んでいたのに、いつの間にか見知らぬ孤島に連れてこられたのだ。

見知らぬ天井に驚いて、飛び起きると僕の名前が書かれたネームプレートが掛かった学生寮。

そして窓から見えるのは絶海の孤島の日常。

数は少ないが日本と変わらない景色がそこにはあった。

島国だから昔あったという日本とかいう島国もこの〈アザミ島〉も変わらないっちゃ変わらない。

急いで学生寮から飛び出した僕はそれから知り合いの女の子とも再会し、島を脱出する為に奔走して、現在五ヶ月が経つだろうか。

結局島を出る方法は分からなかった。

やってきたルートも帰るルートもなかった。

島には食材やインターネットで取り引きした品物を運んでくる定期便が来るが、密航なんてできるもんじゃないし、奇妙な事に密航しても巡り巡ってここに帰ってきてしまうと言う。

ただ帰れる時はひとりでに消えてしまうと言う。

僕らはそれでも残してきたものを想って帰る方法を探している。

そして今日も放課後の大探検のためにめぼしい場所を学校の屋上から探すのだ。


「いつか絶対出てやるぞ!」

「また、無意味なことしてんの?」


後ろから声をかけてきたのは屋上を縄張りとしてる奴だ。

茶色の紙袋にニコちゃんマークを黒マジックで加筆した被り物を被っていて顔は見たことがない。

そして授業を受けている姿を見たこともない。

制服も着崩していて、僕とはソリが合わなそうな雰囲気を醸し出している。

僕の中での呼び名は不良である。

彼は自分の名を語らない。

いつも名を聞くと「俺は不良さ。お前の前では。お前とはソリが全く合わないネガティブ思考の不良」とはぐらかす。

しかも僕には不良と答えるくせに他の奴には「脳筋ポジティブ思考」だとか「考え無し」とか「ギャル」とか「傲慢虚言癖コミュ障」だとかいう。

せめてキャラを貫けよと言いたくなる。

そこかしこにコイツと僕のソリが合わない要素が散見される。


「無意味な事に熱中しちゃ悪いか?」

「いいや。僕はそうは思わないけど」

「いつも思うんだけど不良って言うくせに一人称が僕って変だ」

「そうか?別に変ではないだろ?人の芸術ってのはそんな簡単にはわからんものだと思うけど」

「でも芸術ってのは認めてくれる人がいないと成り立たない訳で」

「だからって死んだゴッホの芸術をゴッホの生まれ変わりでもなんでもない絵を見ただけの奴に評価されるのが正しいとは思わない」

「でもそれで、認められたんだから嬉しいことだろ」

「死人に口はないんだよ。なんでも後出しで正しいって言ったら正しくなる。僕は嫌いだね。嬉しいとか正しいとか」


紙袋の奥から放つくせにやけに明瞭な声でほら、こうやっていつも意見が食い違う。

僕はポジティブに価値観の違う相手との会話の練習と思っている。

というかそもそも別に会話が不快な訳では無い。

意見は食い違うが、趣味は合う。

いつも聴く曲の名前とか好きな芸能人の話とか。

合わないのは話の捉え方がポジティブかネガティブかという話だけ。

つまり価値観である。

僕はいつも通りのことを口にする。


「やっぱり僕らはアレだな、矛盾している。コップに注がれた半分の水を見て半分もあると思うか半分しかないと思うかっていう奴だ」

「そうだね」

「そこさえ治れば、僕らは一番の親友だ」

「酷いな。別にこのまま一番の親友でもいいじゃないか」


暫く黙り込む。

少し、言いすぎてしまったか。

次からは気を付けよう。

なんというかこういう沈黙は慣れない。

話し下手なのは直そうとて直せないでいる。

でもいつか、彼女といれば変わるだろうなという期待もある。

それならば、彼女──信濃ならどうだろうかと考える。

一緒にやってきた同級生、信濃しなの ゆい

少し不思議な所はあるけれど顔立ちは整っていて、スタイルは良くて、そして何より僕よりポジティブで…不良なんかとは全くソリが合わないコイツにとって致命的な人。

僕はポジティブではあるが、理想主義では無い。

自分に害しかなさない奴をわざわざ自分から関わってまで改心させようとはさせずに、適当に見放しておさらば。

降りかかる火の粉を払うだけで対岸の火事など知らない顔。

自分が認めていない相手には、そうまさに〈赤の他人〉にはなんの役割も期待していない淡白な性質。

それが僕、荒田川あらたがわすすむという人間の本質だ。

そういう面はこいつと同じだ。

同じ人間なんじゃないかってくらい根っこが全く変わらない。

でもきっと信濃は違う。

彼女は端的に言って理想主義だ。

彼女の中の絶対に譲れない一線があってそれを曲げることは絶対にしない。

それは自らに課すものでもあり、他人に求めるものでもある。

