第2962話

 レイとダスカー、そしてニールセンの話はまだ続いていた。


「穢れの件を王都に知らせた場合、間違いなく王都から人が来る。そしてそれをギルムで受け入れない訳にはいかない」

「でしょうね」


 穢れの具体的な危険性というのは、実際にはレイにも分からない。

 だが、長から聞いた話によると最悪大陸が滅びるかもしれないという。

 それが本当なのかどうか、確認するような真似はレイにも出来ない。

 それこそ本当にそこまでの危険を穢れが持っているのなら、それを確認するということは実際に大陸を滅ぼしてみなければ分からないのだから。

 しかし、当然のようにそんな真似をする訳にはいかない。

 だからこそ、その穢れについての情報を王都に知らせれば、王都から人を派遣してその穢れについて調べるのは間違いなかった。


「だが……そうなると、最低限妖精郷について知らせないといけなくなる」

「それは……まぁ、そうでしょうね」


 穢れという、最悪の場合は大陸を滅ぼすものがあります。

 そう言ったのだがダスカーであっても、王都の方ではどうやってその情報を知ったのかと気にするのは当然だろう。

 だが、その情報源については話せませんと言った場合、当然ながらそれを口にしたダスカーを怪しむだろう。

 つまり、穢れについての情報をどこから知ったのかというのは、どうしても話さなければならないのだ。

 そして話せば、間違いなく妖精郷と接触するということで人が送られてくる。

 その人物……間違いなく貴族だろうが、その貴族の性格によっては妖精との繋がりが切れてしまう可能性は十分にあった。

 もしその貴族が妖精を自分の物にしようと考えていたりした場合、あるいはそこまで考えておらずとも、妖精との接触は中立派のダスカーではなく国王派の貴族が行うべきと考えている者。

 他にも色々と考えられる危険はあるが、ダスカーにとって……そしてギルムにとって、面白くないことになるのは間違いのない事実だった。


「何だか二人の話を聞いてる限りだと、その国王派というのは信用出来ない相手みたいね」


 レイとダスカーの会話を聞いていたニールセンが、不満そうな様子で告げる。

 現在の妖精郷の使者はニールセンだ。

 つまり、もし国王派の貴族が派遣してきた場合、その貴族と会うのはニールセンとなる可能性が非常に高かった。

 だからこそ、ニールセンにとってそんな信用出来ない相手と接触するのは可能な限り避けたいと思うのは当然なのだろう。


「あー……いや。勘違いさせてすまない。国王派の貴族の中にも、信用出来る相手がいるのは間違いないんだ」


 ニールセンの態度を見て、不味いと思ったのだろう。ダスカーは慌ててそう告げる。

 もし自分の言葉でニールセンが……いや、妖精そのものがミレアーナ王国の国王派という者達は信用出来ない相手だと認識された場合、かなり不味い出来事になるのだから当然だろう。

 実際、ダスカーの言葉は間違っている訳ではない。

 国王派の中でもレイと親しい、マルカ・クエント。

 正確にはそのマルカの実家であるクエント公爵家は、レイもちょっとしたことで接したことがあるものの、その時に接触した様子から考えるとダスカーの言うような貴族ではない。

 勿論、レイに好印象を抱いていて貰いたいという思いがあってそのような形で演じていただけという可能性も否定は出来ないのだが。

 それでもレイから見た場合、友好的で穏やかな性格をしているように思えた。

 とはいえ、相手も貴族だ。

 それもただの貴族ではなく、ミレアーナ王国で最大派閥の国王派の中でも有力者の一人と見られている人物。

 そのような者である以上、ただ性格がいいだけという可能性はまずないだろうが。


「ふーん。そうなの? 今の話を聞いてみた感じだと、とてもそうだとは思えないんだけど」


 ニールセンはそう言いつつレイに視線を向ける。

 レイはどう思っているのかと、そう尋ねているのだろう。


「ダスカー様が言ってることは間違いないと思う。俺も国王派の中で知り合い……というか会ったことがある貴族もいるけど、しっかりとした人だった。……中には国王派の名前で偉そうにしてる奴もいるけど、そういうのはどこにもいるだろうし」


