第30話

 「わぁ」


 隣でミシェルが感嘆の声を上げる。




 (凄い……)




 そういうアリアンナですら室内に圧倒されて声が出てこない。


 図書室に着くまでの記憶があまりないが無事に着いたらしく、大きくて重厚な両開きの扉を開けば、そこには三階を吹き抜けで作られた広い空間で、本という本が蔵書されていた。




 「すごいですね~」


 「初めて?」


 「当たり前ですよ。一いち侍女には必要ない場所ですからね」




 なるほどと思う。ついでに好きな本はあるかと聞いてみる。




 「小さい時はそれなりに読みましたけど、最近は全然ですね。あ、流行の恋愛物語は必読してますけど」


 少し胸を反らし片目を瞑り一言付け加えるあたりがミシェルである。


 「では私が本を見つけている間読書でもしている?」


 「お手伝いしなくて大丈夫なんですか?」


 「この本の量だもの。読みたい本が今日見つかるかどうか……ただ、部屋に運ぶ時はお願いね」


 「分かりました。何か手が必要な時はお申しつけ下さい」


 「ありがとう」




 ミシェルに礼を言い、本棚の海というべき室内に目を戻す。


 広さでいったらどのくらいだろうか。


 広めの教会くらい楽に入りそうな部屋だ。


 いや、部屋といっても磨き上げられたオークの本棚は棚に細かい細工が施してあり、それが天井までの壁一面に隙間のない蔵書とともにあり、奥まではとても見通せない設えは独立した建物のように思える。


 改めて気の遠くなるような蔵書に小さく息を吐く。


 奥を覗くと均等に上へと繋がる階段が付いていて、可動式の梯子もいくつか見える。


 アリアンナはミシェルを残し一人、一度最奥まで歩いていく。


 入口の小広間からかなり歩いたところで本棚は終わり、一面ガラス張りの開けた場所には大きな机が置いてあり椅子もいくつかある。多分ここで読んだり書きものをするのだろう。




 (……綺麗)




 天井から注ぐ光は様々な色がついてアリアンナの目に映る。


 全部で二十四枚あるガラス窓は、天井部分には色ガラスが嵌めてありそれはこの国では有名な昔語りの絵を模したものだった。


 その美しさは目に楽しいものだが、降り注ぐ床に映る絵もまた大変綺麗だ。 


 正直、本の壁というような本の数で眩暈がしそうで挫けそうになった心に意欲が戻る。


 魔術関連の蔵書を探すことだけに絞れば見つかるかもしれないと気合を入れ、本棚の海へ身を返す。


 幸いこの広い図書室には自分とミシェルしかいない。




 (こんな時こそ、魔術よね)




 普通に探していたら見つかるのは何年後になるか……は冗談としても上の方までの登り下りの往復を考えれば魔術で浮いてしまった方が早い。


 まさか見られるとは思っていなかった庭でデルヴォークに遭遇したが、まさかここでまで誰かに会うとは考え難い。


 例え見られてもミシェルなら普段も部屋では変わらず小さな魔術は日々使っているので、見たところでもう驚くこともないだろうと思う。


 何かあればミシェルが声を掛けるだろうし、自分達しかいないのだ大丈夫だと魔術を使う理由をつける。




 ジィルトとも約束しましたものね


 時と場所と使い方


 誰もいない、誰も来ない、ドレスで動き辛いからいいわよね……




 アリアンナは自分の足元に魔法陣の要らない簡単な術を掛ける。すると自分の体が宙に浮くのを感じ、それから一気に天井まで上がる。


 端から背表紙を眺めて移動する。


 何はともあれ魔術に関するものを見つけたい。










──────────────────










 ミシェルはアリアンナと別れた後、身近な本棚から読む本を見つけようと歩いて移動している。とはいっても王城所蔵の書庫なので想像するに難しい内容の本しか見当たらない。


 仕方がないので、この際タルギス王国の歴史でも改めて読み返してみようかと思う。








 やっと見つけた歴史の本につい没頭してしまい、どのくらい時間がたったであろうか。


 ミシェルがいる場所は入口から続く小広間の端に、設えてある卓と椅子を陣取っていた。


 辺りを伺ってもしんと静まり返った図書室内でアリアンナが戻ってくる気配はまだない。




 (こんなことならお茶の用意をしてくればよかった)




 やはりこの本の量だ、アリアンナでも簡単にはお目当ての本が見つかるわけがないのだ。


 ミシェルが座ったまま背伸びをすれば、入り口の両開きの大きな扉の片方が開いたように視線の端に入った。




 「!!」




 ミシェルは入ってきた人影に驚いて悲鳴を上げるところだったが、相手が口元に人差し指を立てた為、慌てて両手で口を塞ぐ。




 「居るのはキャセラック嬢で間違いない?」




 静寂を破った声は低過ぎない低音で、甘さを伴う。


 ミシェルにとって最高に耳に優しい声だ。


 入って来た相手から囁くように問われ、ぶんぶんと聞こえそうな程、ミシェルは首を縦に振って返事をした。


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