10-11 身バレと公務


 いくらか気疲れしてしまったジョーラたちとの話、もとい公開処刑の場をそそくさと去った俺たちはネリーミアの店に行き、残った購入品であるポーションとエーテル――最高品質は中級ポーションの「中」だった――を大量に購入した。

 量が量だったので、配達は専用の木箱に入れて届けてくれ、木箱もくれるとのこと。


「先日も巻物を大量に買われていましたが。どこかに遠征でも行かれるのですか?」


 さきほど説明したばかりだったので億劫感がたちまち出る。だが、ネリーミアは世話になった人だし、良くも悪くも口は堅いだろう。

 “次元違い”だが、元同僚に似ているというなんともいえない根拠を理由に、俺はケプラを出ることを伝えた。


「そうですか」


 しばらく待ったが、言葉は続かなかった。


 相変わらず淡泊だなぁと内心で苦笑しつつ、安心もしつつ。また、長年の住民でもなしに報告をしてきて、俺の方がいちいち大げさなんだろうなとも思いつつ。

 転生前だったら店員にプライベートの事情を報告するとかあり得ない話だ。コンビニでは客と仲良く話してる店員は何度か見たことはあるんだけども。


「また戻るかもしれないけど。色々とありがとね。助かったよ」

「別に私は……とくに変わったことは。物品を売っただけですし。むしろ感謝すべきなのは私の方です」

「え、なんで?」


 ネリーミアは俺の質問には答えないままに視線を落とした。そうして、しばらく動かなかった。


 ごく短い間、眼差しを落とした彼女の動かない様子と、顔立ちには幼さを残した理知的な雰囲気に俺は呑まれた。

 性格と顔立ちとのギャップもありそうだが、賢者というもの、沈黙というものは彼女にこそ相応しいだろうという賞賛めいた心境を抱かされる。少なくともヨイショ味の強かったインの俺への賢者呼ばわりとは比較にならないだろう。


 やがてネリーミアは視線をすっともち上げた。


「あなた方との出会いはなかなか数奇な縁に感じましたので」


 数奇? 確かに数奇ではあるだろうけど……。

 俺はネリーミアになんか変わったことをしていたかどうか考えたが、すぐに詰め所でのことを思い出した。まもなく俺は羞恥心に襲われた。黒歴史だ……。


「ふっ。数奇であろうな。私らほど奇妙な存在も他になかろうからの」


 だが、どうもインは俺とは違う捉え方をしているらしく、ネリーミアに向けて訳知り顔で口の端を持ち上げていた。

 実際は確かに俺たちの素性はおかしなものではあるんだが、ネリーミアがその内訳を知るわけもない。知らなくても数奇と言われたら否定できないんだけども。


「あまりご自身のことを奇妙だなどと仰らない方がよろしいかと」

「別に言わんよ。お主が数奇だと言ったがために皮肉を返しただけだ」

「……そうですか」

「うむ。そうだ」


 ネリーミアは視線を落とした。なんか歯に小骨でも刺さったような妙なやり取りと空気だった。

 インの方は皮肉を言ったようだが、堂々としたものだ。前もなんか似たような空気になってなかったか?


 少し待ってみたが、2人の会話はとくに先に進まなかった。

 何もないのか? なら用事もすんだし……帰るけど。


「じゃあ、行くよ。また戻ってきたらなにか買いに来るよ」

「はい。お元気で」

「ネリーミアもね」


 姉妹も軽く会釈し、俺たちは魔法道具屋を後にした。


 用事があらかた終わったということでいったん金櫛荘に戻ってコーヒーでも飲むことにした。

 そろそろ夕食時だったのでアレクサンドラと話をしたかったのだが、あの場に留まっていてもろくに話はできなかっただろう。マップを見ればすぐに場所が分かるのでその辺はありがたいのだが、ジョーラが傍にいない時でないといけない。


 道中、気になったのでネリーミアとのことについてインに訊ねてみた。


「ネリーミアとなんかあったの?」

「ん? いいや。何もないぞ」


 ないのか~。


 微妙に納得ができないままインの白い横顔を見ていると、


『ミリュスベの腕輪について奴は助言をくれたろ? 神級法具アーティファクト並みに貴重であるし、隠せとな』


 という念話。やっぱりなにかあるらしい。


 ――そうだね。


『ミリュスベの腕輪に刻まれているのはスキピオ文字でな。これは古い魔法言語の1種なのだが、我ら七竜と眷属、もしくは所縁のある者にしか刻めん代物なのだ』


 え? ……ってことは、


 ――ネリーミアに俺たちのことばれたの?


