第81話 梅雨の夕暮れ




 今日も無事にログアウト出来た、街中デビューはまずまず上手く行った気がする。知り合いも出来たしね、プレーヤーとNPCの両方に。

 ゲーム終わりに琴音にメールを出したので、向こうもおっつけログアウトして来る筈だ。そこで恒例の報告会をして、それから帰宅が毎度の流れとなっている。

 さて、今日は何を報告して何を隠しておくべきか?


 自称神様に時の部屋に呼ばれた事は、話した方が良いのかな? いかにも胡散臭い話だし、あの出来事は信じて貰えないかも知れない。

 俺もあの人物は、半分は信用していない……ってか、ゲームにはまるで関係ない存在である。とか言いつつ、良品アイテムを巻き上げてたけど。

 つまりはアレだ、土管を潜って探し当てたボーナス部屋的な?


 琴音の持ってるクラシックゲームは、ひと時結構遊び尽くしたからなぁ。多人数で一緒に遊べるゲームは、琴音はもちろん京悟や美樹也、妹たちとも楽しんだ記憶が。

 その中で、一番上手かったのは意外にも妹の楓恋だったりして。


 そう言えば、妹たちにも一応筐体きょうたいをあるルートで貰えそうだとは事前に話してみたんだけど。乗り気な杏月に対して、楓恋は微妙な表情になってたな。

 来年受験を控える身なのだから、それはまぁ当然だと思うけど。結局は、みんなやるなら自分もやりたいと、最終的には乗り気な発言をしてくれていたっけ。

 まぁ、妹の受験対策は俺も全力で支援するし。


 ゲームの方も勿論、各方面から支援する所存……まずは琴音が、その筆頭に立ってくれるのは確約済みではあるし。慣れさえすれば平気だろう、2人とも案外器用だしな。

 ゲーム歴さえほとんど無いが、琴音の家では結構やり込んでいた筈だ。


 ずば抜けた評価とか結果は期待してない、ゲーム世界を楽しんでくれればそれでオッケー。合流までがイマイチ不安だが、同じ種族を選んでくれるなら問題無い筈。

 それとも何か、他の街の仲間との上手な合流方法があるのかも。いやそれなら、京悟達がお節介を焼いてこちらへ雪崩れ込んで来そうではある。

 ファンタジー世界でも、魔法で何でも解決とは行かない様子。


 そう、解決とは行かない……向こうの世界は、当初こちらが思ってたより物騒なのだ。そんな場所に、可愛い妹達を送り込む懸念や不安も、当然ながら存在する。

 隣で筐体を被って、だら~んとした姿勢の琴音を眺めてみる。その手も足も、俺とは違って小っちゃくて華奢きゃしゃである。こんな華奢な娘を、狙って歯牙に掛ける輩がいるなんて。

 俺の立場からすれば、ちょっと信じられない存在だ。


 束の間、その当人が身動ぎをした。どうやらバーチャ世界から戻って来たらしい、筐体を取り外して子犬のように頭をプルプルさせている。

 可愛いな……琴音は喋らなければ、本当に美少女なのだ。


「……ふうっ、恭ちゃんお疲れ様。どうだった、今日の冒険は?」

「そうだな、順調かどうかは分からないけど……親切なベテラン冒険者に、街を案内して貰ったな。それから、裏町の教会で子供NPCと仲良くなったな。

 このゲームのNPCって、本当に凄いよな!」


 凄いでしょうと、何故か得意げな琴音はともかくとして。初の街エリアの感想を、俺は次々と並べて行く。時の部屋での神様騒動は、語らず伏せておく事に決定。

 向こうだって、こんな突拍子もない話を語られてもどうしようもないもんね。それより二の字の親切な手助けに、過剰反応する幼馴染。

 困ったもんだ、男にまで焼き餅を焼くとか。


 いや、この反応は多少なりとも予測出来てはいたんだが。一応初見の街中で、安全に行動出来たよとの報告のつもりだったんだけどなぁ。

 そもそも裏通りを、ホイホイ歩き回ってるのも琴音にとっては信じられない様子。だってクエ依頼書が、まともな奴が余ってないんだから仕方が無い。

 細々と人の嫌がる依頼書を、こちらは遂行するのみ。


「そっかぁ、ちょっとタイミングが悪かったよね……2時間縛りで始めた後発組が、街に出る時期と被っちゃってるんだ……。

 う~ん、どうしたら良いのかなぁ?」

「心配するな、雑魚のPK連中には全然負ける気はしないし。ポイント貯めも割と順調だ、ランクアップも近いと思うぞ?」


 ここら辺は、取り立てて急ぐ必要はないんだけどね。琴音の復帰を待ちながら、ぼちぼちやって行く感じ。ついでに、こちらの勝手な取り決めを発表する事に。

 相方の琴音が戻るまで、こちらは職替えをしないと。


 琴音はそれを、愛情表現と捉えた様子。いやまぁ、ただの機嫌取りとまでは言わないけど。そんなに瞳をキラキラさせて、見詰めて来ないで欲しい。

 こっちだって健全な男子だ、あからさまなアピールにはつい反応してしまう。開きっ放しの扉が恨めしいな、いや鋼の意志で手は出さないけどね?

