第2話
家に帰るとすぐにルーカスお父様が私に声をかけてきた。
「おお、我が愛しき愛娘よ! 私に少しばかりその顔を見せてはくれないか?」
「ふふ、お父様は相変わらずね」
「良いではないか。最近は触れさせてくれないんだ。会話だけでも楽しみたいんだよ」
「そんな口調じゃなくても、お父様との話は楽しいですわよ」
「それは領地改革とか堅苦しい話ではないか……」
お父様は寂しそうに見つめてくるのでつい私は苦笑してしまう。
「じゃあ、今度は劇や音楽のお話をしましょう。お母様も誘って三人でピクニックも良いかもしれないわ」
「それは良い。草原に咲く花々と両手には更に美しい二輪の花、うん、実に良いね」
「何が実に良いですか……」
そう言って私達の話の間に入って来たのは、マリアーナお母様である。お母様はお父様を睨むと私を抱きしめてきた。
「お帰りなさい。さあ、疲れたでしょう。気が利かない人でごめんなさいね」
「ふふ、知ってますわ」
私は微笑むとお父様は途端に真っ青になり、すぐに私達を応接室に案内してくれた。
「これで、さっきのは帳消しという事で……」
お父様は恐々と私達を見て来たので、頷いてあげると途端に満面の笑顔になった。それから、私達はしばらく紅茶を飲みながら談笑していたのだがお母様が突然、眉間に皺を寄せ言ってきたのだ。
「最近、第二王子様が遊んでるらしいわね……」
私は心臓が飛び出そうになるくらい驚く。そして、聞いてしまった。
「……どこで聞いたのですか?」
「サロンよ」
終わった……。私はそう思った。なんせ、お母様はお茶会を取り仕切る側の人である。しかも、貴族でも上の方達専門である。つまり、そのレベルの貴族に知られてしまったのだ。
近いうちに学校でも噂になるわね……
私はそう思いながら冷静なふりを務めていると、再びお母様が声をかけてきた。
「大丈夫なの? 将来、我がローグライト公爵家を継ぐのよ……」
「……はい」
そう答えると一瞬部屋の温度が下がった気がしたが、二人とも何も言ってこなかったのでほっとする。
二人には心配をかけさせたくない。だってこの婚約は王命なのだから。私が頑張ってアルフレッド様が間違えた行動をしているなら正さねばならないのだ。だが、私はこの時どうすれば良いのか全く見当すらつかなかったのだ。
◇
そんな感じで中々、何も進展しない毎日だったが、アルフレッド様とのお茶会の日に私は意を決して言う事にした。
「アルフレッド様、もし何かなされているのであれば、私にも相談なり手伝わせて頂けませんか?」
するとアルフレッド様は持ち上げていたスコーンをゆっくりと下ろし溜め息を吐く。
「ふう、まだテレシアの事を気にしているのかい? 彼女とは本当に何でもないんだ」
「いえ、それはわかっています。ただ、もし私がお力添えができればと……」
「それは私達では何もできないということなのかな?」
「えっ……」
私は思わず驚いてしまうとアルフレッド様はゆっくりと椅子から立ち上がる。
「悪いけど今日は気分が悪くなったから帰らせてもらうよ」
アルフレッド様は私の返事も待たずに帰ってしまった。そんな去っていた方向を見て私は呆然としてしまう。
どうして……。何でわかってくれないの……。私はどうしたら良いの……
もうどうして良いかわからず頭を抱えるしかなかった。更に追い討ちをかける様な事があったのだ。
ある日、私とセーラ様、アイリス様が食堂でお昼を摂っていると、アルフレッド様がジラール様、ベント様、テレシア様を連れてやってきたのだ。
もちろん、既に噂が広まっていたので周りはすぐに奇異の目で四人を見始めるが、四人は気にせずに私の前に来る。そしてアルフレッド様は破れたノートを私の前に出してきたのだ。
「これはなんだかわかる?」