『少なくとも所縁の者であるとは理解しただろうの』


 俺の心境はたちまち焦りが垣間見え始める。だが、それにしてもバレたにしてはインにはずいぶん余裕があるし、これまでの付き合いからネリーミア自身が所縁の者であるようにも俺には思えない。

 先のセティシアでの戦いでは誰かを亡くしたっぽいし、淡泊すぎる部分は別として普通の子だ。俺が見ている限りでは。だいたい所縁の者なら、インが俺に何も言わないのは少しおかしくないか?


 ――ネリーミアは“所縁の者”なの?


『いや? 青竜の加護をもらっておるだけだの。人の子だ』


 そうだよな。


 ――じゃあ……ネリーミアはなぜスキピオ文字だと?


『奴は学者だからの。本かもしれんし、どこぞの家で保管しておるものだったかもしれんが。どこかでスキピオ文字の刻んであるものを見、我らの文字だと知ったのだろ』


 ふうん? 可能性としてはあるだろうけど。


『無論我々もスキピオ文字を刻んだ品に関しては人の子に渡らんようにしておる。だが、眷属たちも魔人との戦いをはじめとしてもう数えきれないほど死んでおるしな。流出してないとは言えんのだ。それに我々も各々の行動の仔細までは把握しておらんからの。そう簡単に人の子に渡すとは思っとらんが』


 眷属たちの死か。ルオの研究所で出会った人たちのことが浮かぶ。


 ――それで俺たちのことが?


『あとは私らの実力だな。外見にそぐわない奴自身をしのぐ我らの実力や、お主の暴走寸前だった使役魔法や殺意を見て、所縁の者であると結び付けるのはなんら不思議ではない。無論、スキピオ文字について知る者でなければそう結びつかんだろうがの』


 ――自覚あったんだ。


 ついそう本音が漏れる。何のだと聞かれたので、自分の外見と実力が伴っていないことについて触れる。


『無論だ。ま、今回は別の魔法言語を刻まなかったネロの不手際もあるが、さすがの私もいつまでも誰も我らのことを気づかんとは思っとらんよ。お主との旅路に際してはな』


 そうか……。ネロの不手際か。

 それにしてもインは誰も我らのことを気付かんとは思っとらんというところで嬉しそうにしていた。バレて嬉しいのか?


 ――なんかバレて嬉しそうだね?


 インが見上げてきた。口がへの字になっている。そうして息をついた。


『当初は我慢できとったが、この幼い容貌は思ったより歯がゆいものがある。誰も彼もが子供扱いするしの。この銀竜である私を“嬢ちゃん”などとはな。おかげで愚か者を見つけるのも苦労せん』


 いまさらだなぁ。思わず苦笑が漏れた。


 ――大人になれば? ……って姉妹がいるか。


『まあの。それに成人しておったら、男どもが放っておかんだろうしの。その点に関してはこの姿の利点だな』


 確かに成人バージョンのインはジルやフルと同様に絶世の美女だったが、男たちは果たしてインをそういう対象に見るだろうかとちょっと疑問に思う。

 食いっぷりはあれだし、喋りも「だの」言葉で女っ気もまるでないし。誰も指摘しないが。食いっぷりの方はしてるけど。


 とはいえ、そういう対象に見られないだけでも気が楽なのかもしれないという考えにも至る。

 転生前でも、男性から性的対象に見られるのが苦痛だと訴える女性もいたものだ。性別を問わずフラットな付き合いを望むという話なら、インの性格上合点はいく。インは俺にしばしば男らしくあれと望むけどね。そもそも正直なところ、インが誰かと恋愛を楽しむなんて天から槍でも降ってきそうなレベルの仰天話だ。


『眷属の1人や2人でも同行させたいところだ。くく、ときどき暴れとうなるからの。我は銀竜であり、主らを生かすも殺すもいつでもできるとな』


 再び見上げてきたインは何がおかしいのか、笑みを浮かべてそんな怖い発言をしてくる。

 やめてくれよ。インが悪い竜でないのは知ってるけどさ。七竜たちには各々“ズレ”や狂気があるし、インにもある。俺への母意識はその辺を矯正してくれているように思うが、そこを外れてしまうと対応に困る。


 そんな内緒話をしていると金櫛荘に着いた。

 部屋に戻るため階段をあがっていると、『ダイチ。公務だぞ』と念話。


 公務?