 すぐに別の話題に移ろう、でないと色々と感情方面で不味い。


「そう言えば、初心者のレベル上限って20じゃ無かったっけ? そんなインフォ見た気がしたけど、俺のアバターは既にそれ以上がってるぞ?」

「ん~、確か元サーバではその位の筈だったけど……最初の森を抜け出すのに、何日も居据わっちゃうお莫迦バカさんがいるのを見越して上げてくれてるんじゃないの?」


 そのお莫迦さんって俺の事か、確かにレベル26まで上げちゃってたよ、勢いで。なるほど、そういう救済措置を取られたってのなら、理屈は合ってるな。

 自称神様も、ソロエリアをじっくり観察しているみたいだしね。


 それなら当面は、職替えについては考えなくていいよな。特にこれと言った職に巡り会えて無いってのもあるけど、今日も順当にレベルは上がってれたし。

 これで極端に上がり難くなってるなら、すぐに初級職への変更は考えるけど。今は考慮しなくて良いみたい、ならば他の事を優先すべし。

 例えば、琴音をPKした連中の詳しい情報とか。


「んで、どう言う状況で襲われたんだっけ? 出来れば相手の人数とか格好とか、詳しく教えて欲しいんだけど?」

「ん~っ、私と元サーバからの知り合いの女の子2人と、3人パーティで基本的には行動してたんだけどさ。男女2人組の冒険者に、赤の塔に行かないかって話し掛けられて。

 ちょっと不安だったんだけど、5人なら全然平気だって言うもんだからさ。友達も乗り気になっちゃって、その即席5人パーティで赤の塔に挑戦したのよ。

 ……そしたら、ものの30分で餌食にされちゃって」


 その時の悔しさが思い出されたのだろう、琴音は顔を顰めて俯いてしまった。こちらも改めてPK連中に対する怒りが湧き起こる、復讐が正当化される程度には。

 違う意味で悶々としていると、部屋の入り口に人影が出現した。ママさんだった、エプロン姿で若々しいけど、こちらを見る目は保護者のそれだ。

 男女二人きりで、変な事になっていないか的な懐疑の瞳と言うか。


「何よママ、別に変なことなんてしてないわよっ!? ご飯の準備できたの、もう少ししたら降りて行くわよっ」

「何をカリカリしてるのよ、琴音……恭輔君、メインのおかずを今夜の夕食様に1品持って帰りなさい。タッパーに入れてあげるから。

 それから、週末には妹達みんなを呼んでウチに食べに来なさい」

「あっ、有難うママさん……妹達に言っておくよ、土曜の夜でいい?」


 良いらしい、そして土曜の夜の予定が恙なく埋まって行った。その時にはパパさんも同席して、琴音の家族+俺達兄妹での夕食会となる予定との事。

 特に意味は無いが、ちゃんと大人がバックアップしてくれると感じれるのは精神的に頼もしい。妹達には特にそうだ、所詮俺も親替わりとは言えただの高校生だし。

 何にしろママさんの心遣いには、感謝しないと。




 そんな遣り取りを交えつつ、俺はお土産を持たされて帰宅の途につく事に。肉団子の煮込みかな、杏月が特に喜びそうな料理である。

 外は、何時の間にやら雨が降り始めていた。梅雨なので仕方が無いとは言え、濡れるのは勘弁願いたいモノだ。折りたたみ傘をさして、薄暗い夜道を進み始めつつ思う。

 本格的に降り始めてくれるなよ、せめて俺が家に辿り着くまでは。


 そんな些細な願いだが、何とか天に通じてくれた様子で何より。そして妹達のお出迎え、5分の夜道で冷え込んだ心と体が一瞬で温まって行く。

 目敏い杏月が、ママさんのお土産品を早速発見して浮かれ始める。楓恋も1品増えたのが嬉しい模様、夕食のオーダーの手直しに心弾ませている様子。

 そんなこんなで、八崎家のダイニングは賑やかに。


 そこからは暫し、夕食をとりつつの家族会議。明日の予定、つまり土曜日のアレコレについて。俺はバイトで午後はいないけど、ゲーム筐体が家に届く事になっている。

 ゲームの接続やら設定作業は、ベテランの琴音がしてくれる筈である。午後の予定はそれで埋まったが、夕食を琴音の家で一緒にするぞと伝えておいて。

 杏月は、どっちも楽しみだねとウキウキ模様で何よりだ。


「本当に大丈夫なのか、杏月……『ミクブラ』は、戦闘もPKもアリアリのバーチャゲームなんだぞ? 幾ら琴音がサポートしてくれるって言っても、最初は森でのソロ仕様だからな?

