第3話 数学者は怯えながら道をたどる 5

 その時だった。それまで息をひそめているかのように静かだった電車がいきなりうなり声をあげた。金属と金属が擦れ合う、不気味な音がする。数渡は震撼した。


 何が起こったのだろう?窓に顔を近づけ、外の様子を窺う。電車は先ほどと変わらず、雨に沈む街を走り続けている。それなのに、何か、言葉にできないような違和感を帯びている。再び、金属が擦れるような不気味な音がする。それは安らかな生活に終わりを告げるサイレンのように、数渡のいる安定した空間を破壊する音だった。


「何があったんだろう?」


数渡は少女の方を見て言った。数渡の問いに少女は答えなかった。例の如く無感情な様子で、窓の外を見ていた。そしてつぶやいた。


「あなたならたどり着ける。」


 その瞬間、空間が目に見えるほど大きくゆがみ、街も電車も数渡の視界から消えた。数渡はただ一人真っ暗な世界へと放り出された。少女に初めて会った時と同じように、何もない暗闇の中を、頭を下にしてどこまでも落ちていく。


 あの時と感覚は全く同じだ。ただし、今回は白く輝く星屑のような数式は、どこまで落下しても現れない。数渡は前の時ほど頭を混乱させることはなかったが、それでも恐怖心を感じた。そうはいっても、彼にはただ真っ暗な空間を落下していくこと以外、何もできなかった。




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