「母国語の教科書ですね。なぜ、こんな風に破られているのですか?」
「テレシアが君にやられたと言っているんだ」
「……私はそんな事はしていません」
「それは間違いないんだね?」
「……ええ」
そう答えた後、爪が手に食い込むぐらいに手を握ってしまった。アルフレッド様のこの行為が信じられないし侮辱行為でしかなかったからだ。すると、隣にいたアイリス様が語尾を強めながら言った。
「失礼ながら、なぜ、この場所でこの様な事をお聞きなさるのですか? これではフリージア様を辱める行為にしかなりませんわよ」
アイリス様は言い終わった後、冷たい目でアルフレッド様を睨む。するとテレシア様が怯えてアルフレッド様の腕を掴んだ。
「今、アイリス様が私の事を睨みました! 怖いわぁ!」
更にテレシア様が怯えた顔をベント様に向ける。すると、ベント様がアイリス様におどおどした口調で尋ねてくる。
「ア、アイリス、君がテレシアに水をかけたと言っていたが本当かい?」
「……それ、本気で言ってますか?」
「いや、ただ、テレシアの服が濡れていた事が……」
「私はやっていませんよ」
アイリス様は周りが凍りつく程、冷たい目でベント様を睨むと。ベント様は真っ青になり黙ってしまった。それを見ていたアルフレッド様が慌ててベント様を隠す様に立ちながら、私に言ってくる。
「私はただ、本当かどうか聞きたかっただけなんだ。もし、不快に思わせてしまったなら謝るよ」
「結構です、アルフレッド様……。それより、私達はまだ食事中なのですが……」
そう言って食事席の方に顔を向けると、アルフレッド様は慌てて三人を連れ食堂を出ていく。
「アルフレッド様、ばつが悪そうな顔で帰っていきましたよ」
静かに事の成り行きを見ていたセーラ様がそう言ってくるので私は苦笑してしまう。
「そのお顔をするなら最初からしなければいいのにね。それより、ジラール様は静かだったわね」
私は終始俯いていたジラール様を思い出しセーラ様を見る。すると悪戯が成功したような表情を浮かべて私を見てきた。
「今、ブランド伯爵家がうち名義で物を購入する事はできなくなっているんです。お父様からは自分達でなぜ止められているのかお考え下さいって手紙を送ってるからジラール様はテレシア様どころじゃないでしょうね」
「素敵ですわ、セーラ様」
アイリス様は手を合わせてセーラ様を見つめる。セーラ様は満面の笑みを向けてきた。私はそんな二人を見て先ほどの嫌なことが吹き飛んでしまう。
そんな私達の前にエドガー様が微笑みながらやってきた。
「やあ、なんだか騒がしい事があったみたいだけど大丈夫だった?」
「はい、素敵なお二人のおかげで」
私はそう言ってアイリス様とセーラ様を見ると二人とも微笑んでくる。
そんな私達を見たエドガー様は満足そうな表情をすると、アルフレッド様が去っていった方向を見て口を開いた。
「一応、俺からも注意して見ておくよ。ちなみにドナール男爵令嬢にはあまり関わらないようにね」
エドガー様はそう言うと忙しそうに食堂をでていく。その姿を私は目で追っているとアイリス様の独り言が聞こえてきた。
「エドガー様はまだ婚約者がいらっしゃらないとか……誰か好きな方がおられるのかしらね」
すると、セーラ様の独り言も聞こえてくる。
「確か幼馴染のある方をずっとお慕いしているそうですわ」
私は思わず恥ずかしくなり、顔を両手で覆ってしまう。しかし、すぐにはっとなると、顔をあげて二人に言った。
「エドガー様には素敵な方が現れますわよ……」
私はそう言ってしまった後、胸が苦しくなった。けれど、必死に我慢する。だって私にはアルフレッド様という婚約者がいるのだから……
私は無理矢理感情を抑え込むのだった。
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