 恐らく、森を突破するまで20時間くらい、誰も手伝ってやれないぞ?」

「ふ~ん、そうなんだ……? でも頑張ってソロエリアを抜ければ、ゲームの中で恭兄ちゃんたちと合流出来るんでしょ?

 だったら杏月、頑張るよ?」

「……杏月はのんびり屋だからねぇ、まぁ私も1日1時間くらいだったらプレイするよ」


 杏月はのんびり屋で、争い事が嫌いと言うか苦手なタイプ。そんな妹が、バーチャゲームの世界観を受け入れられるかとっても不安。

 対する楓恋は、頭脳も運動神経も優秀だが、来年受験と言う重い枷がついて回る訳で。


 色々と思う事はあるが、まずはソロエリアを突破出来るかが重要な最初の難関だったりする。それが出来なくても、俺は妹達を責めるつもりも無い。

 ただ賞金付きの限定イベントが、肌に合わなかったと諦めるのみ。


 そしたら通常サーバで遊んでくれても良いし、ゲームを止めても別段構わない。買い与えてくれた孝明老には悪いけど、そう言う事で済ませて欲しい。

 琴音にも、妹たちの参加には熱くなり過ぎるなと釘を刺しておかないとなぁ。妹を可愛がり過ぎるのは、彼女の悪い癖の内の1つである。

 俺に対しては、文句ばかりなのにね?


「まぁ、ゲーム内での失敗は気にしないでいいから……取り敢えずは、午後の内に琴音と一緒に一度やってみればいいよ。

 慣れたら夜に、また俺と一緒にインしよう」

「分かった、まぁそんなに期待しないで見守っててね。杏月はともかく、私は1日1時間を厳守するかなぁ……土日は2時間やってもいいけど」

「えっ……でも琴音ちゃんの話だと、2時間イン出来るのは今月の終わりまでなんでしょ? 勿体ないよ、楓恋ちゃん!

 ここは頑張って、秘密の特訓だよっ……!」


 そして俺や琴音より強くなって、チヤホヤされるのが杏月の目標らしい。夢があるのは素晴らしいが、良く分かって無い感が満載だな。

 まぁ、ゲームも満足に買ってやれなかった俺の不甲斐なさとかも反省しつつ。今から俺に追い付くのは大変だぞと、からかい混じりに挑発などしてやる。

 途端にヒートアップする杏月と、飽くまで冷静な楓恋。


 相変わらず3人での賑やかな食事風景、それにしても先月と較べるとゲームの話題が増えたなぁ。良い事なのか悪い傾向なのか、判然としないが仕方が無いか。

 我が家の経済状況には、それほど響く趣味ではないのは確かだし。1日1時間程度を守れば、恐らくは学業に悪影響を及ぼす事も無いだろう。

 噂される4倍速の脳へのダメージなど、それこそ測る基準も無いし。


 ゲームが普及して5年経つが、そっち系のオカルト話は枚挙にいとまがないそうだ。ただし、はっきり体調がどうのと言うユーザーも、特に出現していないのも確か。

 バーチャ系のゲームによくある、現実と架空の区別がどうの的な事件は、それそこ数十年に渡って議論されて来た。堅物な大人たちの理論では、ゲームも漫画もアニメも、ネットですら俗悪な玩具に分類されるようだ。

 彼らは一体、何を根拠に何から子供たちを護ろうとしているのだろう?





 夕食とその片付けも滞りなく終わり、妹達の勉強も少しだけ時間を割いて見てやって。ようやく自室に戻って来て、明日の準備と寝るための算段など進めつつ。

 最近つけ始めたゲームの冒険日記を、机に座って広げてみる。本当に適当な覚え書きみたいなノートなので、ページによっては倒したレア種の種類だけって日もある。

 うん、半分程度がそんな感じかな?


 一番熱を入れて書いてるのは、ファーがやらかした時の詳細が圧倒的に多い。後は果実を入手した場所とか、NPCと知り合った経緯とか。

 さてさて、今日に関しては何を書くべきか……街に辿り着いた記念すべき日は当然として、神様に会ったとの記述は最小限に留めておくべき?

 まぁいいか、誰に見せる日記でも無いし。


 琴音を除いた他のメンツも、まずまず順調に進んでいるらしい。ただしどこへ進んでいるのか、何を目標にすれば良いのか誰も分かっていないと言うね。

 こっちだってそんなの知らない、ただ俺には大事な目標はあるけれど。裏町をうろつく事に決めたのも、手っ取り早くそれを達成するためでもある。

 しかし街行く冒険者がやたらと多過ぎるのには、いささか参ってしまったな。





 ――琴音が戻るまでの1週間、ソロで出来るだけの事はしなくちゃね。





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