『ネロからな』


 ということは。


 ――フリドランに? これから?


 ネロのこと忘れてたな……。


『まだ何かあるのか? ネロの奴は今日はいつでもいいとは言ってはおるが。出発前に会うと言っておったろ?』


 アレクサンドラと話をしたいのもあるが、少しのんびりしたいな。

 んー……。会うのは仕事の後にするか。できれば抱きたいし。


 ――食事のあとでいい?


『うむ。ではそう伝えておくぞ』


 ・


 クライシス産のコーヒーと塩をまぶしたパン、ソラリ農場のチーズで控えめな夕食――インは神猪の肉串2本の豪快な内容だが――を取りながら、密会の段取りを聞いた。


 王都で七星王やノアさんと会った時と同じで、俺はまたあの白い神父服を着るらしい。


 氷竜用の服は完成したのかと訊ねてみたところ、まだらしい。「氷」であるため安易に色や植物で現した慣例通りにするわけにはいかないし、歴史に残る“偉大なデザイン”になるので、じっくり考えさせているとのこと。

 なんでも、霧氷花やハクアレンゲ、スノータイムというガルロンドに生息するめぼしい種があり、この辺の調査のためにもガルロンドに赴いたりしているらしい。大変だ。


 ちなみにこの手の仕事――縫製や刺繍などの仕事は、七竜や眷属は不得手らしい。

 正確に言えば、“手が大きすぎたり”、人化に長けた者などで器用な者はいるが、人の子の完成度には到底及ばないとのこと。デザインにしてもそうらしい。


『フルの刺繍の腕は悪くないらしいんだがの。……んぐんぐ。ゴクン。……フル曰く人の子より時間がかかりすぎるし、なにより人の子の意匠ほど洗練されたもんはできんらしい。それにわざわざ七竜が縫物をするのもな。人の子らはこの仕事は喜んで引き受けとるし、任せておるわけだ』


 確かに自分たちのものとはいえ、七竜が縫物をするのはちょっと威厳に欠けるかもな。


 ――俺の服を担当する人って、やっぱりかなりの腕の人?


『詳しくは聞いてはおらんが、無論そうだろうの。私の服を担当しておるのもその道では並ぶ者はおらんと言われておる。前回着た仮の服はジルの神父服を担当しておる職人に依頼したのだが、今回は全員で考えとるらしいぞ』


 ――全員って? 七竜の服をそれぞれ担当してる人たち?


 インは串を舐め取りながら、その通りだと同意した。


『……まあ。私は芸術はあまりよく分からんが。お主が以前着ていた仮の服の意匠もじゅうぶん良かったと思うがの。ジルが言うには、悪くはないが、もっと長らしい主張が必要らしいぞ。七竜から八竜になるのだから、我ら全員の意匠を変えてもいいくらいだと言っておった』


 俺も全員の意匠を変える意見には同意できるが、ジルはデザインに詳しいのか。服ころころ変わってたしな。爪も気にしてたし。

 俺は自分が着た神父服の意匠を思い返した。七竜を示すギザギザした太陽のようなアイコンに、赤、青、緑、白、黒、金、銀のラベルが巻かれてあったデザインだ。金のサークレットやダイヤモンドのような宝石もはめこまれていたし、じゅうぶん気後れできる完成度だった。


 俺は短剣で切り割った2個目のコッペパンにチーズを挟んだ。


『服の意匠が気になるのか?』


 ――気にならないと言えば嘘になるね。でも職人たちが意見を寄せ合うなら、文句は言わないよ。よほどのものだったらなにか言うかもしれないけど。


『よほどのものとはどのようなものだ?』


 めちゃくちゃ派手なやつと答えると、インは鼻を鳴らして、お主の基準で言うとずいぶん地味な意匠になる気もするがの、と返してくる。確かにそうかもしれない。

 そもそも派手の基準がな。デザイン業に関わっていない日本のサラリーマンの色の感性なんてたかが知れてる。俺がそれほど服にこだわりがなく、余暇はオンゲをしていたのもあるが、スーツを除くと、服は黒、白、灰色ばかりなものだった。売れる車の色と同じだ。インナーや靴下やパジャマ、プライベートで女性と会う時用の服でようやく色物だ。若い頃は柄物やプリントされたのも色々着てたんだけどな。


