第2990話
ガメリオンの解体そのものは、一時間程で終わった。
ガメリオンの中でも大きな個体だったこともあり、レイも少しやりにくかったのだろう。
あるいはダスカーを始めとして見物客が多かったのも影響しているのか。
それでも解体に関しては初めて解体した時と比べると明らかに技量が上がっているので、この程度の時間でそれなりに綺麗に解体出来たのだ。
もし冒険者になったばかりのレイが解体をしていたら、それこそ肉や皮はかなり汚い状態で解体されていただろうし、時間もこの程度ではすまなかっただろう。
そう考えれば、レイの解体はかなり上出来なのは間違いなかった。
「じゃあ、埋めますね」
デスサイズに地形操作によって開けた穴に内臓や骨、毛……といった素材や食材としても使えない部位を入れると、その穴を埋める。
本来地形操作というのは、戦闘であったり何らかの理由で地形をある程度好きに変えるといったようなことをする為に使うスキルで、解体で出たゴミを埋めるようなスキルではない。
事実、ダスカーの部下の文官達はレイの――正確にはデスサイスの――地形操作のスキルを見て、目を輝かせていた。
スキルの力を全て見た訳ではなく、あくまでも見たのは片鱗だけだが、文官達には地形操作のスキルがどれだけ有用なのかが理解出来たのだろう。
とはいえ、文官達もダスカーの部下として相応の経験を積んでいる。
この状況でレイに言い寄るような真似をしても、相手に不快な思いをさせるだけだというのは理解出来たので、実際に何か行動に移すといったようなことはない。
「ダスカー様、どうせならこの肉を少し持っていきますか? 折角の初物ですし」
「何? いいのか? それは勿論、くれるというのなら喜んで貰うが」
ガメリオンの肉は、純粋に食材として美味い。
それはつまり、商人の商品としても十分な価値があるということになる。
そんな肉を自分に渡すというのだから、ダスカーが驚くのも当然だろう。
ガメリオンを倒す時、ダスカーが何らかの協力をしているのなら、レイが肉を分け前として渡すのも理解出来るのだが。
「構いませんよ。穢れの件では、ダスカー様にも色々と迷惑を掛けてますし、これからも迷惑を掛けるといったことになると思います。そう考えると、この程度では申し訳ないような気もしますね」
「穢れの件は……何も知らないままで巻き込まれるよりは、前もって話を聞いておいた方がいい。そういう意味では、寧ろ俺はお前に感謝してるんだがな」
これはダスカーの本音だ。
そもそも穢れについて何も知らないままでいた場合、突然大陸が消滅……そこまでいかなくても、ミレアーナ王国やギルムに大きな被害があってもおかしくはない。
そのようなことならずにすんでいるのは、前もってレイから穢れについて聞かされていたからだ。
そういう意味では、穢れの件についてレイに感謝するのは当然だった。
「そうかもしれませんが、王都からやって来る相手に事情を説明したりして貰わないといけませんし。これから、間違いなく大変になりますよね?」
「そうだな。穢れについては……王都の方でどこまで信じるかは分からない。大陸が滅ぶといったようなことは俺が大袈裟に言ってるだけだと思われてもおかしくはない」
「でしょうね。とにかくその辺の件もありますし、増築工事や香辛料の件、陸上船の件もありますし、他にも色々とあると思いますから、このガメリオンの肉でも食べて元気を出して下さい」
「そこまで言うのなら貰っておくよ。……王都から人が来たら、ガメリオンの肉を食べさせてみてもいいかもしれないな。王都でもガメリオンの肉は食べられるが、新鮮なガメリオンの肉となると、そう簡単に食えるものじゃない」
「かもしれませんね。それに辺境には他にも色々と美味しい食材が多いですから」
高ランクモンスターが普通にいることも多い辺境だが、それはつまり高ランクモンスターの肉も手に入りやすいということを意味している。
高ランクモンスターは当然のように強いので、そのような相手を倒すには相応の強さが必要になるが……増築工事前からギルムにいた冒険者にしてみれば、高ランクモンスターでもそれなりに倒せる者達がいるのだ。
「考えておこう」
ダスカーはレイの言葉に頷いて話は決まる。
