右眼に邪神を宿せし者

名も無き叛逆者

第一章 神教国と叛逆者

第1話 敗北

 今日も同じ夢を見る。


 目の前には人々を襲う悪魔、焼けて崩れていく都市、そして剣を握り単身で立ち向かう英雄。それには俺の顔が投影されていた。


 その英雄は瞬く間に悪魔の目の前に接近して激闘を繰り広げた。


 英雄の猛攻に押された悪魔は、微かな隙を見せる。英雄はその隙を逃さず、悪魔の心臓を貫いた。


 その瞬間、悪魔の体は塵と化し、人々は脅威から解放される。そして英雄は人々から感謝される。


 そんな無邪気な子供が思い描く陳腐で下らない絵空事の様な夢。


下らない、、、夢を。






「任務の時間です。西地区に魔族が潜伏しているという情報が入りました」


 高圧的な、3~40代の男の声を言葉を聞いて、俺は目覚める。


 あたりを見渡すと書類はペンが散らばっている。ここで俺は机に突っ伏したまま寝ていたことに気付いた。事務作業中に寝落ちしてしまったらしい。


「時間がありません、早く準備してください」


 男はそう言い残すと足早に去ってしまった。


 彼は俺の上司、名前はレーゼベッテ。この国で、上から数えて十本の指に入る実力者だ。


 俺は上司に怒られないように身支度を始める。


 因みに俺はエデン。この星で聖騎士団長を務めている男だ。


 騎士団長というからかなりの実力を持っているし、国の中でも高水準な生活を送っている。


 恋人はいないが、文句のつけようがない日々を過ごしている。


その筈だ。


でもどうしてだろうか。


心にモヤが、張り付いて剥がれないのは。






「頼む!命だけは」


そう命乞いする男の首を容赦なく跳ねる。


 躊躇いはない。この仕事はだいぶ前から任されている。命を奪うことに、慣れてしまうほどに。


 この誰がどう見ても自分と変わらない人間だと思うであろうこれは魔族らしい。


 魔族のイメージと違う?そうかもしれない。でも、上の人間がそう決めたんだ。団長という身分を手にしていても、逆らうことのできない人間は五万といる。


俺は只、従うだけだ。


「エデン団長。こっちは全部処理しました」


 彼はミハル。俺の部下の中で一番やる気に満ち溢れている奴だ。誰かしら次期団長を推薦しなければならないなら、俺は彼を推薦するだろう。


「よくやった。後はいつも通り奴等が遺した物品も処理してくれ」


「わかりました」


 ミハルはそういった後、俺の指示通り魔族たちが使っていた施設に火をつけ始める。いつもの光景だ。何の疑問も抱く必要はない。只、たまに考えてしまう。彼らは本当に魔族なのだろうか?


「仲間の仇!」


 物陰に隠れていた魔族が、自分に襲いかかり、剣を振り上げる。


「遅い!」


 俺は隙をさらけ出している敵の両腕に剣を入れ、切り落とす。致命的な程の実力差。相手は億が一にも勝ち目はない。


 俺が気付かない間に逃げればよかったものを。魔族に対して、自分は同情の感情を向けてしまったところ、声が聞こえた。


「本当にこのままでいいと思っているのか」


魔族は声を絞り出す。


「本当に、この国がこのままでいいと思っているのか!」


 彼の悲痛な叫び。だが、俺がこの言葉を聞き入れる事は許されていない。構わず俺は、彼の首を跳ねた。そして魔族は息絶える。


 ふと、焼け落ちる家屋、その向こう側が騒がしいことに気が付いた。いつもとは違う。俺は不測の事態を想定し、音がする方へ駆けていった。






 エデンがたどり着くとそこには、地に伏せる騎士と、腰を抜かして動けないでいる騎士が半々になっていた。


 そしてその中心に、堂々と佇む黒いコートを羽織り、右目を眼帯で覆っている男がいた。


 一目しただけでわかった。彼が俺をはるかに凌駕する、絶対的な強者であることを。


「こんな事をして、ただで済むと思ってんのか」


 地面に這いつくばる、血塗れの騎士が、強大な気迫を放つ男に向かって叫んだ。


「無論。だが、立ちはだかるものはすべてねじ伏せるだけだ」


 そう言うと黒尽くめの男は、転がる騎士を蹴り上げた。彼の背中と木が激突して、そのまま気を失う。


「さあ、どうする。今ここで立ち去るなら無闇に傷つけるような事はしない」


 殺気を放ちながら、男は言う。そのあまりの気迫に屈してしまいそうになる。でも、


「ミハル!お前は本部に戻って援軍を呼んでくれ。出来れば救世主メサイアとかな」


 男はエデンに目を向ける。ミハルはハッとした表情になる。そして、力を振り絞って立ち上がり、一目散に逃げていった。


「貴様は立ち向かうのだな」


 男はそう言うと、自らが持つ槍の切っ先をエデンに向けた。エデンの心臓が跳ね上がる。今までに感じたことのない緊張感だ。だが、それと同時に高揚もしていた。今までの人生にはなかった、命の危機に対して。