 コーヒーが空になっていたので注ぐ。ディアラのも空になっていたので訊ねると、お願いしますと言われたので注いでやる。

 注いでいて、1つ案が浮かぶ。


「そういえばさ、前に作ってくれた携帯スープあったでしょ? あれ、作り置きしておこうと思うんだけど、どう?」


 姉妹は顔を見合わせた。


「よろしいかと思います。旅に向いているスープですし」

「お湯で戻すだけだしね」

「はい」

「メイホーで振舞ってたスープか?」

「そうそう。ダークエルフの里の酸欠調理法で作るやつ」


 ようは、フリーズドライの野菜スープだ。別にいまさらここで誇張する意味はとくにないのだが、添加物も一切なし。ザ・ナチュラルフードだ。

 今の俺は幸福なことにもうまったく何も気にせず料理を平らげられているが、胃腸にもやさしいだろう。


「市場で野菜とか買っとけばよかったね。……あ、マクイルさんに頼めばいけるかな」


 自分で言いながら苦笑してしまう。断られないだろうからなぁ。そこまで無理言ってるわけでもないし。なんなら材料代払うし。


「何がいるのだ?」

「確か……ニンジン、タマネギ、鶏肉?」


 あとキャベツですね、とディアラ。キャベツか。


「材料と、あと魔法があれば作れる? 厨房を借りることになると思うけど」

「厨房を借りれるなら問題ないかと思います」

「じゃあ、食事のあとにマクイルさんに言っておくよ」


 インから『この食事中の風景を見せたら、誰も七竜の長だとは想像せんだろうのう』という呆れたような念話が来る。最近たまにくる台詞だな。

 いまさらじゃない? と返すと、インは眉を口を動かして微妙な顔を向けただけだった。


 お飾り天皇なら長らしさなんてそれほどいらないだろう。

 ルオやフルを見るに、俺が無知なのはちゃんと理解している様子がうかがえた。フォローもしてくれるだろう。なら、俺は彼らの足を引っ張らないようにし、俺自身が“暴走”しないよう制御力を身につければいい話だと思うのは考えが浅いだろうか。でも、そのくらいしか現状浮かばないんだよな。


 マクイルさんに携帯スープのことを頼んだあと――普通に承諾された。ただちに手配すると言われてしまったので、材料費を払うと言ったが、とんでもないとして断られてしまった。

 ちなみに俺たち4人に加えて、傭兵たちやエリゼオもいるのでそれなりの量だ。


 姉妹には早く寝る旨を告げて部屋に帰し、俺たちはフリドランに赴くための準備をすることになった。


 まずは着付けだ。以前と同じく、インは着付けのために部屋を出、ルオの眷属である竜人族ドラゴニュートのペイジジとウルムルが人化状態で現れた。

 今回は中東風味の顔立ちの黒髪の人がもう1人いて、グラディエーター風のサンダルを手にしていた。サイドには金属で竜の鱗の意匠があった。


 ペイジジの方はサークレットを手にしていた。


 サークレットは珊瑚や蝶のような意匠はなく竜の翼が側面にある代物だが、翼はなかなか大きく、また、額にあてることになる菱形の金色の飾りも印象的だ。菱形の土台の上にあるのは七弁の花のような意匠。

 花弁は美しい水色がかった水晶で、蕊にあたる中心部分にはカットされた無色透明の宝石が7つ円状に配置され、中には少し大きめの宝石がある。さしずめ真ん中が俺で、周りが七竜なんだろう。


 それにしても出来は素晴らしいのだが……。


「……これ、俺がつけるの?」


 ペイジジは「その通りでございます」と頭を下げた。やっぱり。前は何もつけなくてよかったのに。

 と、言うまでもなく気後れした心情の中、ペイジジが膝をついた。俺の神父服を手にしているウルムルともう1人の竜人族も続いた。ペイジジがサークレットを厳粛な動きでゆっくりと持ち上げる。


 間があった。取れということらしい。強いられるままに手に取る。


 サークレットは間近で見なくてもまったく素晴らしい出来だ。金属細工の彫刻はどこもため息が出るほど精緻で、輝きも眩しいくらいだし、だいたいサークレット自体も内側を細かい鎖状にしてあり、等間隔で小さな宝石がついている。