 貴族派の貴族にその手の貴族が多いのはレイもこれまでの経験から知っているが、恐らく中立派の中にも数人はそのような者がいるだろうと予想している。

 幸か不幸か、レイは未だにその手の相手と遭遇したことはなかったが。

 だが、レイがダスカーの懐刀だというのは、多くの者が知っている。

 実際にはレイにそのつもりはないのだが、ダスカーの方でそのように匂わせているのだ。

 そんなレイに、中立派の貴族が横暴に振る舞う姿を見せられる筈もない。

 だからこそ、もしそのような貴族がいてもレイが知ることは難しかった。

 中立派を率いているダスカーは当然そのことについて知ってはいるものの、だからといって全ての不正を排除するといったような真似はさすがに出来ない。

 もしそのような真似をしようとすれば、それこそ場合によっては中立派に致命的な被害をもたらすだろう。

 ただ、ダスカーが見逃すのはあくまでも程々のものだけだ。

 さすがに一定以上の規模の犯罪をしているとなれば、それを見逃す訳にはいかない。

 その罪が明らかになれば、それこそ中立派にとって大きなダメージとなるかもしれないのだから。


「ふーん。まぁ、レイがそう言うのなら信じるわ」


 ダスカーよりもレイの言葉を信じると口にしたニールセンだったが、これはニールセンの感覚としては当然のことだった。

 ニールセンにとって、ダスカーとの付き合いが重要なのは理解出来る。

 だが同時に、レイと一緒に行動した時間の方が長いのも事実。

 それだけにニールセンにとってはダスカーよりもレイの言葉の方が信じることが出来るのだ。

 それに思うところがない訳でもなかったダスカーだったが、妖精と最初に接触したのがレイだったことを思えば、寧ろ納得出来る点でもある。


「ともあれ、国王派にもまともな貴族がいると信じて貰ったのはいいが……問題なのは、そのまともな貴族が派遣されてくるかどうかだな」

「やっぱり難しいですか?」


 レイとしても、この件については他人事ではない。

 妖精郷の存在もそうだが、トレントの森には他にも異世界から転移してきた湖や生誕の塔がある。

 そちらに関してはダスカーもそれなりに情報を流しており、研究者たちがそれを目当てに来ることも決して少なくない。

 あるいはこれがリザードマン達の国そのものが転移してきたのなら、もっと大きな騒動になっていただろう。

 だが、幸いなことに転移してきたのはリザードマンの一部の者達と生誕の塔だけだ。

 ……その一部の者の中にはリザードマンの国の王族が混ざっていたり、生誕の塔はリザードマンの卵が孵る場所ということなので、それらが消えたリザードマンの国では間違いなく大きな騒動になっているだろうが。