「ああ。」


エデンは短く答える。


「殺り合う前に名前を教えてくれ。俺はエデン・イータ・ゼウス。この星の聖騎士団長で神剣ガイアの使い手だ」


そう言いながらエデンは抜刀し、構えを取る。


「叛逆軍、軍長、シアンだ」


シアンと名乗る男はそう言い、槍を構えた。


二人が睨み合って数刻、戦いの火蓋が切られた。


 先に動いたのはエデンだった。エデンは神剣ガイアの力を引き出す。大地を司る神の力、彼は足を介して地面に含まれる鉄の成分を抽出、造形し、放った。


構築コンストラクション-メタルランス!」


 シアンの足元から何本もの槍が生える。何もせずに喰らえば串刺しになってしまうだろう。


 シアンは軽々と跳躍し、エデンの攻撃を躱した。そして、そのままエデンの懐に接近し、技を放つ。


「冷斬!」


 シアンは槍で斬撃を繰り出す。エデンはギリギリのところで回避するが、右太ももを掠めてしまった。傷口から冷気が溢れ出し、体が凍てつき始めた。エデンの動きが鈍る。シアンはその隙を逃さずに追撃する。


「零冷撃!」


 シアンは強い冷気を槍の先端一点に凝縮し、突きを放った。まともに食らってしまったら只では済まないだろう。


構築コンストラクション-メタルシールド!」


 エデンは致命傷を避けるため、盾を精製した。


 エデンの盾とシアンの槍が衝突する。二つの物体が衝突する瞬間、盾は瞬く間に凍てつき、いとも容易く砕け散った。


 幾分かは威力が落ちたものの、槍はエデンの腹部を貫こうと真っすぐに突き進む。エデンが貫かれる寸前、彼は神剣で防いだ。


 神剣の緩衝によってエデンは貫かれることから回避できたが、数メートル後退させられた。


「はぁぁぁ!」


 エデンは体を翻し、そのままシアンに剣を振り下ろした。


 シアンはエデンの斬撃を軽々と防ぐ。


「迷いに満ちた剣筋だ」


 シアンはぼそっと呟く。そして槍を掃いエデンに突きを繰り出す。エデンはギリギリのところで、剣で槍の軌道をずらす。


「どういう意味だ」


 エデンはそのまま槍を弾き、シアンの腹部に突きを繰り出す。シアンは弾かれた勢いのまま体を回し、突きを避けた。


「さあな。自分の心に聞いてみろ」


 シアンはそう言いながらエデンの腹部を蹴り上げる。


「ぐはっ」


 エデンはその衝撃で内臓が破裂し、吐血し、跪いた。


「これで終わりだ」


 シアンがそう言うと、エデンにゆっくりと近づく。


「ここで、終わって、堪るかよ」


 エデンは重い体を無理やり動かして立ち上がる。そしてエデンは大地に剣を突き刺して叫ぶ。


構築コンストラクション-メタルソード!」


 上空に無数の剣が精製され、シアンに向けて放たれた。シアンは横に避けて攻撃を躱す。


 エデンは避けたシアンに照準を向けて剣を放つ。シアンは更に横へ躱す。


 そしてエデンはまた照準を合わせて剣を放った。


「仕方ない」


 このままでは埒が明かないと考えたシアンは堂々と立ち、口を開く。


型式モード零竜之槍ドラゴンシャフト!」


 その瞬間、シアンを中心にして真冬の早朝のように寒くなった。そしてシアンは人間ではありえないほどの力を放出し、すべての剣を弾いた。


「嘘、だろ」


 エデンはここで初めて気づく。自分が相手していた存在が人知を超えた怪物であることを。


「でも、諦めねぇ!」


 エデンは恐怖心を乗り越え、剣を握り、勇敢にシアンに立ち向かう。だが、現実は残酷だった。


「零竜奥義-黎零冷破!」


 極限まで圧縮された吹雪が、槍の先端から光線のように放たれ、エデンの体を貫く。そしてエデンの体には、ぽっかりと穴が開いていた。


(ここで、終わりか。ここで終わるなら、もっと自由に生きればよかったな)


 エデンはそんな後悔をしながら、意識を失った。






「ディアスタシノス神教国、第9惑星、聖騎士団長、エデン・イータ・ゼウス。彼を我々、救世主メサイアの一員として迎え入れることを推薦する」


強気な女性の声が空間中に響き渡る。


「俺は賛成だぜ。俺たちに比べればまだまだ発展途上だが、救世主メサイアとしての実力は十分あると思うな」


調子がいいように男が発する。


「私は反対です」


高圧的な声の男が意見した。


「おいおいレーゼベッテ。俺らの中でビリっけつだからって、部下をイジメんのはよくないぜ」


男は笑いながら言う。


「そんなんじゃありませんよ」


レーゼベッテは呆れた様子で言った。


「確かに実力は申し分ないでしょう。しかし、彼には信仰心が欠如しています。そんな状態で下手に権力ちからを与えるるのは危険だと進言します」


レーゼベッテは真剣に主張した。


「流石は信仰心だけで成り上がった男だぜ」


男は茶々を入れる。


「なので私に任せて欲しいのです」


レーゼベッテは男の発言など意に介さずに行った。


「貴殿の主張は理解した。他に意見のあるものはいるか」


再び女性の声が空間中に響き渡る。そして、その場は静寂に包まれた。


「居ないか。では、エデン・イータ・ゼウスの救世主メサイア加入は後日再検討するとしよう。解散!」


そして、その場には誰もいなくなった。ただ唯一、静寂がその空間を支配していた。

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