 また、裏側にはびっしりと魔法言語があった。件のスキピオ文字に似ている気がした。


 ふと、王冠らしい王冠ってこの世界にあるんだろうかという考えに及ぶ。


 王冠らしい王冠というのは、帯状の輪っかにギザギザがあり、随所に宝石やら意匠やらをちりばめた豪奢な飾りがあるやつだ。あるいは、頭部が帽子になっていてそこに飾りがあるもの。

 このサークレットは出来は素晴らしいのだが――サークレットと王冠を比べるのもあれだけど――俺の知る王冠たちに比べるとサイズは控えめだ。


 王冠というのは王ないし国の権力の象徴で、派手さには然るべき理由――人の権力欲の一端も見てしまうけど――があるとは思うが、この世界の最大の権力は七竜だ。

 七竜たちは基本的に国政には自らは関与はしないようだが、“人の子ら”の方は七竜教を国の宗教としてしっかり根づかせている。


 七星王とノアさんとのやり取りを見ても権力差があるのは明らかだった。2人ともローブ姿で、王は王冠すらもかぶっていなかった。

 この世界の王は王冠を被らないのかもしれないが、へこへこしている王というのも決まりが悪いので、七星王のあの頼りない一面はあの場限りの態度である気もする。バカとか言われても気にせず声を張り上げてたしね。


 なんにせよ、最大の権力が七竜たちであり、七竜たちの冠がルオやフル、そして今俺が手にしているサークレットレベルだとするなら、いよいよあの俺の知る豪華な王冠はこの世界にはない可能性もある。

 別に俺はなくても構わないんだけど、奇妙な話にも聞こえる。王なのに王冠を被らないなんて。いや、王冠はあるのかもしれないが、七竜のサークレット以上のではない? ……いや。七竜たちの王冠に似たものになる方が納得しやすいか。信頼関係は築けているようだし。つまり、派手派手しいものではなく、サークレットのようなものになると。でも似せたら恐れ多いとかありそうだよな……。


「赤竜様曰く、仮に作らせたものだが、出来は悪くないので被ってくれ、とのことです」


 と、この世界の人の王冠はどんな王冠なのかという割とどうでもいい部分で思索の海に沈んでいた俺に、ペイジジが頭を下げたままそう告げてくる。


 ジルが監修役らしいがこれで仮か。ということはまだ派手になりそうだ。


「あんまり派手にしてほしくないんだけどね」


 ついそういう言葉が漏れる。ペイジジは頭を下げたままで、返答はとくになかった。


 サークレットを装着してみる。背部で垂れ下がっている金鎖がシャリンと鳴った。

 とくに不備とかはないが、ちょうど側面の翼は耳の後ろにくるらしかった。鏡がないので分からないが、おおよその外見は察した。たぶん俺は魚人族マーマンの王みたいになってる。テンション上がるね。少しだけ。


「どう?」


 ペイジジに訊ねてみると、頭を上げて、「お似合いでございます」という厳粛な言葉。表情はとくににこやかではないし、感情もさほどこもってない。

 知ってた。似合わなくてもそう言うだろうね。


 スキピオ文字があったので何かしらの効果があるのかと思い、ステータス画面を開いてみると驚いた。

 状態異常がすべて95%から105%になっていた。属性抵抗に関しては上昇量が50%で――水抵抗の上昇量は65%らしい――精神抵抗も最大80%になっている。


 数値的には100%を超えることも分かったが、つまり……状態異常抵抗と精神抵抗値が45%、属性抵抗が水は65%、他は50%らしい。


 なんだこれ。アルティメット品でも近いものこそあれ、ここまで幅広い上昇量を持った抵抗ブースト装備はなかった。

 ルオやフルのサークレットも似たような効果なんだろうか? やばすぎだろ。ミリュスベの腕輪といい、七竜はこんなのぽんぽん作れるの?


「氷竜様。お着付けを進めたく思いますが、よろしいでしょうか」

「あ、うん。お願いするよ」


 サークレットを脱いでも抵抗値はそのままだった。サークレットをベッドに置き、手から離すと抵抗値は元に戻った。ちょっとした結界だな。


>称号「戴冠した」を獲得しました。


 戴冠式がこれですむならありたがいんだけどな。

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