 それに比べると、湖の方は一見してそこまで大きな問題ではない。

 ただし、実際には魔石を持たないモンスターという存在がいるので、研究者達にとってはリザードマンよりも湖の方が興味深いのだが。

 また、それらだけでも大きな出来事なのに、トレントの森の中央の地下には異世界に通じる穴がある。

 ウィスプの希少種と思しき存在が開いたその穴は、未だ開いたままだった。

 実際にはレイがグリムに頼み、その穴をウィスプの力がなくても固定化出来ないか試して貰っているのだが。

 そういう意味で、現在のトレントの森は色々な意味で危険な場所になっている。


「出来ればその辺りの諸々については、出来るだけ知られたくない。……湖と生誕の塔は隠しようがないから、どうしようもないが」

「そうでしょうね。湖なら離れてしまえば隠せるかもしれませんけど、生誕の塔はトレントの森に入っていけば分かりますし」


 これが塔のように縦に長い建物ではなく、横に長い建物であればそれなりに隠すようなことも出来ただろう。

 だが、生憎とそのような建物ではない以上は隠しようがない。


「最悪生誕の塔を壊すという方法もあるにはあるが……」

「ダスカー様、もしそれをやったら、多分リザードマン達が黙っていませんよ?」


 リザードマン達にとって、生誕の塔というのは自分達が生まれた――正確には卵が孵った――場所だ。

 そのような場所を壊すなどといった真似をすれば、当然ながらリザードマン達も黙ってそれを受け入れたりしない可能性が高い。

 ましてや、転移してきたリザードマンを纏めているのは王族の中でも英雄として名高いと言われている、ガガだ。

 そのガガが他のリザードマンを率いて暴れるような真似をした場合、間違いなく大きな騒動となる。

 最終的には数や質の差でギルム側が勝つのは間違いないだろう。

 しかし、それでも結構な被害を受けるのは間違いなかった。

 それよりも最悪なのは、ダスカーが生誕の塔を破壊するというのに不満を持ち、貴族派や国王派の貴族に助けを求めるようなことだろう。

 そうなった場合、まさに最悪といった結果を招きかねない。


「何をするにしても、リザードマン達とは早く話をつけておいた方がいいと思いますよ」

「だろうな。そちらの方はすぐにでも動くつもりだ」


 湖の方は知性のある生き物はいない。

 いや、正確にはある程度の知性はある生き物はいるのだが、きちんと意思疎通が出来て、一定以上の知能を持つ生き物はいない。

 それに対してリザードマンはそれなりの数がいて、それでいてきちんと意思疎通が出来る相手だ。

 後日、国王派から派遣されてきた貴族がいきなりリザードマンと会いにいくといったようなことになれば……とてもではないがいい気分とはいかないだろう。


「幸い、リザードマン達はこっちの言葉を喋ることが出来るようになっていますから、交渉するのは問題ないかと」

「そうか、助かる」

「ちなみに……リザードマンと湖の方はそれでいいとして、緑人はどうするんですか?」


 レイの言葉に、ダスカーは少し悩む。

 リザードマンと同じ世界から転移してきた緑人だが、その人数はリザードマン程に多くはない。

 しかし、ギルムにとっての重要度という点ではリザードマンより圧倒的に上なのも事実だった。

 植物の生長を促す能力を持つ緑人は、本来ならギルムで育てることが出来ない香辛料の生育に全面的に協力しており、その香辛料は既に市場に流れ始めていた。

 まだ少量ではあるが、緑人の行動によって香辛料の増産に成功した場合、ギルムの収益は莫大に増える。

 香辛料というのは、種類によっては同量の砂金と交換されるといったことも……いや、場合によっては砂金以上に高価になってもおかしくはないのだから。

 それだけに、当然ながらダスカーも緑人達の生活には気を遣っている。

 それを王都から来た貴族が知れば、間違いなく会いたいと言うのは間違いないだろう。

 だが……ダスカーは緑人をどうするのかというレイに言葉に首を横に振る。


「今回やって来るのは、あくまでも穢れに関してだ。妖精郷と同じトレントの森にある生誕の塔や湖ならともかく、ギルムに住んでいる緑人達には会わせる必要はないし、向こうから会いたいと言ってきても断るだろう」


 きっぱりと、そう告げるダスカー。

 ダスカーにとっても、緑人はギルムの発展の為に非常に重要な者達なのだ。

 そうである以上、そう簡単に王都からの使者に会わせる訳にはいかない。

 もし緑人の存在を知れば、それこそどんな手段を使ってでも手に入れようとするだろうというのは容易に予想出来る。

 そのようなことにならないようにする為には、やはり直接会わせないのが最善だと考えたのだろう。


「そうですね。その方がいいと思います」


 レイとしても、ダスカーの意見には全面的に賛成だった。

 自分の第二の故郷とも言えるギルムが発展するのに必要な者達なのだからというのもあるし、それ以上に香辛料が街中に流れるということは、料理人達もその香辛料を入手し、それを活かした料理を開発しようとするだろう。

 そうなれば、ギルムならではの美味い料理が増える可能性があり、食道楽でもあるレイにしてみれば、それを邪魔する相手なら全力で戦っても構わないと思える程だ。

 そしてレイは相手が貴族であろうとも一切容赦せずにその力を振るう者として知られている。

 ダスカーが緑人を守る為にその噂を利用するのは、ある意味で当然のことだろう。

 レイもまた、ダスカーがそのようなことをしてるのは知ってるが、それで特に不満を感じたこともないので、特に問題にはしないのだった。

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