とはいえ、この場でダスカーにガメリオンの肉を渡すといったような真似はしない。
もしそのようなことをした場合、ここからギルムに戻るまでダスカーが……あるいは部下の文官達が肉を持っていなければならない。
セト篭で移動するのだから、それはそれで別に問題はないのだが……それでも、今の状況を思えば、肉はレイが預かっておいてミスティリングに入れておいた方がいいのは間違いない。
「さて、じゃあそろそろ戻りますか。……何だか穢れに侵された死体の検証よりも、ガメリオンの解体の方に時間が掛かってしまったのはどうかと思いますけど」
死体の検証は緊張感があったので少し長く感じられるようなものだったが、実際の時間的にはそう長くはない。
しかし、ガメリオンの解体は間違いなくそれよりも長かった。
もちろん、それはガメリオンが普通よりも大きな個体だったからというのもあるし、それなりに解体が出来るようになってきたレイだったが、それでも得意と言える程ではないというのもある。
「構わない。いいものを見せて貰ったからな。だが、このままでは遅くなってしまうのも事実。そろそろ戻った方がいいのは間違いない、か」
ダスカーにしてみれば、今回のような体験はそう簡単に出来るものではない。
やろうと思えば出来るのだが、そんな真似をすると色々と問題になるのは間違いないのだから。
そうならないようにこうしてギルムの外に出ることが出来たのは……それこそ、レイがいるからというのが大きい。
正確にはレイではなくセトの存在だが。
それ以外にも、穢れに侵された死体についてしっかりと把握する必要があるという大義名分があるのも大きいだろう。
しかし、それでもやるべきことが終わり、本来なら予定になかったガメリオンとの遭遇戦や解体が終わった以上、いつまでもここにいる訳にいかないのも事実だった。
「なら、そろそろ帰りますか?」
「そうするとしよう。この短時間でも仕事はそれなりに溜まっているだろうしな」
そう告げるダスカーの口調は、若干うんざりとした様子がある。
正直なところ、レイにしてみればダスカーの気持ちは分からない。
いや、正確には仕事が大量にある……それもやってもやっても終わりが見えないような仕事量があり、それをダスカーがやらなければならない仕事だというのは分かっているのだが、自分がそれをやる訳ではない以上、その大変さは分からなかったというのが正しい。
(多分、その辺が分かるとしたら、俺よりもエレーナだろうな)
マリーナの家で毎日多数の貴族と会っているエレーナだ。
その大変さは、レイが思っているより大変なことは間違いなかった。
「セト、じゃあそろそろ帰るから準備を頼むな」
「グルゥ!」
レイが呼び掛けると、セトは任せて! と喉を鳴らす。
そこには先程の不機嫌だった様子は全くない。
レイに撫でられることで、その不満は完全に消えてしまったのだろう。
そんなセトを撫でると、レイは少し離れた場所でミスティリングからセト篭を取り出す。
二度目ということもあり、ダスカーや部下の文官たちはそこまで緊張するようなこともなく、セト篭に乗り込む。
エレーナ、アーラ、イエロもそれに続き、それを確認したレイはセトの背に乗る。
「じゃあ、セト。そろそろ戻るか」
「グルゥ!」
レイの言葉に頷き、セトは数歩の助走の後で空に向かって駆け上がるのだった。
「おかえり。随分と遅かったわね」
セト篭をマリーナの家の中庭に下ろし、続いてセトが降下してレイはセトの背から降りた。
そんなレイに、マリーナは若干の疑問と共に話し掛ける。
レイのことだから、もう少し早く戻ってくると思っていたのだろう。
「ああ、穢れに侵された死体の方はそこまで大変って訳でもなかったんだが、その後でガメリオンが襲ってきてな」
「ガメリオンが? ……今年は早いわね」
マリーナはギルムのギルドで長年ギルドマスターをやっていただけに、ガメリオンについても詳しい。
それこそ、直接ガメリオンと戦う冒険者達がギルドにガメリオンの素材を持ち込んだりするので、そういう意味では部下からの報告を聞くダスカーよりもガメリオンについて詳しいのは間違いないだろう。
「あまり驚いていないようだが、早いのは珍しくないのか?」