僕は理想なんてそうそうに諦めて線そのものを消す質であるから、そういう意味では反対だ。

信濃なら、仲良くなるためにきっと自分もそして被り物をして素顔を晒さないコイツをも変えてしまうだろう。

それは少し嬉しいような、悲しいような気がする。

排他的なスラムの景色がジェントリフィケーションによって金持ち好みの成金趣味に変えられてしまうような悲しささえ感じる。


「ところで、君たちの無意味な作戦はどうなったの?ま、君がここにいる時点でお察しだけど。君が一人で残ってるはずないしね」

「本当に無神経だなその言い方。密航は失敗。ついでに筏も流してみたけど潮の流れ的に無理」


コイツは基本口が悪い。

悪口ではなく口が悪い。

そこが気に入らない。

でも別にそこを変えて欲しくはない。

こいつがこいつのままいてくれる方が何となく心地よかった。

コイツがコイツでなくなったら僕の不満の行き場が無くなるから。

弄れた価値観と流行りに乗れない逆張り的な質と矛盾だらけの言動がいい。

苛立たしいだけであって改善を諦めればこれほど心地いいものもない。


「だから言ったんだ、無理だって。失敗するって」

「無理かどうかなんてやってみなけりゃわかんないだろ」

「僕ならリスクがあることは避けるけどね。失敗したらなんか萎えるし」

「リスクがあるかどうかもやらなきゃわからんないだろ。そして失敗じゃなくてこの方法で成功しなかっただけだ」

「ハハッその言い方誰かさんにソックリだ」

「誰かさんにソックリだって偉人の言葉のオマージュなんだからソックリもクソもないだろ」

「いや、いや、違う。その言葉じゃなくて言葉の使い方が誰かさんに──信濃にそっくりだって思ったんだ」

「会ったのか!?」


思わず食いつく。

確かにコイツの呼び名は学校のそこかしこに転がっている。

ということはこいつはそれだけの数人とあっているということだが、彼女の口からそれを聞いたことは無かった。

信濃に会ってどうだったのか聴きたい衝動が鎌首を擡げる。

しかし、僕はそれを訊かないであろう。

そこの無神経と違い、配慮というものが備わっている僕にはそこに踏み込むのは躊躇われた。

コイツは基本一人の時にしか現れない。

理由をコイツは、「自分を見失いたくないから」と言っていた。

それを聞いた時多分コイツは喋る相手によってキャラを変えているのだろうなと思った。

相手によってキャラを変えるというのは聞こえは悪いが、僕はこれを肯定する。

これを否定するのならば極論、会社で一般社員が部下にタメ口だからといってお客さんや社長にもタメ口を使うのかという事になる。

喋るのが好きで聞きに徹することもあれば、喋るのが苦手だからと間を長く置くこともあるだろう。

下ネタが好きなものも居れば大嫌いなものもいるし、宗教の違いも思想の違いもある。

何者にも同じ対応をするというのは差別をしないと言う美徳でもあり、変わることを怠る悪でもある。

だから僕はそのあり方を肯定する。

こいつの根っこさえ変わらないのなら僕の前でこのようなキャラでいるのならそれでいい。

どうせ僕は不良以外のキャラを被ったコイツを見ることは無いのだ。


「──そうか、君は彼女のに憧れて、ソリが合わない僕を捨てたのか」

「──は?」


誰が、誰を捨てたって?


「あぁ、そうだよな。君は僕の顔を見るのも拒否する程嫌いだもんな」

「何、言ってんだ…?」


確かにウマは合わない。

でも別に嫌いではない。

殺したいとも思ったことは無い。


「僕の顔まだ一度も見てないだろ?」

「そりゃ、そうだろ。お前は袋被ってんだから」

「そうかい。でも、見れないなら見る努力をするもんじゃないのか?ほら、さっき言ってたじゃないか。やらなきゃ分からないって」

「見せて、くれるのか?」

「見せてくれるのか、じゃない。君が見るのかどうかだ。僕が問うているのは荒田川進が見るのかどうか、見るために努力をするのかどうかだ。彼女は、見ることを選んだよ。このまま意気地無しでいいのかい?彼女に追いつけないよ?」

「見たってそれで何が分かるって言うんだよ!」

「凡そ、君の知りたい全てが」

「──見てやるよ!」


傍にいた不良を突き飛ばして、顔の皮を剥がすかのように五指にめいっぱい力を入れる。

そのまま指が引きちぎれるのでは無いかと言うほどの力で固定された紙袋を取る。

──そこに居たのは。

──紛れも無く。

──嫌いな嫌味ったらしく嗤った自分自身の顔であった。







【アザミ島脱出計画第158日目】より

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