セト篭から出たダスカーが、レイとマリーナの会話を聞いてそんな風に尋ねる。
その問いに、マリーナは特に勿体ぶる様子もなく口を開く。
「そうね。例年よりも早いのは間違いないけど、それでも今までこのくらいに出て来たことがなかった訳じゃないわ。中には今年よりもっと早く出たこともあったわね」
「そうなのか? ……なら、いい。もしかしたらガメリオンがいつもより早くに出て来たのは、何かの前触れかとも思ったんだが」
マリーナの言葉に安堵した様子を見せるダスカーだったが、そんなダスカーに向かってマリーナは首を横に振る。
「前にもあったと言ったけど、別にそれが何の前触れでもなかった訳じゃないわよ? 場合によっては例年よりも冬が長かったり、逆に冬が短かったり。そういうのはあるかもしれないわね」
「その程度なら問題はない。勿論、夏になる季節にようやく春になるといったようなのは困るが。それでも穢れの件で何かある訳でもない限りは問題ない」
ダスカーにしてみれば、ただでさえ今年は穢れの件で色々と問題がありそうなのに、それ以外にも何らかの問題が起きるといったようなことになっては困ってしまう。
(ダスカー様も大変だよな。……やっぱり貴族ってなるものじゃないってつくづく思う)
世の中には冒険者をやりながらも貴族に雇われることを望む者が多い。
上手くいけば、その貴族の養子になったり、貴族の娘と結婚をしたりといった具合で貴族の一員になれる可能性もある。
ある意味で現実的なサクセスストーリーとでも呼ぶべきもの。
とはいえ、レイにとってはそのような状況はあまり好みではない。
貴族になると間違いなく堅苦しい生活を送らなければならなくなるのだから。
今日のダスカーのように、ギルムの外に気安く出掛けるといった真似もそう簡単には出来なくなってしまう。
その上で、貴族になれば貴族としてのルールに従わなければならない。
今までのように、気にくわないからという理由で貴族に力を振るうといった真似も出来なくなるのだ。
いや、やろうと思えば出来るだろうが、今まで以上にその後の面倒が大きくなってしまう。
金を稼ぎたいだけなら、美味い料理を食いたいだけなら、それこそ今のままでも辺境のモンスターを倒すなり、趣味の盗賊狩りに励むなりすればいい。
「あ、そうだ。ダスカー様、これ」
そう言い、レイはミスティリングの中からガメリオンの肉を取り出す。
仕事が忙しいダスカーに頑張って貰う為に、ガメリオンの中でもいい部位を選んだ肉。
しかし、肉の塊のまま渡すレイを見て、マリーナが呆れたように口を挟む。
「レイ、幾らなんでも肉をそのまま渡すのは不味いでしょ。ちょっと待ってなさい。何か袋を持ってくるから」
そんなマリーナの言葉に、レイは納得する。
ダスカーが……あるいはダスカーの部下であっても、肉の塊を持って移動するというのは非常に目立つ。
マリーナの家の前に馬車があるので、生肉をそのまま持って人前を移動する訳ではないが……それでも、色々と不味いのは間違いないだろう。
「別にその辺は気にしなくてもいいんだがな」
「ダスカー様が気にしなくても、私達が気にします」
そこまで気を遣わなくてもいいのにと言うダスカーに、部下の文官の一人がそう告げる。
領主が生肉を持ったまま移動するというのは、普通に考えれば有り得ないことだ。
もしそのような状況を他人に見られるようなことがあったら、それこそどのように思われるか。
ダスカーは戦いでも元騎士というだけあって、自分が最前線で戦うのを厭わない性格をしている。
それを知ってる者にしてみれば、ダスカーが生肉を持っていたところでそこまで気にするようなことはないだろう。
だが、知らない者にしてみれば、一体何をしているのだ? と疑問に思ってもおかしくはない。
そんな風に考えている間に布袋を手にしたマリーナが戻ってくる。
「はい、これを使いなさい」
「貰っておこう。……では、そろそろ行くとする。レイ、今回の件は非常に助かった。また何かあったらすぐに知らせて欲しい」
そう言うと、ダスカーは部下を引き連れてマリーナの家を出て行くのだった。
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